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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第五章:魂の在処【superbus bellator】
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人間模様*5

 ……そうして、交渉の後。

「さて。じゃあ、あなたの従者について、知ってることを全部教えてね」

 アレットがそう言って鉄格子の前に座り込むと、レオ・スプランドールも鉄格子を挟んで向かい側に腰を下ろし、渋々、という様子でもなく、むしろ積極的に話し始めた。

「俺が勇者に選ばれた、って分かって、王城に招かれて、そこで国王陛下に色々言われて、魔物の国に行くことになって……そこで、俺の世話役として紹介されたのがシャルールだった」

「あいつ、シャルール、っていうんだ」

「ああ。シャルール・クロワイアント。クロワイアント家なんて聞いたこともないが」

 アレットがふんふん、と頷くと、『そんなことすら知らなかったのか』とでも言いたげな目で見られたが、仕方がない。人間達の中に混じって生活していても、その名前が出たことは無かったのだから。

 恐らく、経歴を辿られにくいように敢えて名を出さないようにされていたか、或いは、どうでもいい存在と見做されて、名前を憶えられていなかったか。いずれにせよ、従者自身が仕組んだ可能性が高いが。


「シャルールについて俺が知ってることはそう多くない。むしろ、王城の連中の方が知ってるんじゃないか」

 アレットは『ああ、そういえばあの人は王家から派遣されたんだっけ』と思い出す。ただ、その割にアシル・グロワール自身も今一つよく分からない相手であったらしい、とも。

「あれは俺に付けられた監視役だったんだと思う。俺より王家のために動いてたな」

 レオ・スプランドールとしてもシャルール・クロワイアントのことはよく分からなかったらしいが。だが、その割に様々な情報を知っていた様子なのが、不審である。

 特にアレットが不審に思うのは……神の力の欠片の行方だ。

「あなた、もしかして、南の神殿から持ち出したものがどうなったか、知ってるんじゃないのかな」

 アレットがそう尋ねると……レオ・スプランドールは何とも言えない顔をした後、ぼそり、と零した。

「シャルールは、第二王子を勇者にしたんだと思う」




「シャルールは、第二王子が勇者になった、ってのを、聞く前から知ってたように思う。初めて聞いた時にも然程、驚いてなかった。当然だ、みたいな顔してやがった」

 アレットは然程、驚かなかった。多少、『動機が分からないなあ』と思いはしたが、ひとまず、『人間が人間を勇者にした』という部分についてはまるで驚かない。

 何せ、ヴィアとエクラで勇者の作り方は多少、解明されてしまったのだ。多量の魔力を与えれば、ひとまずそれで勇者になり得る。今まで魔力を持っていなかった人間でも、勇者となる可能性は大いにある。

 なので……アシル・グロワールが突然勇者になったことについても、人為的なものだった、とするならば、非常に納得がいくのである。


 だがどのみち聞かねばならないのは、その『動機』であろう。

「……何のために?」

「知るかよ。名声が欲しかったのか……本格的に俺を追い出す口実が欲しかったんじゃねえのか」

 レオ・スプランドールは吐き捨てるようにそう言って、顔を歪めた。

「あいつの王家への執着は中々見苦しかったけどな。気が狂ってるようにも見えた。だから魔物の術なんか使ってでも、敬愛する第二王子サマを勇者にしたかったんじゃねえの」

 成程、どうやら勇者にとって、人間を勇者にする術は『魔物の術』であるらしい。……要は、自分が使う魔法は『神の力』で、自分以外の者が使う魔法は全て『悪しき魔物の術』なのだろう。自分勝手なことである。

「まあ、あなたの従者が『第二王子アシル・グロワールを敬愛するあまり勇者にした』っていうのなら、筋は通るよね。勇者なら民衆からの覚えもいいだろうし、神聖さも感じられるかもしれないし」

「ああ。勇者だってなった途端、皆、手のひら返しやがるからな」

 レオ・スプランドールは、へっ、と品の無い笑い方をしてそう言った。……勇者の扱われ方について何か思うところがあるらしいが、それはアレットには関係のない話である。

「……でも、エクラさんも来ちゃったしなあ」

 何せ、勇者の価値、という点においては、ここ最近だけでも勇者が新たに2人現れ……勇者の価値は、大暴落しているとも言えるのである。

「そう!それだ!」

 そこでレオ・スプランドールはにやりと笑った。

「あの、ヴィアっていう魔物に頼んだ。エクラを勇者にしてくれ、って。やり方はシャルールの様子を見てれば大体分かったからな」

「ああ、そういうことだったの」

 どうやら、エクラ・スプランドールが勇者となったのは、ヴィアの独断という訳ではなかったらしい。道理で、とアレットは思いつつ、『大地に還ったらヴィアにちょっと怒ってやろう』とも思った。


「……エクラが勇者になれば、手出しされることは無いと思ってな。俺のせいでエクラが巻き込まれたら、あいつは弱いからすぐ酷い目に遭わされるだろうし……」

 むしろ勇者になることで巻き込まれてる気がするけれどなあ、とアレットは思ったが、それは言わないでおく。エクラ・スプランドールの存在は、魔物にとってはそれなりに利用価値があると見ている。……少なくとも、レオ・スプランドールよりは賢い。話が通じやすい。それでいて、無垢だ。染めやすい。ヴィアが彼女を勇者にしたのは、そう悪い判断ではなかった。

「シャルール・クロワイアントの脱獄はエクラさんが勇者として現れたから起こったことかなあ、って私は思っててね」

「え?」

「ええと、2人の勇者、までならまだいいんだけれど、3人目まで出てきちゃうと、流石に勇者の価値が下がるでしょう?シャルール・クロワイアントが本当に第二王子を勇者にしたなら、その価値を下げられたら困る、っていうことだったのかな、って。だから大々的に動く必要があったのかも、って思って」

