銃よ毒よ*3
アレットが思うに、現段階で確実に銃を処理できる方法は、二通りある。
一つは、銃身に細工をする方法。
そしてもう一つは、火薬を捨ててしまうか水で湿気らせる方法だ。
大規模に行うのであれば、後者の手段を選ぶことになるだろう。どう考えても、銃身に詰め物をしたり部品を奪ったりしておくよりは、倉庫に水を撒いてやる方が早い。
……だが、水を使うとなると、持ち運びが難しい。大量の水を倉庫に持ち込もうものなら、流石に人間達も止めるだろう。
アレットが隠して持ち運べるだけの水で、どれだけの火薬を駄目にすることができるか。……こればかりは実際に試してみないことには分からない。
また、水気が乾いてしまえば、火薬はまた元のように使えるのかもしれない。その確認はしようがないが……もしそうなのだとしたら、水で火薬を濡らす時刻によっては全くの無意味、ということになりかねない。
その夜、アレットはフローレン達の地下室で、のび、と体を伸ばしながら彼女達と話していた。
銃についての知識は、多くの魔物が持っていた方がいい。人間だけが銃の知識を持っているからこそ、今の状況が生まれているのだ。徐々に、魔物達も銃を持てるようになれば、いずれ、人間と魔物との関係も変わってくるだろう。
「銃、かあ……実は私、見たこと無いのよね」
フローレンはそう言いつつ、首を傾げた。
「音を聞いたことだけは、あるんだけれど」
「そりゃあね。王都警備隊は銃を持った奴らが市街地に入り込まないように、必死に戦ってましたから」
「ふふふ。流石だわ、ありがとう兵隊さん」
「どういたしまして」
……本当なら、銃のことも、戦のことも、皆、知らなくていいのかもしれない。全てを完璧に守る力が、アレット達魔物の戦士にあるのならば。
だが、現実は厳しい。皆、あらゆることを知り、理不尽な戦いに備えておかなければならないのだ。そうでなければ、無残に死んでいくだけ。
「何にせよ、いつやるか、がすごく重要になりそう」
アレットはそう呟いて、ふ、と息を吐いた。
……一応、算段は付いている。
恐らく、決行は処刑日の前夜。本来ならば朝に到着しているはずの義勇兵が到着しないことを人間達が不審に思い始めた頃を狙う。
義勇兵達の様子を調べるために人間達が動けば、その分、銃の警備は手薄になる。そこを狙えば『義勇兵』であるアレットは十分に倉庫へ忍び込めるだろう。
……そして恐らく、義勇兵やその他人間の戦士達の宿泊は、王城が拠点となるはずだ。何せ、そこ以外に多くの人間を収容しておける場所は王都に無いのだから。
となると、アレットも上手くやれば王城に宿泊することができ……そして、王城に宿泊している以上、倉庫へ忍び込む言い訳はいくらでも並べることができるだろう。夜に目が覚めて散歩していたら道に迷っただとか。心配になって倉庫の確認に来ただとか。まあ、その時々で考えればいい。
「それにしても……不思議ね。人間は魔法も無しに火や風を操るのだから」
「ね。私もびっくりした」
アレットは倉庫の銃や火薬を見て、大層驚いた。砂鉄にも似た、あのただの黒い粉に見えるものが、火を点ければすさまじい勢いで燃え盛り、弾を撃ち出すだけの衝撃を発するのだというのだから。
「人間は魔法を使えない、なんて言うけれど、魔法みたいなもの、使ってるのね」
「しかも使おうと思えば全員使えるっていうんだから……厄介な敵だよ、本当に」
人間達も必死なのだろうが、アレット達からしてみれば鬱陶しく、忌々しいだけである。……銃のようなものを人間が開発しなければ、人間は魔物の国へ攻め入ってくることもなかったのだろうに。
「……まあ、誰にでも使える武器っていうのは、誰にでも邪魔できる手段にしかなり得ないから」
だが人間達の武器の最大の長所である『誰にでも扱える』という特徴は、即ち、『敵の手に渡った時、敵にも扱える』ということである。同時に、扱い方が分かれば損ない方もまた分かるのだ。今のアレットのように。
「処刑当日の銃の数、十分の一以下にしてみせるよ」
アレットはフローレンにそう話し、自分自身の中に決意を固めた。
「がんばってね、アレット」
フローレン達、大切な仲間達を守るためにも。この仕事をしくじるわけにはいかないのだ。
それからアレットは、荷運びの仕事をしながら予定表に目を光らせた。
少しでも新たに決まったものがあれば、適宜、ソルかガーディウムかに報告した。
……ソルとガーディウムは概ね、どちらかが常に毒草の類を探しに外に出ていた。もう片方が休眠と見張り、そしてアレットとの連絡役を兼ねることで、効率的に動けるようにしている。よって、アレットが報告する相手は時々で変わった。
