銃よ毒よ*2
そうしてアレットは荷運びを終え、王城を辞した。
色々と見て回りたいような気持ちもあったが、やめておくことにした。王城の中にかつての面影を見つけてしまえば、昨夜フローレンと話していた通り……少々辛いように思えたので。
それに今は、少々急ぎたい。銃について分かったことをソルに報告しておきたいからだ。
アレットは一度、集荷所へ戻った。そこで人間達から労いの言葉を掛けられつつ、『憧れの王城はどうだった?』と聞かれて少々返答に困ってから『銃を見せてもらいましたよ』と答えた。人間達には『勇者と魔王の戦った場所を見に行ったんじゃなかったのか』と笑われたが『感傷に浸ってきました』などと言う訳にもいかない。
人間達と少々やりとりをした後、アレットは荷運びの予定表を眺め、改めて、銃がどの程度増えるのかを考えてみることにした。
……銃は、小分けにされて王城へ運び込まれているようだ。アレットが東の町から運んできた銃は、ほんの一部に過ぎない。
恐らく、魔物に略奪されることを恐れているのだろう。だからこそ、アレットが運んだ積み荷には銃こそあれども、弾も、火薬も無かった。
……だが、逆に言えば、小分けにされている分、多くの荷馬車に銃や弾や火薬が積まれているとも考えられる。
先程、王城の倉庫にあった銃は、ざっと数えたところ、20箱。1箱に6丁の銃が入っていたとしたら、120丁の銃が既に収蔵されていることになる。つまり、アレット達が立ち向かわなければならない相手は、最低でも120人以上の銃兵、ということになる。
そして……恐らく、まだ増える。
これから姫の公開処刑までに王城へ到着する荷馬車は、全部で12台。公開処刑近くになると予定が未定ということになっているが、南へ行ったきりの馬車があることも考えると……恐らく、そこからはもう、銃ではなく人間を運び始めることになるのだろう。
12台の馬車に、アレットが運んだような形で、銃や火薬や弾が別々の馬車に積み込まれるとするならば……ざっと計算して、72。72丁の銃が増えることになる。
約200の銃を相手に戦うとなると……最早、120と大して変わらない。これ以上は考えるだけ無駄かな、とアレットは思考を打ち切った。
どのみち、まともに戦える数ではないのだ。ならば、戦わずとも済むように細工をしておくことが必須となる。
……となると、それを行うのはアレットだろう。
銃身に細工をするよりは、火薬を湿気らせてやる方が現実的だろうか。だが、それにしてももう一度、王城の食堂へ忍び込む必要がある。まさか、見張りがまるでいないということはあるまい。そこで戦闘になれば、例え細工に成功したとしてもアレット達の企みが露見する。
そしてアレットは、銃への細工だけでなく、毒の仕込みまで行わなければならない。
毒を仕込めるようになるのは、集荷所の予定表が空欄になっていた期間……人間達の集まる期間だけだろう。あそこで順次、毒を盛っていくべきか。はたまた、公開処刑間際まで待って、人間が可能な限り多く集まったところを狙うべきか……。
「どの順番で、いつやるか。それが重要だよね」
ということでアレットは、そのあたりの情報を整理するべく、ソル達の元へ向かうことにした。
「ソル隊長!ソル隊長に会えるんですね!姫君の盾にも!」
……そして荷馬車の牽引役には、今日もパクスを連れてきた。何せ、ソル達に会う機会なのだ。パクスにも会わせておきたい。
パクスがぶんぶん尻尾を振るのを横目に、アレットはのんびりと、荷馬車を牽いていく。……ひとまず、西の開拓地へ到着するまではのんびりとした旅路である。急ぐのは、帰路だ。
「ああ、楽しみだなあ!楽しみだなあ!ところで今日の荷馬車、軽いですね!なんでですか!?」
「パクスの気分が軽いだけだと思うよ」
……パクスはすこぶる元気であった。敬愛する隊長と再会できるともなれば、この喜びようも当然かもしれない。何せ、パクスはソルをよく慕っていたのだ。それが今、ぶんぶんと振られる尻尾にもよく表れている。
