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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第一章:反逆【Perversa terra】
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銃よ毒よ*1

「そう……王城に行くのね」

「うん。まあ……今は人間達の根城になってるんだろうけど」

その夜。アレットは卓の上の蝋燭の火を挟んでフローレンと話していた。

……フローレンには事前にアレットの行動を伝えておきたかった。レリンキュア姫の公開処刑の日、アレット達が動けばその影響は間違いなくフローレン達に及ぶのだから。

「何か、昔の痕跡が残ってるといいな。……いや、懐かしい、って思う方が辛いかな」

「そうね……私だったら泣いちゃいそう」

アレットとフローレンは顔を見合わせて苦笑する。

……アレットは明日、王城へ行く。人間達に『明日の朝で良ければ、それは私が運びますよ』と申し出たためだ。『ついでにかつて勇者様が魔王と戦った城を見学してみたい』と如何にも好奇心旺盛な少女らしい理由をつけてやれば、人間達はあっさりと納得し、アレットに王城への荷運びを譲った。

「……ほんの3年前は、皆あそこに住んでたのにね」

「そうね……」

確かに、覚えている。

アレット達、警備隊が過ごしていた宿舎も。城勤めの者達が集まる食堂も。草花の美しい中庭も、壮大な玄関ホールも、フローレン達が働いていた衣裳部屋や厨房も。そこにあった景色も、そこに漂っていた香りも、そこに集まっていた笑顔も。全て、確かに覚えている。

……それらが失われたということの方が余程、信じ難いくらいに。

「……私、食堂でたまに出るフルーツケーキ、好きだったな」

ふと思い出してアレットがそう呟くと、フローレンはにっこり微笑む。

「知ってるわ。あなたの好物は、塩漬け肉を煮戻して生姜とトマトとハーブをたっぷり入れたスープ。それからジャガイモのガレットに、ふわふわのオムレツ。……そしてシロップとお酒を何度も染み込ませてよく寝かせたフルーツケーキ!」

「よく覚えてるねえ」

「当然。だって全部、私の得意料理だもの。ああ、それから、柘榴も、ね。……これは私が作るものじゃなかったけれど」

「あはは。そうだね。柘榴は大地が作るものだ」

アレットもよく覚えている。温かな食事。食卓を囲んだ者達の笑い声。全てが大切な思い出だ。

……そして、フローレンも覚えている。

フローレンお得意のスープは、食堂の隅で侘しい食事をしていたアレットに初めてフローレンが持っていったものだ。

ジャガイモのガレットはフローレンの好物でもある。オムレツは王城の朝食に出ることが多かった。そしてフルーツケーキは、皆で笑い合った祭の日によく出ていたものだ。

アレットは食べ物の、そこに纏わる思い出ごとその食べ物を好んでいるらしかった。フローレンはアレットのそうした性質を好ましいと思っており……寂しさや痛ましさを併せて、慈しんでもいる。

「あーあ。懐かしいなあ……」

「ねえ、アレット。もし余裕があったら、食堂の隅を見てきて。ソル隊長が虫退治に勢い余った時の傷、まだ柱に残ってるかしら」

「あったねえ、そんなことも」

ソルが食堂に忍び込んでいた虫を退治するのに少々力を入れ過ぎて柱に傷が残ったり。パクスが転んでぶちまけた葡萄酒の染みが漆喰の壁に残ったり。他にも、多くの魔物がそこで生活し、笑い合っていた痕跡が、城には多く残っていた。……今となってはどうなっているか、分からないが。

……アレットは思う。

それらの痕跡を実際に見つけたら、その時、自分はどう思うだろうか、と。

……考えるのが怖いような気がして、アレットは思索と懐古を打ち切った。明日、実際に王城へ行ったとして、そこで見る全てのものはアレットにとって『初めて見るもの』でなければならない。そのように振舞って、人間達の目を欺かなくては。

であるからして、感傷は不要である。むしろそれは、足枷になるだろう。

「……まあ、折角の機会だから、絶対にうまくやるよ。王城に行けるのはまあ、嬉しいけれど……ヘマはしないようにしなきゃ」

「気を付けてね、アレット」

「勿論。……大丈夫だよ。蝙蝠は人間に紛れ込むのが得意だから」

アレットは笑って、フローレンにそう答える。

卓の上でふわりと揺れる蝋燭の火を見つめて、アレットは思い出をそっと、心の底へしまい込んだ。




そうして、翌朝。

アレットは銃36丁を積んだ荷車を牽きつつ、王城の前へと到着していた。

……王城。かつての魔王の居城であり、多くの魔物が過ごしていた場所である。

だが今は、人間達の砦となっていた。

王城は今、人間達が『開拓地開発』のための本拠地として使われている。人間達が住まい、物資を貯蔵するのに用いているのだ。忙しなく人間達が行き交い、門では申し訳程度、人間の番兵が立っている。