その過程でパクスもようやくガーディウムと会うことができた。『お目にかかれて光栄です!ところでガーディウム殿は俺と気が合いそうって本当ですか!?』と目を輝かせるパクスに、アレットもガーディウムも笑うしかなかったが。
……そうして、アレットは迫りくる処刑日までに、立てられるだけの計画を立てた。
ソルとガーディウムが襲うべき馬車は、処刑前日の朝に王都へ到着するもの。襲撃地点は、人間達が発見しにくく、報告も遅れそうな、王都南東の街道。そこの、山を削って道とした箇所……片側を斜面に守られた箇所こそ、たった2人による襲撃に最適であると考えた。
如何にソルとガーディウムが優れた戦士であったとしても、たった2人で人間数十人の馬車の並びを全て壊滅させることは困難である。最低限、足止めや分断が必要になるだろう。
その点、道の片側だけでも斜面になっていれば、その上から土砂を崩して道を塞いだり、岩石を転がし落として人間の馬車を潰したりすることが可能である。
奇襲の最初の一撃目でどれだけ人間を封じ、殺せるかが鍵となり、その次に、如何に人間を逃がさず仕留めるかが難関となるだろうが……そこはソルとガーディウムの腕を信じるしかない。
……もし、人間が逃げおおせてしまえば、アレットの計画に支障が出る。
夜になってからならまだしも、日が落ちる前に義勇兵が殺されたと情報が入ってしまえば……人間達は動くだろう。その結果、王都の魔物達が虐殺されるようなことになるかもしれず、その時点で銃を持ち出されて夜に戻ってこなかったならば、アレットが細工する時間が無くなってしまうのだ。
……このように、銃に対するアレットの計画は、義勇兵に対するソルとガーディウムの計画の成否に大きく左右される。それでも銃への細工を直前まで行わないのは、人間達が気づいた時にはもう手遅れ、という状況を作り出したいから。そして、王都の魔物へ『見せしめ』を行う暇を持たせないためだ。
王都の魔物達は、多かれ少なかれ犠牲になる。処刑の際の反乱に合わせて、人間と魔物の戦いは必ず勃発する。だが……その前にまで、死者が出る必要は無いのだ。
アレット達の一番の望みは、魔物の国の復活と人間の滅び。だが、二番目の望みを言うとすれば……多くの魔物達の幸福、なのだから。
……そしてもう一つ。処刑直前に行わなければならない大切な計画がある。
「ねえ、パクス。ちょっと聞いてほしいんだけれど」
アレットは、南へ向かう荷馬車……予定表に以前から予定されていた中では最後の荷馬車にあたるものを牽きながら、同じく荷馬車を牽くパクスへと話しかけた。
「はい、何でしょうか、先輩!」
「あなたをいつ解放するか、っていう話」
アレットがそう言った途端、パクスは、『へっ?』というような顔をした。
……必須となる作戦。それは、パクスの解放、であった。
「あ、あああー!そっか!俺、今のままだと厩に繋がれっぱなしで、公開処刑当日に姫様や先輩をお助けすることができないんですね!?」
「うん。あの、気づいてなかった?」
「はい!何も考えていませんでした!あああー!そうだった!俺、飼われてるんだったー!先輩達と一緒に居ると、こういうことつい忘れちゃう!」
パクスは頭を抱えていたが、アレットとしても少々頭を抱えたいところである。流石パクスだなあ、とぼやきながら、アレットは話を続けた。
「処刑前日にはもう、新しく出る荷馬車は無いはず。だから、パクスは厩から出されることは無いと思う」
「はい!……つまり鎖に繋がれっぱなしになってるってことですよね!?」
「そう。だから、鍵が無いといけない、よね」
アレットは少し悩む。
パクス達の鍵は、集荷所の玄関を入ってすぐの場所に掛けてある。盗って、即座に厩に向かって……人間達に追いつかれるまでにパクスの鍵だけは開けられるだろうか。或いは……鍵を気づかれないように事前に持ち出しておいて、パクスに預けておくのか。
「……鍵をいつ渡せるか、となると、うーん、いつだろ。やっぱり、最後にパクスを繋ぐ時、鍵をかけたふりしてそのまま出ていく、っていうのが一番いいかな……」
「あの、先輩」
アレットが悩んでいると、パクスがおずおずと、アレットを見つめて、尋ねた。
「俺以外の奴も……その、一緒に厩に繋がれてる奴らも、助けられませんかね」
……アレットをつい先日罵倒したあの魔物も含めて、多くの魔物が厩に繋がれている。アレットはその中でも優先的にパクスを連れていきがちだが、他の魔物達もできることなら助けたい。