 アレットがそう言うと、レオ・スプランドールは少し考えて……それから、『やはり推測は間違っていなかったのでは?』とばかり、首を傾げた。

「……ってことは、今、シャルールが脱獄したのは第二王子のため、ってことだろ?」

「うーん……その割には、殿下に何の動きも無いんだよなあ」

 王家に仕えている、というのであれば、シャルール・クロワイアントがアシル・グロワールのために動いていたとしても不思議ではない。

 だが、その割にアシル・グロワール自身は何も知らない様子である。これは少々、妙だ。


「まあ、それは俺にとってはどうでもいい話だ。王家の連中がシャルールとつるんでいようが他の連中とつるんでいようが、どうせあいつは俺の味方じゃねえ」

 レオ・スプランドールはひとまず、『自分に関係の無いことは考えない』という方針らしく、それ以上、シャルール・クロワイアントの目的について考察する気は無いらしかった。となると、彼が持っている情報もここで打ち止め、ということなのだろう。

「他に知ってることは何かある?」

「シャルールについてはもう何も」

「じゃあ、南の神殿で手に入れた宝石については?」

「それは……多少、変な宝石だとは思ったが、シャルールが『預かる』って言ってたから預けた。それだけだ」

 成程、レオ・スプランドールは魔力の流れにも鈍感であるらしい。となればこれ以上聞き出せることは無いだろう。アレットはそう判断して、会話を打ち切ることにした。


「さて。じゃあ、こっちも出さなきゃね」

 レオ・スプランドールから情報を得た後は、取引の履行のための時間となる。

「……エクラさんの演説の内容だけれど、彼女は『王家が勇者の力を奪った』って言ってる」

 ……レオ・スプランドールが欲しがったのは、『今後自分が有利に立ち回るための情報』であった。


「第二王子が勇者になったのは、レオ・スプランドールから力を奪ったからだ、って。ついでに、彼女自身が勇者になったのは、それを憂う神が力をお与えくださったからだ、っていうことになってるかも」

「そ、それって……可能なのか?」

「うーん、それは流石に知らないよ」

 一応、可能といえば可能である。もしアシル・グロワールがレオ・スプランドールを殺してその肉を食らったのであれば、彼が勇者になる可能性は高い。だが、レオ・スプランドールが生きたまま魔力を奪う方法は、無いだろう。アレットはそう思いつつ、そこは知らんぷりを通す。

「まあ、そういう訳で、エクラさんの証言に付くのなら、あなたは『第二王子に神の力を奪われた』とでも言えばいいんじゃないかな。その証拠も出せれば尚、良いと思うけれど」

「証拠?そんなもの、出せるのかよ」

「うーん、勇者の力が使えなくなった、とかそういう様子を見せておけばいいんじゃない?或いは、神が現れて妹に力を与える旨を伝えてきた、とか」

 レオ・スプランドールは『神の言葉を偽装するのか……』というような、腰の引けた顔をしていた。どうも、その辺りに抵抗があるらしい。魔力と勇者の力を都合よく分けて考える割には信心深いことである。

「或いは……シャルール・クロワイアントに罪を擦り付けちゃえば?」

 ひとまずアレットは、別の案も提示していくことにした。

「シャルール・クロワイアントがあなたの力を盗んでいって第二王子に与えた、って主張すれば、ひとまず第二王子はそれに乗っかると思うよ。『部下が勝手にやったこと』っていう言い訳が使えるならそうせざるを得ないだろうし……ああ、或いは、ね」

 アレットの言葉を、レオ・スプランドールは真剣に聞く。自分に考える能力があまり無い分、こうして知力の高そうな誰かに依存してしまうのだろう。『それでシャルール・クロワイアントに一回裏切られてるんだから、もうちょっと警戒した方がいいんじゃないかなあ』とアレットは思いつつ……レオ・スプランドールを導いていくのだ。

「本当は第一王子が力を奪う予定だったが、第一王子には適性が無かったらしい、とか、そういう風にしてもいいかもね。第一王子に高みの見物をさせないようにした方がいいと思うよ」

 第一王子と第二王子の争いを激化させれば、人間の国の滅亡が近くなる。そうすれば、魔物の完全勝利だ。

 アレットはわくわくしながらレオ・スプランドールを唆すのだった。




 ……そうして、レオ・スプランドールとの交渉を終えて、夜。

「よーし……折角だから、楽しんでこようっと」

 アレットは久しぶりに、動きやすい傭兵の恰好に着替えた。そして体を伸ばして簡単に運動する。

 最近は専ら、体ではなく頭と口とばかり使っていた。こうして運動する機会を得られるのは中々に喜ばしいことである。

 ……アレットは早速、廊下でこっそり見張っているであろう第一騎士団を避けて、そっと、部屋を出る。

 ……そう。窓から。

 途端、アレットの細い体に風が吹きつけた。高所に吹く夜風であったが、人間の国の風は、魔物の国で感じるそれよりずっと柔らかく温い。

 これなら何も問題はなさそうである。アレットは窓枠をそっと伝って、そして、隣の部屋の窓枠へと飛び移る。更に、次の窓へ。続いて、壁のレリーフを足掛かりにして下っていき、するり、と、倉庫の窓から中へ入る。

 軽業師のようでありながらも、何ら危なげのない動きで部屋を脱出したアレットは、そっと、城内を進んでいくのだった。

 ……隠密行動は、蝙蝠の得意分野である。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人間としては同族の肉は食べたくないですね。昆虫もそうですけど。
2022/09/03 00:54 退会済み
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