「毒が先か、銃が先か。どのみち、どちらかをやったらもう片方が警戒される。なら、毒が先の方がいいかなあ……」
「それはソル隊長に聞いてから決めましょうよ、先輩!……ああ、楽しみだなあ!楽しみだなあ!」
「……そうだね。今考えたってしょうがないか」
アレットが悩む横でパクスが尻尾をぶんぶん振るものだから、アレットとしては悩んでいるのが馬鹿らしくなる。
……まあ、時には息抜きも必要だよね、とアレットは結論付け、ひとまず毒と銃について考えるのをやめた。あまり考えすぎても良くないだろう。そういう意味では、アレットを無用な考えから引き剥がしたパクスは実によくできた部下である。
「姫君の盾にお会いしたらまず、なんて言おうかなあ!楽しみだなあ!」
尤も、パクス自身はそのようなことはまるで考えていなかったが。
そうして開拓地で荷物を積んだアレット達は、以前同様、凄まじい速度で進んで、例の岩場のあたりまでやってきた。
荷馬車を人目のつかない場所まで運び、そこで枯草を掛けて更に目立たないようにすると、早速、アレットがパクスを先導して岩場を進み始める。
「あっ、こっちの方なんですね。うーん……匂いで辿れなかったの、悔しいなあ」
「匂いが辿れないように細工してるみたいだよ」
「そっか!ならしょうがないですね!」
岩場を進む2人は、速い。目的地が分かっているならばアレットは飛んでいけばよいだけであり、パクスはそれを追いかけて走ればよいだけなのだから。……そして何より、2人は大変、元気であったので。
「……お。アレット、来たのか!……パクスも!」
そうしてアレット達は無事、ソルの元へと到着した。
ソルが表情を綻ばせるや否や、パクスは『たいちょおー!』と感涙に咽びながら半ば飛びかかるように向かっていき、アレットはそれをにこやかに見守るのだった。
「……という訳なの。銃をどうにかする手段は見つかったけれど、方法が結構難しそうだし、毒との兼ね合いもあるし……報告ついでに一度相談しておこうと思って」
そうして3人は食糧庫前に腰を落ち着けて話すことになった。アレットは手近な石に腰かけ、ソルは地面に胡坐で座り。そしてパクスはソルの隣ににこにこと座って尻尾を振っている。
「丁度良かった。こっちもちょっと迷ってたところでな」
ソルは手慰みにパクスの尻尾をもそもそと触りつつ、少々悩むように話した。
「毒の採取はどんなかんじ?」
「ま、やれるだけのことはしてる。とりあえずドクゼリの根が8、ドクウツギの根が5、ってところだ」
それだけあれば、ある程度まとまった数の人間を殺すことができるだろう。殺さずともまともに動けなくなる程度でよいのなら、その倍の数は手に掛けられる。
……だが。
「冬が近づいてるだけあって、植物はほとんど採れねえな。相当期待して向かった先で根っこ2株しか手に入らねえこともある」
「ああ……そうだよね」
冬が間近に迫った今、毒の原料となる植物はそのほとんどが地中に根を残すばかりとなっている。ある程度見当をつけて地面を掘り返す以外に見つけ出す手段は乏しい。
「ってことで、想定してたよりはずっと採取が遅い。このままじゃ、目標量には到底及ばねえな」
「そっか。まあ、それは仕方ないよ」
……当初の目標は、人間200人を行動不能にする程度の量の毒、ということだった。だが、今の状況だとそれは流石に厳しいだろう。毒草の根1つから作れる毒はそう多くない。精々、3人分といったところか。となると現状、40人弱の人間の分しか毒が無いことになる。
「やっぱり毒以外の方法である程度人間を襲って減らした方がいいか……?」
「最悪、そうした方がいいかもしれない。銃を封じたって、人間は剣でも斧でも使って戦いに来るだろうし……」