「……できれば、そうしたいと思ってる。戦力になるならないはさて置き、あそこに繋がれたまま戦いを見てろ、っていうのは流石に酷だよね」
彼らを解放できれば、戦力になるだろう。そうでなくとも、人間達を混乱させるのには役立つはずだ。だが……。
「……あの、先輩、先輩」
アレットが悩む中、パクスはちょこちょこ、とアレットをつつく。
「その役は俺に任せてください。俺が何とかします」
そして、強い意思を感じさせる顔で、そう、アレットに申し出たのであった。
「……鍵は?どうするの?」
「引き千切りますよ。大丈夫。俺達は力の強い魔物ですし!俺、ガーディウム殿にいっぱい肉をご馳走になりまして、元気なので!」
『元気!』と全身で表現してみせたパクスに、アレットはくすりと笑う。……確かに、その通りなのである。パクス程の力があれば、鎖は難しくとも鎖を繋いだ先の木の板を叩き割って自由になる程度のことはできる。
だが……鎖を引きずったまま戦うのは、少々無謀だ。特に今回は、全員が全力を尽くしても尚、足りないような戦況が予想される。パクスの申し出は嬉しいが、それでも、錠をきちんと外した上で魔物達を解放する必要があるだろう。
だからどのみち、鍵は必要だ。そして鍵を奪うには……やはり、人間を皆殺しにするのが、一番いい。
「……処刑直前、どうせ人間達は大騒ぎだと思う」
全てが上手くいったなら、その時、義勇兵は到着せず、銃は駄目になっている。人間達はその埋め合わせのために大慌てだろう。
「だから、やるならその時に。……鎖を引き千切るなり壁板を破壊するなりして、脱出して。それで、人間達を襲っていてほしい」
アレットがそう指示すると、パクスは少し考えて……そして、ぱっ、と表情を明るくした。
「私は真っ直ぐパクスのところへ行くから、集荷所の人間達を皆殺しにして鍵を奪って、皆を解放しよう」
「……はい!先輩!俺はやりますよ!絶対にやりますよー!」
戦いの気配と興奮に毛を逆立たせ、やる気に満ち溢れて尻尾をぶんぶんと振りながら、パクスは『やるぞー!やるぞー!』と空に向かって吠える。
「先輩が到着するまでに全員片付いてたら思いっきりほめてください!」
「はいはい、期待してるね」
更に尻尾をぶんぶん振るパクスに対してアレットは、くれぐれも死なないでね、とは、言わなかった。言ってしまったら現実になりそうな気がして。
……そうして、遂に運命の日が、迫る。
アレットは南へ向かう荷馬車をパクスと共に牽いていた。
……今日が、アレットが荷馬車を牽く最後の日になる。この荷馬車は南の町へ到着したら、そこで待機していた兵士達を乗せて、そのまま王都へ戻るのだ。
そこから先、アレットが引き受けている仕事は無い。何故なら、アレットはそれ以降、『義勇兵』として王城へ詰めることになるからである。
荷運びの仕事よりは、兵士として働く方が給料がいい。それを喜んでみせれば、人間達はアレットに『よかったなあ』と言いこそすれ、アレットを怪しむようなことは無かった。
……アレットはこれからの数日間で、人間の兵士達の中に溶け込まなければならない。アレットの証言と他の兵士の証言が食い違った時にもアレットが支持されるほどに、信用されなければならない。
そうしなければ、毒を盛ることは難しいだろう。……そう。アレットは銃を駄目にするだけではなく、毒を盛る仕事もきっちり果たさなければならないのだ。そのためには多少の失敗を帳消しにできる程の、人間からの信用が欲しいところである。
よって、アレットがパクスと会話するのも、処刑当日までは今日が最後ということになる。帰りは人間を積んで帰るのだ。当然、アレットとパクスが親し気な様子など、見せてはいけない。
「パクス、本当に大丈夫?」
「はい!勿論!一昨日、たっぷり肉は食わせてもらいましたから!」
帰り道、人間達を積んで重くなった荷馬車を牽くのはパクス一人だ。アレットはそれを心配したが、当のパクスはすこぶる元気である。いよいよ迫った反逆の日に胸を躍らせて、今もわくわくそわそわ、忙しない。
「……あの、パクス。荷物が重いことよりも、あなたが浮かれて人間に怪しまれることの方が不安になってきたんだけれど」
「ええええ!?俺、そんなに浮かれてますか!?」
「うん。尻尾が」
「うわあー!本当だ!俺の尻尾、滅茶苦茶に揺れてる!」
……心配が無いわけではないが。だが、ここからはひたすら、突き進むしかない。アレットはため息を一つ吐くと、そろそろ見えてきた南の町に備えて、御者台へ飛び乗った。
そして南の町へ到着したアレットは南の町の集荷所へ向かい、そこで待っていた人間の兵士達に明るい笑顔で挨拶してやるのだった。