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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第五章:魂の在処【superbus bellator】
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怪物*3

 結局、フェル・プレジルは思いついたことを自分の中で整理する時間が欲しかったらしく、アシル・グロワールには報告せず、そのまま帰っていった。それに合わせて、アシル・グロワールも帰っていき……アレットは1人、ようやく部屋で入浴することができる。

 オレンジの香りが溶けだした湯をタライに張って、そこに尻と足をちゃぷんと浸ける。小柄なアレットはこのようにしてタライに収まり、体を温めることが多い。

 それからタライの湯を零さないよう器用に髪や体を洗って、汚れを落とす。そうして綺麗になったら取っておいた湯で体を流し、タライから出て体を拭いて……そのまま、タライの残り湯で洗濯を始める。

 城の兵士達であるならば、洗濯場に衣類を出しておけば使用人達が洗濯してくれる。だが、アレットはなんとなく、人間達の手を借りるのもなあ、と、自分で衣類を洗濯していた。『手間を掛けさせないよう気遣ってくれている!』と使用人達にも好評であるので、当面はこのまま自分で洗濯をすることになるだろう。

 ……そうして一通り、身繕いが終わったところで、アレットは服を室内に干しつつ考える。

 フェル・プレジルの言っていた通り、『人間を勇者にする』のと同じようにして『動物を怪物にする』ことが可能なら、確かに諸々の筋は通る。

 つまり、今回の怪物の襲撃はシャルール・クロワイアントの仕業である、と。そのように結論付けることができるのだ。だが……。

「……うーん、何のために、っていうのが、分からないんだよね」

 アレットは独り言を呟きつつ服を干し終え、タライの残り湯を片付けていく。

「それから、『どのように』も、まだ、あまり解明できてない、よね……ねえ、ヴィア。エクラ・スプランドールを勇者にした時は何をどうやったの?」

 タライの残り湯を窓の外へ捨ててから、アレットはそう、ヴィアへ尋ねた。すると、ヴィアはアレットの寝床からぷるるん、と這い出してきて、答える。

「ああ、それについては水ですよ、お嬢さん」


「精霊の聖堂の内部に、水が溜まった器がありました。その水を私が摂取することで、そこにたっぷりと溶け込んでいた魔力を頂くことができまして……ああ、それから聖堂内部の宝石なども、少々食べてみましたがね」

「……で、そのヴィアを、エクラに飲ませた、っていうこと?」

「はい。そしてその残りは、お嬢さん。貴女へと届けられた、という訳です」

 成程ね、とアレットは頷く。そういった手順であったなら、理解できる。

 精霊の聖堂の中に溜まっていた水、とやらにそこまでの魔力があったとは思えないが……宝石の類まで全て食べた、というのであれば、十分に納得がいく。

 或いは、『精霊の聖堂』という場所が、局所的に魔物の国のような……宙にも地にも魔力を蓄えている、そういった場所になっているのだとしたら、魔力が集まっている理由にもなるだろう。

「あ、ところでお嬢さん。そちらの残り湯、頂いてもよろしいでしょうか?」

「もう捨てちゃったよ」

「なんと勿体ない……!」

 愕然としてぷるぷると打ちひしがれるヴィアを前に、アレットはなんとも複雑な気持ちになる。

「魔王様の残り湯ならともかく、私のじゃ、魔力の補給にはならないでしょ」

「いいえ!いいえ!それでも僅かながら魔力を持っていることは確かです!そして何より、魔力よりもっと大切なものを補給することができるのです!」

 ヴィアはこういうところがちょっと変だよなあ、などと思いつつ、アレットは空になったタライを床へ戻す。ヴィアは諦めきれない様子でタライまでぴょこぴょこ跳ねていくと、タライの中へと飛び込んで、そして、タライの角に残っていたらしい水分を吸収し始めた。アレットは何とも言えない気持ちでそれを眺めつつ……ふと、思い出して首を傾げる。

「ええと、話、戻すけれど。精霊の聖堂の内部に溜まっていた水があったから魔力が摂取できる状態になっていた、っていうなら、そうするといよいよ、『どうやってアシル・グロワールを勇者にしたのか』が分からないよね」

「そう!それなのですよ、お嬢さん!」

 アレットが零せば、ヴィアはぴょこん、と大きく跳ねてタライから出てきた。タライは何時の間にやら、すっかり乾いて水分という水分を失っている。ヴィアの妙な意地汚さにアレットは半ば呆れ、半ば感心するような心地である。

「神の力の欠片がアシル・グロワールに与えられたことは分かりました。ですが、それを『どうやって』という点については、まるで分かっていない!」

 ヴィアは興奮気味に跳ねると……ぷる、と少々悲し気に身を震わせた。

「それが簡単にできるなら、姫は死ななくてよかったはずだ」

「……そうだね」

 神の力の欠片の中に圧縮された魔力は、取り出すのが非常に難しい。ヴィアのように石を消化できる生き物であるならともかく、普通の生き物であるならば、石の中の魔力を操ることなどできないはずだ。