毒を盛ったところで、その全ての毒を最大の効率で人間が食らってくれるとは思えない。40名分の毒で動けなくなってくれるのは、上手くいっても30かそこらだろう。となると……やはり、毒は少々、現実味に欠けるか。
「下手に人間を刺激して、姫様に何かされたらたまったもんじゃあないが……動いちまった方がいいか」
「そう、だね。銃については……うーん、どう頑張っても、処刑日の前日かその前ぐらいが決行になると思う。湿気らせた火薬をもう一度乾かすような時間があったら困るし」
「成程な。となると毒はそれの直前、っていうのが一番マシか。……後はどれぐらい、途中で削っておくか、だな。その場合、できれば人間の主戦力を潰しておきたいが……」
ソルが唸るのを見てアレットも悩み……そこで脳裏にひらめくものがあった。
「……多分、それなら分かる」
アレットが思い出したのは、集荷所の予定表だ。馬車の動きが分かれば、荷物や人の動きが分かる。そして……『未定』が多い中、唯一の例外があった。
「南の方から王都へ戻る馬車が一台、もう予定されてるんだ。今から予定が決まってるくらいだから、それなりの戦力がそこで来るんじゃないかな」
「成程な。……ってことは、その他の予定は『義勇兵』ってとこか。こっちに入植する予定で傭兵崩れの人間共がどれぐらい来るか、ってところだろうな」
ソルはそう言って頷くと、しばし、何かを考え始めた。……そして、身を乗り出す。
「……なあ、アレット。叩くならどっちがいいと思う。消えてもさして問題視されねえだろう義勇兵共と、確実に戦力として期待されているであろう一団」
「後者」
アレットは即答した。すぱり、と切れ味の鋭い刃物で切り落としたような回答に、パクスはぽかんとし、ソルはにやり、と口角を上げる。
「ほー。理由は?」
「その一団の中に『勇者』が居るかもしれないから」
ぎら、と憎悪を瞳の奥に滲ませて、アレットは吐き捨てるように言った。
「潰してやりたい相手がいるのに、遠慮してやる義理は無い」
『勇者』とは、人間達の最後の希望にして最大の切り札。『魔法を使える人間』である。
……普通、人間は魔法を使えない。当然である。魔力を持たず、魔力を忌み嫌い、下手に魔力を浴びれば死に至る。そんな生き物が魔法を使うことなどできるはずがない。
だが、例外はどこにでもある。
人間達の中にはごく稀に、魔力を持って生まれてくる者があるという。それはたいていの場合、『忌み子』として葬り去られるが……その中でも唯一の例外として、『勇者』がある。
勇者は神の祝福を得て勇者となるのだそうだ。神の代理として、人ならざる力……即ち魔力を得た勇者は、魔物の戦士並みの魔力を操って戦う。
……アレットは人間の文化に詳しくはないので詳細は判然としないが、恐らく、極端に魔力の多い子供が生まれた時、それを『勇者』として扱うか、はたまた、王族や神官などの子供が魔力を持って生まれてきた際のみ『勇者』と扱うようにしているのか。そんなところなのだろう。
……もし本当に『神』とやらが祝福することで魔物を滅ぼす勇者が生まれるのだとしたら、なんとも馬鹿らしい話である。
勇者は魔王を殺した。つまり、今代勇者は全ての魔物達にとって生みの親の仇のようなものなのだ。勇者さえ居なかったなら、と思う魔物は少なくない。アレットもまたその一人だ。
憎しみは果てしない。かの宿敵を殺さんとする思いは、アレットの中で色濃く渦巻いている。
……だが。
「そうか。俺は前者だ。直接ぶっ殺したい気持ちは俺もそうだが……勇者が居たならそれこそ毒で殺す方が現実的だ。何せ、魔王様ですら勝てなかった相手だぞ」
「……そうだね」
アレットも、分かってはいる。アレットとソルとガーディウム、そしてパクスも合わさって戦いを挑んだところで、勇者には勝てないだろう。勇者の力とは、そのようなものなのだ。
悔しいが、それまでの話。憎しみだけで相手を殺せるわけではない。もし憎しみだけで勇者が死ぬのなら、もうとっくに死んでいるだろう。
