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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第五章:魂の在処【superbus bellator】
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人間模様*6

 人間の城は、魔物の城とは多少、構造が異なる。というのも、風土気候や採れる資源、住まう種族等々が大きく異なるのに加え、魔物は魔法を使うのに対し、人間達は魔法を使わずに生活することを前提としているからだ。

 例えば、灯り。魔物の城では、魔力を持つ石を燃料とした灯りもいくらか存在していたが、人間の国では、全ての灯りを火と陽光に頼っている。また、それに伴い、人間の城には窓や吹き抜け構造が多い。魔物の国で同じ構造の建造物を作ろうものなら、厳しい冬に凍死者が出かねないだろう。

 また、上下水道についても人間の国と魔物の国では多少異なる。魔物の国の場合、上水道にはウンディーネが住み着き勝手に管理を行い、下水道にはスライムが住み着いて水を浄化している。だが、人間の国はそうもいかない。結局、人間達の国では水道を整備することを半ば諦めているらしく、ごく一部にしか上下水道は整備されていないらしい。

 ……と、まあ、そういった具合であるので、アレットの隠密行動も多少、勝手が違った。

 もし魔物の城の中を探索するのであれば迷わず下水道を使ったところなのだが、人間の城にはそもそも下水道があまり整備されていない。だが代わりに通気口や窓が多いので、そこかしこから侵入することはできる。

 ……そう。人間の城は、侵入するのがとても容易い。とにかく隙間が多く、雑な造りをしているため、少々粘れば壁の石材を1つ外して抜き取ることすらできてしまう。だがその一方で、隠れる場所はあまり多くなく、アレットにとっては少々、やりづらい。

 そんな人間の城でアレットが選んだ方法は、蝙蝠としての能力と、人間の城の造りの杜撰さを大きく生かした方法だった。

 ……人間はこれを、盗み聞き、と呼ぶ。


 アレットは早速、第一王子の部屋の上階へと忍び込んだ。適当に外壁を登って窓から中に入り込めば、それで終わりだ。

 人気の無い部屋であったが、どうやらここは第一王子のための倉庫であるらしい。式典用の鎧や剣、模様替えの為の調度品などが置かれていた。アレットは一応、部屋の中に誰も居ないことを確かめると……続いて、空気の流れを確認した。

 魔物の国の冬と比べれば、人間の国の冬は随分とぬるい。だがそれでも人間達には堪えるらしく、第一王子の部屋ではたっぷりと薪が燃やされ、部屋が暖められているらしかった。冷えた倉庫の床から、ほわり、と温い空気が漏れている個所があれば、そこがアレットの目当ての場所である。

 空気が通れば、音もそれなりに通る。蝙蝠たるアレットの耳には、床の隙間……第一王子の部屋の天井の隙間でもあるそこから、はっきりと話し声が聞こえてくるのだ。




「第三騎士団が妙に嗅ぎまわっているようだな」

 第一王子の声が聞こえる。ため息交じりのその声は、誰かに向けられたものであるらしい。

「フェル・プレジルといったか。元々私に対して少々、無礼な態度を取っていたが……奴を黙らせる方法はあるか?」

「第三騎士団への圧力しかないかと」

 第一王子の声に答えるのは、第一騎士団の団長である。どうやら第一王子と話していたのは第一騎士団の騎士団長であるらしい。

「騎士団自体へ、か?それでは少々、露骨すぎるだろう」

「ですが、フェル・プレジル本人へ圧力をかけるにも、奴は弱味らしい弱味がありませんから」

「全く、失うものが無い者というのは、厄介だな」

 アレットは床下から漏れ聞こえてくる音に耳を澄ませながら、随分と露骨な話に眉を顰めた。これは間違いなくフェル・プレジルに告げ口してやろう、と思いつつ。

「ですので、第三騎士団に対して、第一騎士団より異議申し立てを行おうかと」

「だが、それでは大事になりすぎる。お前が関わっていると思われるのも厄介だ」

 第一王子は第一騎士団長をそっと諫めると……数拍後、事も無げに尋ねた。

「……妻子がある者は、居ないのか」

「……人質を取る、と?」

 言葉の意味は明らかである。第一王子は、『表立って第三騎士団へ異議を申し立てると大事になるので、秘密裏に黙らせろ』と言っている。それも、直接関係の無い者の命を握って。

