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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第五章:魂の在処【superbus bellator】
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大聖堂の傀儡*5

「勇者レオ・スプランドールを救う、となると……私にできることは、そう多くありませんが。それでも、是非、力にならせてください。私も従者として働いていた分、彼を救いたい気持ちは大いにあります」

 シャルール・クロワイアントの答えを聞いて、エクラは内心で『嘘ばっかり』と蔑む。

 エクラは既に、フローレンから聞いているのだ。シャルール・クロワイアントが兄を裏切ったということを。

「そうですね……例えば、大神官様のお力をお借りすれば、勇者レオ・スプランドールの力を盗み神の力を愚弄したアシル・グロワールへの牽制を行うことができるでしょう。しかし、あまりにやり過ぎれば、却ってその反発から王家が勇者レオ・スプランドールの処刑に踏み切りかねません」

 シャルール・クロワイアントはそう言って、小さくため息を吐いた。いかにも悩んでいる様子であるが、これらも恐らく、予め打ち合わせてある内容のはずである。

「王家としては、第二王子が神の力を奪ったなどとは言えないはずですから……」

「なら、第二王子の排除が必要ですか?」

 エクラがそう言った途端、シャルール・クロワイアントは少々目を見開く。

 ……そして、困ったような笑みを浮かべてみせる。だが、その笑みの奥には隠しきれない喜びが見え隠れしていた。

「……あなたの護衛としてやってきている女兵士は、第二王子の側近なのでは?」

「フローレンがそうだとしても、私は違います」

 エクラがきっぱりと言い切ると、シャルール・クロワイアントは少々戸惑うようにエクラの様子を窺う。

 恐らく、これは彼らの打ち合わせに無い反応だったのだ。エクラは彼らにとって『主体性に欠ける勇者』であったはずなので、まさか、世話係にも等しいフローレンの手を放す覚悟をこうまできっぱりと言ってのけるなどとは、思わなかったらしい。

「私は、兄のために最善を尽くします。それから……神のご意思に沿うよう、動きたい。勇者、として」

 だが、エクラはシャルール・クロワイアントに考える時間を与えぬよう、どんどんと情報を積み重ねていく。

 勇者であり、勇者の妹であり、敬虔な信徒でもあるエクラ・スプランドール。御すれば十分な武器となり、盾となり……彼らの目的の助けとなる。その可能性をちらつかせながら、エクラは部屋の片隅、神への祈りを象った模様をちらり、と見やる。

 ただの模様であるそれに、何か特別な思いは無い。それでもエクラは、見えない神を、理由にするのだ。

「私は勇者です。神に選ばれたというのなら、その意味がきっと、あるはず。だから、教えてほしい。私の役割は、何ですか?神はどうして、私を勇者に選ばれたのですか?」

 さあ、騙されろ。

 エクラはそんな覚悟で、じっと、シャルール・クロワイアントを見つめた。




「さて……待ってる間、ちょっと話でもするか」

 フェル・プレジルはそう言って、アレットの方を見てくる。エクラが心配なあまり、それを紛らわすための話し相手が欲しいらしい。

 だが、アレットはその誘いには乗れない。

「あ、ごめんなさい。私はちょっと忍び込みたいところがあるので……」

 フェル・プレジルの誘いをすげなく断ることになってしまったアレットは、申し訳なさそうな顔をして見せる。

「し、忍び込む?一体どこに」

「シャルール・クロワイアントの部屋です」

 戸惑うフェル・プレジルににっこりと笑ってやりながら、アレットは窓枠に足を掛けた。

「エクラさんと奴が会っている間に調べてきます!」

 フェル・プレジルは何とも頭の痛そうな顔をしていたが、アレットを止めることはしなかった。


 アレットは昨夜より慎重に、そして素早く、大聖堂の壁面を渡っていく。窓枠に手をかけ、体を振り子のように大きく振って、手を放し、何物にも触れず、宙へ。

 命綱も無いのに、まるで軽業師のような挙動である。だがこれも、必要なこと。夜であれば人の目も然程気にする必要が無いが、午前の日差しの下であまり目立つ訳にはいかない。

 人間達はまさか、大聖堂の壁面を移動する人影があるなどとは思っていないだろうから、わざわざ確認はしないはずである。しかし、それでもふとした拍子にアレットが目に入る可能性はあり……その危険を最小限に抑えようとするのであれば、できる限り、外壁を移動している時間を減らすべきなのだ。多少、危険な移動方法になったとしても。

 そうしてアレットは、早々に小さな窓へと身を躍らせて、屋内へと潜り込んだ。

 屋内に入ってすぐ、人の目が無いことを確認し……それから急いで、目当ての場所へと進む。

 シャルール・クロワイアントは、この大聖堂においては客人の扱いであるらしい。少なくとも本人は王家の所属ということになっているはずなので、元が神官であったとしても妥当な処遇である。

 ……ということで、アレットは客室らしい場所を片っ端から見て回ることにしたのである。行き当たりばったりな、あまり計画性の無い行動にも思えるが……アレットの足取りは、確かなものである。