 だからこそレリンキュア姫は高度な魔術で以てして神の力の欠片から魔力を取り出し、命を削った。そしてヴィアもまた、神の力の欠片を消化すると同時に命を落としている。

 彼らが命を賭したものを、人間がいとも簡単にやってのけたというのには、疑問が残る。そもそも、人間の国においては魔力は異端の証なのだ。当然、魔力を操る術が伝わっているはずもない。何故、シャルール・クロワイアントが魔力を操れたのかも謎である。


「そもそも、いつ接触したんだろ。騎士団長が強くなったのって、私が接触してからソルに攫われて離脱するまでのどこかのはずだけれど……」

 更に謎は残る。どうも、シャルール・クロワイアントがアシル・グロワールに何かできたとしても、その時間が無いように思えるのだ。

「まあ、開始時点についてはお嬢さんが接触する前だったかもしれませんがね。一応、レオ・スプランドール達が南の神殿から神の力の欠片を持ち出した時点から、何らかの手段を講じる余地はあったはずなので」

「そう、だね……いや、そうするといよいよ、不思議なんだけれど。だって、レオ・スプランドールは結局、あの場では騎士団長と接触せずに西の神殿に瞬間移動しちゃったでしょう?だからこそ私達と会っちゃったわけだし……」

「……と、なると、神殿が鍵になっているような気がしますね」

 ヴィアがぷる、と体を捩じりつつ、そう言う。(今の小さな体の彼にとって、このように体を捩じるのは恐らく、首を傾げるのと同じ意味合いの動作なのだ。)

「シャルール・クロワイアントと騎士団長とを繋ぐ物があったとすれば、それは南の神殿くらいしかあり得ませんよ」

「そう、なんだよね……うーん、でも、そうなるとやっぱり、どうして魔力を持たない人間が私達の神の神殿で小細工できたのか、っていう疑問が残るんだけれど……」

 アレットは考え、考えて……『これ以上ここで考えても答えは出ない!』と結論を出し、ぼふん、と布団の上に倒れ込んだ。

「うーん、後手に回っている気がする……」

「それでも着実に進んではいますよ、お嬢さん」

 ヴィアもぴょこんと跳ねて寝台の上へやってくると、アレットを慰めるように手の平の中へ潜り込んでくる。

「……まあ、とりあえず、今回の怪物の襲撃が何の目的で行われたものなのか、もうちょっと様子見してみるしかないか」

「そうですねえ。うーん、アシル・グロワールを活躍させたかった、というなら話は分かりますが……」

 ……両者はしばしまた考え、そして、考えを打ち切った。

 考えるだけでは答えは出ない。どのみち、明日は来る。明日以降、また、敵陣の動きをよく観察し、動向に注目し、意図を見透かして考察し……そうやって真実に辿り着くしかないのだろう。

 アレットとヴィアは、諸々を考えることを放り投げ、寝台に埋もれて眠ってしまうことにしたのだった。




 そうして翌日。

 翌日もアレット達、兵士の一団は城下で働いていた。……残っていた怪物の死体の処理のためである。

 とは言っても、流石に昨日片づけきれなかった分は然程多くなく、幾分気が楽であったが。

 兵士達の中には余裕が出てきて、怪物の皮を剥いで採取している者もいた。アレットはなんとなく、魔物の国の王都で人間達に売られていた、かつての仲間の角や毛皮のことを思い出して顔を顰める。

 そうした兵士達から少し離れて、アレットは石畳に散らばった怪物の臓物の欠片などを火ばさみで拾い集め、桶の中に放り込んでいった。さして美味そうでもないそれを拾い集めるのはなんとも嫌な作業であったが、少なくとも、魔物の国へ行ったことも無い人間達よりは、ずっと手慣れたものだっただろう。

「そこの女騎士様!」

 そんなアレットに、声が掛けられる。アレットが顔を上げると、城下に住んでいるのだろう、恰幅のいい人間の女がにっこり微笑んでいた。その笑顔には疲れや不安が多少滲んでいたが、ひとまず、アレットへの敵意は見当たらない。

「はい、なんでしょうか」

「いや、黙々と頑張ってくださってるもんだから。何か、お礼をしたくてね」

 アレットが首を傾げていると、人間の女は手にしていたバスケットから包みを取り出して、アレットに手渡した。……紙包みの重さや、ふわりと漂う香ばしく甘い香りから推察するに、どうやら焼き菓子の類らしい。