 非常に有効な手立てだろうが、当然、危険も大きい。アレットは『私ならそれはやらないなあ』と思いつつ、事の成り行きに耳を澄ませる。

「殿下。それは失敗した時、必ず犯人が割れます。そうなった時、騎士達の妻子にまで手を出していれば、騎士団は勿論、民衆からの非難も避けられないでしょう。エクラ・スプランドールのこともあったばかりです。慎重に動くべきかと」

 そして第一騎士団長もまた、アレットと同意見であるらしい。

 何せ、エクラ・スプランドールのせいで、民衆の間には『王家の者が平民出身の勇者から神の力を取り上げた』というように噂が広まっているのだ。そこで更に、王家の者が平民の、それも直接は関係のない者に手を出したと知れたら、当然、非難は免れないだろう。

「犯人が割れる?それは上手くやればどうにでもなるだろう」

「それでも、です。……フェル・プレジルならば、やりかねません」

 まだ食い下がる第一王子に対して、第一騎士団長もまた、退かなかった。……すると、ため息の後、第一王子は呆れたように言う。

「お前はフェル・プレジルを随分と高く買っているのだな」

「……どうにも、慎重になる性分でして」

 アレットは第一騎士団長の評価を少しばかり上方に修正する。

 彼が危惧する通り、恐らく、フェル・プレジルならやりかねない。

 飄々として『後ろ盾もしがらみも無い雑用係』と豪語している一方で、後ろ盾も無く騎士団長にまで上り詰めただけの実力はあると見ていいだろう。正直なところ、アレットは騎士団長達の中で一番相手にしたくないのがフェル・プレジルである。

 気が合うね、とアレットは第一騎士団長に対して少しばかり共感しつつ、呆れた様子の声を発している第一王子に対しては評価をそっと下方修正しておくことにした。


「……なら、犯人など必要ない。ただ、事故が起きればよいだろう。元より、騎士共を全滅させる必要も無い。ただ数日寝込めばそれで十分だ」

 やがて、第一王子はそう言って、くすくすと笑う。

「そうだな。第三騎士団は、卑しい者達の集まり。無謀にも悪くなった粥か何かを食べて食中りを起こしたとして、不自然ではあるまい?」

『実際のところ、貧民ほどお腹が強いし、貧民ほどそういうところの危機管理はするけれどなあ』とアレットは思ったが、まあ、考えは捨て置いた。傭兵としてやっている人間と、王城で飼われている人間とではその辺りの感覚も異なるかもしれない。そして何より、第一王子がどう思っていようと、それによって彼の策が失敗しようと、どうでもいい話である。

「厨房の者には直々に『災難だったな』とでも言って労ってやれ。食品の管理を怠ったとして、奴らが責められぬように。そうしておけば第一騎士団への風当たりが強くなるようなことも無いだろう」

「……畏まりました」

 結局、2人の作戦はその辺りで調整されることになりそうである。アレットはどう対応するか少々悩んだが、一旦保留にすることにした。アシル・グロワールとフェル・プレジルへの報告をどうするかは、考えどころである。




 そうして少し、床下の会話が途切れた後。

「……ところで、シャルール・クロワイアントは見つかったのか」

「いえ、まるで」

 いよいよ、2人の会話はシャルール・クロワイアントについての話題に移った。アレットは、いよいよかな、とより一層耳を澄ませる。

「第三騎士団は我らを疑っているようだが……私からしてみれば、第二騎士団の者の方が余程怪しいな。特に、アシルが連れ帰ってきた女。あれが怪しい」

 ……そして自分の話が出てきたのを聞いて、アレットは何とも言えない気持ちになる。アレットが怪しいのも、アレットが諸々を企んでいるのも事実だが、今回の件にはまるで関係が無い。とんだ言いがかりをつけられたものである。