「……成程。あっちだなあ」

 アレットは、すん、と鼻を動かしつつ、魔力の匂いがする方へ向かっていく。

 ……シャルール・クロワイアントが怪物を作って城下町を襲わせたというのであれば、その材料となる魔力の予備くらいは、持ち合わせていてもおかしくないだろう。

 つまり、この大聖堂の中で魔力の匂いがする場所を探せば、シャルール・クロワイアントに行き当たる可能性が高いのである。


 そうして大聖堂の中を進んだアレットは、時折人の目から隠れるために柱の影に隠れて気配を殺したり、天井のシャンデリアの影に隠れて通り過ぎる人間をやり過ごしたり、と動きながら、なんとかそれらしい部屋へ到着する。

 そっと客室の中に潜り込んでみれば、そこは随分とがらんとした部屋である。備え付けの家具以外のものといえば、着替えが少々あるくらいなもので、あとは荷物袋が1つ、ベッドの上に乗っているだけ。

 ……しかし、その荷物袋が、どうにも気になる。アレットはそっと近づいて、その袋の中を改め……そこで不思議なものを見つけた。

「お酒……の瓶?」

 大聖堂に持ち込むにしては少々不謹慎な代物が、その荷物袋の中に入っていたのである。どうやら空瓶のようだが。

 ……そして、アレットはその瓶に、少々見覚えがあった。

「魔物の国に持ち込まれてた銘柄、かな」

 魔物の国で荷運びをする中で、アレットはこれと同じ銘柄の酒の瓶を何度か見ている。とは言っても、本当に数える程度だ。

 何せこの酒は高級品であるらしく、魔物の国へ来ることになった貴族達のためのものだったのだ。庶民が飲むものではなく、貴族の間での……それも主に、贈答用に使われるものだったように思う。立派な箱の中に収められていた瓶を確認したことがあるアレットは、たまたまそれを何度か見ていたが。

 ……そう。アレットは荷運びの途中で時々この酒の瓶を確認していたが、それ以外の場所でも、何度か見たことがある。


 例えば、人間達が占拠した、魔物の国の城の中。荷運びついでに訪れた、人間の貴族が住んでいる屋敷の応接間の棚の中。

 そして……アレット達が旅立ってからも、何度か。襲ってきた集落の中でも何度か見た。

 リュミエラの屋敷の中にはこの手の高級酒の瓶が幾らかあった。また、王都第二騎士団と行動を共にしていた時も、アシル・グロワールへ贈られたのであろうこの手の酒を見る機会があったように思う。アシル・グロワールが酒を飲むことはあまり無く、アレットが茶を持って行ったあの時くらいしか、見たことは無いが。だが、あの時にアシル・グロワールが飲んでいた酒も、今、ここにある酒の瓶と同種のものであった。

「……中身は、別のものだったのかな」

 そして更に言うならば、この酒瓶からは少々不思議な気配を感じられた。

 具体的には、魔力の残り香があるのだ。

 まるで、多大なる魔力を持った生き物の血でも入れて保存していたかのように感じられる。アレットは何となく、姫やガーディウムの血肉を食らった時のことを思い出しながら、不審な酒瓶をじっと見つめた。

 ……そして案の定、酒瓶のラベルの中に、走り書きがある。

『南の神殿』と。


「やっぱりね」

 アレットはため息交じりにその空瓶を見つめる。……どうやら、シャルール・クロワイアントは何らかの方法で、南の神殿の神の力の欠片を魔力たっぷりの液体へと変じたらしい。それをこの瓶に詰めておいたのだろう。

 アレットはそれを確認すると……瓶の中に水を加え、瓶に残っていた魔力の残りを一気に呷った。途端、体にほんわりと魔力が満たされていく。微々たるものだが、神の力は一滴たりとも見逃せない。

 ……そうして瓶の中身をすっかり空にしてしまってから、アレットは、適当に瓶の中へ向けて炎の魔法を使っておく。ほんのりと魔力を零しておいたので、瓶からは魔力の気配が感じられるようになった。これでしばらくはアレットの盗み飲みを隠し通せるだろう。

 まあ駄目で元々、ぐらいのつもりでアレットは偽装を行って、それから改めて、荷物袋の中を漁る。

 ……だが、それ以上、目ぼしいものは見つからない。

 アレットは少し考えて……そして最後に、そっと、ベッドの掛け布をめくり、その下を確認してみた。

 残念ながら、そこにも特に何も無い。ベッドの下にも特に何もなく、壁や天井も注意深く確認したが、特に何も見当たらなかった。

 どうやら、シャルール・クロワイアントは自身の計画を文書にしておくようなことはしていなかったらしい。アレットはため息を吐きつつ、これ以上の探索を諦めることにした。恐らく、この部屋にはもう何もない。何かあるとすれば、シャルール・クロワイアントの脳内にあるのだろう。

「……物を持って行くだけが、やることじゃないもんね」

 アレットは懐から小さな紙包みを取り出して、部屋に備えてあった茶葉の缶の中にさらさらと混ぜていく。その中に入っているのは、アレットが調合した野草茶の茶葉である。中身は魔物の国でごくありふれた、かつ地味な見た目の植物であるが……。

 ……50歳未満の子供には与えることが禁止されている植物ばかりである。


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― 新着の感想 ―
[一言] アレットちゃんとソルパクスベラトールチームの摂取した魔力が違ってきましたね。兵士トリオは生き残って欲しいなあ。
2022/09/25 02:02 退会済み
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