「大したもんじゃあありませんけれどね。良かったら召し上がってくださいな」

「ありがとう。休憩の時に頂きます」

 アレットはにっこり笑って人間の女に頭を下げる。『騎士』としては珍しい行為だろうが、これでいい。アレットは市井の人間にも、『風変わりな傭兵崩れ』として認識されていたかった。何せ、『風変わりな経歴』を持っているならば、『変わり者』であっても不審がられないらしいので。魔物であるアレットが人間のふりをするための処世術の1つである。

「ああ、あなたみたいな若い女の子も、騎士様として働くなんてねえ……」

 そんなアレットを見て何か思うところがあったらしい人間の女は、ため息交じりにそう言う。どうも、アレットに対して良い印象を抱いたらしい。そのついでに、年若い人間を庇護したい気持ちまで芽生えたようだ。どことなく憐憫交じりの視線になんとも言えない気持ちになりつつ、アレットは曖昧に笑って……。

 ……ふと、人間の女が、ちょこちょこ、と軽く手招きしつつ周囲の様子を窺う。おや、と思ったアレットは、周囲に他の兵士達の目があまり無いことを確認してから、ちょこん、と人間の女に近づいて耳を傾けた。すると、人間の女はアレットの耳元でそっと、囁くのだ。

「ここだけの話だけれどね。どうも、今回の魔物は、誰かの手で招き入れられたんじゃないかって話なんだよ」

「ええ……」

 それはもう知ってるなあ、とアレットは思いつつ、神妙な顔で人間の女の言葉に頷いてみせる。すると人間の女は更に喋った。

「それでね、噂じゃあ、魔物を招き入れたのは長らく魔物の国へ行ってた第二王子だっていう話なんだよ!」


「そ、それはどこから聞いたお話ですか?」

 アレットは少々焦りつつ、問う。幾らなんでも唐突に過ぎるだろう。昨日の今日で、このように噂があるとなると、誰かが意図して流したものである可能性が高い。

「え?どこから、って……うーん、特に、誰、って訳じゃあ、ないんだけど……もしかして、第二王子様のところの、騎士様だったかい……?」

 そして、人間の女は『まずいことを言ったのでは』と今更気づいたような顔で、じりじりと、アレットから距離をとっていく。

「あ、いえ、その……そうなんですけれどね。あははは……ああっ、あの、別に怒ってませんから!怒ってませんから大丈夫です!もうちょっと詳しく聞かせてください!」

 アレットは慌てて人間の女を追いかけ、どうにか安心させるべく笑顔を向け、もう少々話を聞き出し、しかし、碌な話は聞けず……そうしてまた1人になったアレットは、また黙々と怪物の死体を片付けながら、考えることになる。

 ……これはこのまま放っておいても、別にまずくないんじゃないかなあ、と。




 先程の人間の女との会話で、アレットは今回の事件の狙いが大凡、理解できた。

 それはつまり、『第二王子の評判を落とすこと』もしくは『勇者の評判を落とすこと』だろう。

 人間の女との会話の中で、『やはり勇者様は強い』『強すぎて人間とは思えない』というような意見も聞くことができた。そしてこれらの意見は恐らく、人間の女本人の内から生まれたものではなく……恐らく、誰かがそれとはなしに吹き込んだものを自分の考えとして受け入れてしまった結果であろうと思われる。

 そう。今回、怪物を放った目的は、アシル・グロワールへの評判を落とすこと。勇者が戦う物語は美しいが、実際の戦いは斯様に血生臭く、後片付けも面倒だ。その様子を民衆に見せることで、『勇者』に対する幻想を汚すことができる。

 更に、『あのような力がある相手を同じ人間とは思えない』といった噂を町の中で流してやれば、やがて、その噂は尾鰭がついて街中へどんどん出回っていき、気づいた頃にはもう、アシル・グロワールの印象は覆せない程に悪くなっているはずだ。

 ……となると、1つ、ここでまた新たに仮説が生まれる。

 シャルール・クロワイアントがアシル・グロワールを勇者にしたのは、正に、このためだったのではないか、と。


 そう。シャルール・クロワイアントがアシル・グロワールを勇者にしたのは、アシル・グロワールを攻撃する口実のためだったのだ。

 即ち、『勇者』を全て排除する前提で、アシル・グロワールは勇者にされたのだ。




 そこで改めて、アレットは思うのだ。

『今回のこれは、ちょっと放っておこう』と。

 そうすることで、シャルール・クロワイアントの狙いがはっきりと見えるようになるだろう。そうすればシャルール・クロワイアントと接触する隙が生まれやすく、どのようにして神の力の欠片を使ったのかも、怪物を生み出した魔力をどこから調達したのかも、知る機会が生まれるはずだ。

 それに……諸々が上手くいかなかったとしても、まあ、アシル・グロワールが少々可哀相な目に遭うだけである。アレットにとって、特に問題は無いのだ。

 ……ということで、アレットはこれから大いに荒れるであろう国内情勢に思いを馳せつつ、鼻歌交じりに怪物の死体を片付けていくのであった。


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