「何故誰も、不審だと声を上げない?第二王子という立場に遠慮して、誰も何も言えないのか?」

「恐らくは。また……どうも、第二騎士団内での評価が高いらしく」

「なんてことを。全く……第二騎士団は貴族の子弟を集めた騎士団だったように思うが。それでもあの女を不審に思わないのか」

 第一王子の呆れたような声の後、深いため息が聞こえてくる。

「あいつがクロワイアントを逃がしたのではないか?」

 ……そして更に、見当違いの疑いを掛けられてしまった。アレットはぽかんとしながら第一王子の話を盗み聞く。

「全く……実に厄介だ。アシルは魔物の国で死ぬ予定だったというのに。勇者との対立も、上手くいったものだと思いきや……」

 第一王子の話から考えるに、どうやら、アシル・グロワールを魔物の国へ追いやったのは第一王子であるらしい。第二王子自ら申し出たのかもしれないが……フェル・プレジルから聞いた通り、『第一王子との衝突を避けるため』に魔物の国へ出たにせよ、第一王子はアシル・グロワールをそこで始末したかったようだ。

 ついでに、もしかするとレオ・スプランドールにリュミエラを奪わせたのも、第一王子の手の者なのかもしれない。……考えれば考える程、根が深そうな問題である。

 ……そして同時に、第一王子がシャルール・クロワイアントの脱獄に関わったわけではないのか、と、アレットは不思議に思う。

 確かに、シャルール・クロワイアントが行ったことを見ていく限り、第二王子であるアシル・グロワールに力を与えるために動いていたように見える。レオ・スプランドールの従者でありながら王家への執着が強かった、という話も併せて考えれば、やはり、シャルール・クロワイアントは第二王子派に属していたようにも思うのだが……。

 ……だが、アレットはまだ、疑いを捨てずに第一王子達の会話を盗み聞く。第一王子が第一騎士団長に聞かせないようにしているだけで、第一王子本人が直接かかわっている可能性はまだ残っている。勿論、逆も同様に。


 そうしてアレットは十分に警戒しながら2人の会話を盗み聞きし続けた。だが……結局、シャルール・クロワイアントの所在やシャルール・クロワイアントが脱獄した経緯などは分からないまま、2人の会話は終了したのであった。




 それからアレットは、夜も細々と働いている第一王子の侍女達の仕事部屋の声を盗み聞いたり、厨房に潜り込んでみたり、と、あらゆる場所での調査を続けた。

 だが、どうにも実体が掴めない。誰がシャルール・クロワイアントの脱獄の手引きをしたのか、分からないのだ。これはいよいよ、シャルール・クロワイアント自身が瞬間移動の魔法を使った、とでもした方が納得のいく話かもしれない。

 それでもアレットは調査を止めず、考えることもまた、止めなかった。

 ……考えられる道筋がいくらかある以上、なあなあに済ませることはできない。


 1つ目に、まず、第一王子が直接、シャルール・クロワイアントの脱獄を手引きした可能性がある。根拠は簡単、第一騎士団長が居る前では何も喋らなかった、ということだ。

 つまりこの場合、第一王子は第一騎士団長とは共謀していないか……或いはアレットが天井裏で盗み聞きしていたことに気づいていたか、どちらかということになる。

 後者を想定したくはないので前者で考えるとなると、奇妙な点は『何故シャルール・クロワイアントは第一王子ではなく第二王子を勇者にしたのか』という点であろう。

 シャルール・クロワイアントの思惑も知りたいのだが、残念ながらそれが分からない。逆に言えば、それさえ分かれば多少、事態は進展しそうだが。

 2つ目には、第一騎士団長が第一王子に知られずにシャルール・クロワイアントを脱獄させた可能性も捨てられない。第一王子が第一騎士団長に話さなかったのか、第一騎士団長が第一王子に話さなかったのか。その2つは表裏一体、表と裏のあるコインのようなものだ。