「……ま、そもそも俺の予想じゃ、勇者は来ねえ」
そして、ソルは少々気だるげにそう言って、組んでいた脚を崩した。
「それは何故?」
「人間が『唯一の』力を持つ者をどう扱いたいか、考えてみろ。……下手に権力を持たれちゃ厄介だ。権力を欲さず、反乱を起こす気にもならず、静かに過ごしていりゃそれでいい。……なら、死体になってもらうのが一番いいだろ」
……アレットはその可能性に思い当たって、ぞっとした。
確かに、そうだ。人間の唯一の希望、唯一の武力である勇者には、厄介なことに人格がある。となると……。
「……成程。もう諸々の口封じで死んでるかも、ってことだよね」
「そうそう。で、魔物を脅す時にだけ『勇者が来るぞ』とでも言っときゃいい」
「え!?え!?どういうことですか!?」
パクスは混乱している様子であったが、アレットが簡単に『役目が終わったら厄介ごとになる前に処分、ってことだよ』と説明すると、『成程!……怖ぁ』と身震いした。
「ま……お飾りとして上手く使う、っていう方が賢いだろーが、そう上手くいくもんかね」
「勇者の側が身の程を弁えて立ち回る可能性はあると思うけどな」
「だとしても魔物の国には来られねえだろうな。人間共は絶対に勇者を目の届くところに置くだろ。魔物を集めて謀反、なんてこと、勇者がしないとも限らねえ」
魔物達は勇者に導かれてやる気などさらさら無いが、人間達がどう思うかは別の話である。諸々を警戒するのなら、確かに勇者をこちらへは寄越さないだろう。
……勇者が現れる、という可能性は少々薄そうである。
「ってことで、どうする、アレット。そもそも人間の数を減らすのは絶対じゃねえ。取らなくていい危険を取って破滅するほど馬鹿なこともない。だが……」
「毒がそう多くは入手できない以上、多少にでも事前に数を減らしておきたい。利は危険に見合うだけある」
アレットがソルの言葉の続きを引き取ると、ソルは頷く。
「……で、ついでにそろそろ、俺もガーディウムも一暴れしてやりたいのさ」
「成程ね」
ソルはそれほどでもないが、ガーディウムは如何にも血の気の多そうな様子に見えた。姫を奪われた屈辱も相まって、人間を殺してやりたい欲望は高まるばかりなのだろう。
……アレットは悩んで、悩んで、悩んだ。
公開処刑前に人間を殺してしまえば、それは警戒に繋がる。或いは、王都の魔物達への危害に繋がるかもしれない。
だが、公開処刑前に人間を殺さなければ、到底、姫の奪還は叶わない。いずれにせよ、いずれかの形で、いつか、人間達を殺さなければならない。
毒はそれほど多くない。大量の毒があれば、処刑前日の夕餉にでも毒を混ぜて人間の戦士達を一網打尽にしてやる望みもあったが、手段が無いなら仕方がない。
ならば、他の方法、他の機会に人間達を殺すか、はたまた、公開処刑当日、より多い人間の戦士達を相手取るか……。
……そして、当日の乱闘に巻き込まれて死ぬ者を極限まで減らすためには。
「……やっぱり、事前に殺そう」
アレットはそう、結論を出した。
「ただし、ぎりぎりまで粘る。適宜、馬車の予定は伝えるから、公開処刑直前に王都へ到着する馬車だけ狙って襲っていけばいいと思う」
吹く風が冷たい。アレットの黒髪が吹き乱されて、首筋が冷えていく。だが、決断を下すには丁度いい冷たさだった。
「本隊の方は、私が毒でやる。義勇兵達が到着しないっていう知らせを受けるのと毒の混入が発覚するのが同時なら、どちらかが警戒されることもないから……その機会を見計らって、ソルとガーディウムとで義勇兵の方をやってくれる?」
「俺達の方は構わない。だが、銃の処理はいけるか?」
ソルもまた、髪と翼を風に揺らして、少々目を細めた。
「……まあ、警戒は、強くなるだろうけれど」
アレットがそう零せば、ソル以上に隣のパクスが心配そうな顔をする。アレットはパクスを安心させるべく、はっきりと言葉にした。
「任せて。算段はついてる」