 勿論、この場合もアレットの存在に気づいて、2人で共謀し、アレットを欺こうとしている可能性は残る。だがこの際、そこまでは考えない方がいいだろう。

 ……そして3つ目に、第二騎士団長……即ち、第二王子でもあるアシル・グロワールが犯人である、とする考えも、多少、筋が通る。

 この場合は、『何故アレットに話さないのか』や『どのようにして脱獄させたのか』が不明となるが、少なくとも、『アシル・グロワール自身を勇者にした者をもう少し使うため脱獄させた』という筋書きは十分に通る。エクラの登場によって脅かされつつある立場を補強するためにも丁度いい内容だろう。

 他に挙げるならば、第三騎士団やフェル・プレジルの関与が考えられるが、少なくともフェル・プレジル本人には王子同士が争う種を生み出す動機が無い。わざわざアシル・グロワールを勇者にした以上、シャルール・クロワイアントとその仲間には、アシル・グロワールに味方する理由があるはず、なのだが……。


「……そもそもアシル・グロワールを勇者にした理由は、力を与えるため……?王位を得る力を?うーん、回りくどい気もするけれど……」

 アレットはぶつぶつと呟きつつ、寝台に潜り込む。ふかふかの布団に包まっていれば、それなりに居心地が良い。

「回りくどいことをする理由って、何だろう。もっと単純に、第一王子の暗殺とかじゃ、駄目だったのかな」

「どうでしょう。それでは第二王子が王位を継ぐにあたって、血生臭さが付きまといますよ、お嬢さん。それでしたら、『神に選ばれし勇者が第一王子を打ち倒し、王として君臨する』という物語の方が民衆にも受け入れやすいかと」

 寝台の中で小さなヴィアに相談しつつ、アレットは首を傾げる。元々はレオ・スプランドールを秘密裏に処刑してやれ、としていたような連中が、物語を今更必要とするだろうか。

 そして何より……第一王子ではなく、第二王子を次の王に、と望んでいる人間は、どの程度居るのだろう。

 アレットはそのように考えながら、眠りに就いた。……明日は報告だらけの一日になるだろうなあ、と、思いつつ。




 そうして翌日。

 アレットは早速、アシル・グロワールの元へと向かった。昨日の報告を行うためである。

 だが、報告するにしても、全ての内容を報告するつもりは無かった。少なくとも、第一王子達の話を盗み聞きしたことについては、ある程度伏せて置いた方が良さそうである。また、レオ・スプランドールとの交渉についても半分ほどを隠して伝えた方がいいだろう、とアレットは判断して……。

 ……アシル・グロワールの執務室の扉をノックした、その時。

 バン、と、勢いよく、品も無く、扉が開けられる。

 アレットがきょとんとして見ていると……扉を開けた本人らしい女は、じろり、とアレットを見下ろし……そして。

「この泥棒猫!」

 平手打ちを、繰り出してきたのである。




 アレットは、さっ、と平手打ちを避けつつ、女の後ろで『母上!?何をなさるのです!』と大いに慌てた様子のアシル・グロワールを見つつ……思い出した。

 そういえば、『母上』っていうのが人間には居たなあ、と。

「あっ!?なんか先輩が変な勘違いされてる気がしますよ!」

「お前のそのカンは何なんだよ」

「知りませんけれど!先輩は蝙蝠なのに、なんでか猫と勘違いされてるような、そんな気がします!」

「つまり、私と勘違いされてるってことかい?どういう状況だい、そりゃ」

「分かりません!何ですか!?これ!」

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[一言] ありがとう…ありがとう……束の間のパクスを与えてくれて………
[良い点] パクスかわいいなあパクス でもこの直感力、明らかに魔力上昇の効果を得ている……なんの役にも立たないけれど読者のほっこりにだけ役立つ…… [一言] 盗み聞きした結果、あと怪しいのは王様ま…
[良い点] パクスかわいいなパクス [一言] まだまだ謎が多い元従者くんの失踪! 泥棒猫扱いされるアレット! 今後も人間達の思惑に振り回されつつ自らも人間達を振り回すアレットの活躍に期待しております。…
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