「こんにちは。お荷物を届けに来ました」

「ああ、ご苦労」

番兵に声を掛け、帳面に名を書く。……アレットは人間の文字の読み書きも十分にこなせる。それこそ、そこらの傭兵崩れの人間達より余程上手い、という水準で。

さら、と何の苦も無く記帳を済ませたアレットは、番兵に案内された通りに王城の敷地を進んでいく。

門を抜ければ庭がある。かつて花が咲き誇り、美しく整えられていた庭は今や、見る影も無い。

花は人間達に踏み躙られ、手入れされることのない芝は伸び放題。魔法仕掛けの噴水は人間がここを治めるようになってからぴたりと水を止め、すっかり枯れ果て土埃と枯れ葉が溜まっている。

……そして、玄関ホールに踏み入った時、アレットは激しい怒りを覚えた。

魔物の国の歴史を描いたホールの彫刻は、全て、削り取られていた。

魔物達が築き上げてきたもの、積み重ねた歴史。それら全てにまるで価値を見出さず、嘲笑し、全て捨て去った。

奪うに飽き足らず、破壊する。そしてそれを何とも思わない。……そんな人間達に対して、改めて憎悪が湧いてくる。

「ああ、荷物かい?それならこっちだよ」

だが、『親切にも』アレットを案内する人間に対してアレットは笑顔を向けてみせた。

……必ずこいつらを殺し、その躯を笑いながら踏み躙ってやる、と、心の底で強く思いながら。




人間に案内された先は、食堂であった。

……食堂はただの倉庫扱いされているようだった。ちら、と見回した限りでは、かつての面影はどこにも残っていない。

皆で囲んだ卓はどこにも無く、棚が並んでいるばかり。漆喰塗りの壁は薄汚れ、綺麗に清掃されていた床には埃が積もっている。

アレットは荷車を牽く手を止めて、呆然と、食堂の入り口に佇んだ。

「ああ、その荷車じゃあ入れないか」

そんなアレットを見て、案内の人間は別の理由を見出したらしい。気遣うようにアレットの前へやってくる。

「平気です。持って運びますから」

今は、心に蓋をしておくべきである。それが賢いやり方というものだ。

アレットは人間ににっこり笑いかけると、牽いてきた荷車を食堂の入り口の脇に停める。積んできた銃の箱を2つ重ねて持ち、少々ふらついてみせながらそれを運び込む。

「ああ、気を付けて!重いだろ、それ」

「まあちょっとだけ」

アレットはあくまでも笑顔でそう返してやりながら、人間に指示された通りに箱を運ぶ。

……果たして銃は、明らかに武器を収蔵しているであろう一角に収まった。

「この箱、薬ですよね?じゃああっちじゃないんですか?」

「ん?ああ、これはね……」

小首を傾げて聞いてやれば、人間は少々勿体ぶるようにしてから……アレットが運んできた銃の箱の封を、切った。

中から出てくるのは、重い鉄の塊。既にアレットが知っていた通り、銃であった。

「……すごい」

アレットはまるで初めて銃を見るかのような目で、じっと銃を見つめる。

やはり、見ただけでは仕組みは分からない。これは昨日よく分かった通りなので、特に気落ちはしない。……だが、その代わりに。

「これ、志願兵にも配布されませんかね」

「ははは、どうだろうな。そんなに数は無いから難しいかもしれないね」

「うーん、興味はあるんですけれどね。実際に触ったことはなくて……これはどういう風に使うものなんですか?」

さらり、とアレットは人間に尋ねる。すると人間は、アレットの言動を不審に思うでもなく答えた。

「銃身に火薬と弾を込めて引き金を引けばいい。引き金の石から火花が出て火薬に引火するから、ここの調節はこまめにやることになるかな。最初は弾込めに手間取るかもしれないけれど、慣れればそんなにかからないよ」

そして人間があっさりと答えた内容の中には、アレットには少々聞き慣れない言葉が混ざっている。

「……火薬?」

知らないものを知っているふりで押し通すこともできる。だが、どうせなら今、尋ねてしまうべきだ。たとえ、それで少々疑われたとしても。


「そう、火薬。……鉱山とかで使われてるだろ。知らない?」

人間はアレットを少々不審に思ったらしい。……どうやら、『火薬』なるものは人間達の間ではそう珍しくないものであるようだ。

「あー……あんまり山の無いところの出なんです。……あの、これ知らないのっておかしいですか?」

アレットはそっと、人間の表情を窺う。戸惑いも、少々の不安も、そのまま表に出す。そうすれば人間には、さながら『ものをあまり知らず、それを少々恥じている少女』というように見えるだろう。

「いやいや。まあ、町や農村部で暮らしている分には馴染みが無いだろうから」

そして人間はとりなすようにそう笑った。これで誤魔化しは利いただろう。むしろ、『物を知らない』という印象を持たれたのだから、ここからまた別のことを質問することもできる。

「そういうものなんですね……。ええと、火薬、って、どういうものですか?」

「ええと、火薬は……これか」

早速、アレットが質問を重ねると、人間は親切心を見せてくれた。棚の奥の箱を持ってきて、開く。するとそこには油紙に包まれた、小さな紙の包みがいくつも入っていた。

「これが火薬?」

「中身が、ね。ほら。これ」

……そして人間が小さな紙包みを開くと、中には黒い粉末が入っていた。砂鉄に少々似ていて、砂鉄とは異なる香りがする。ある種の岩山の匂い……硫黄のような香りがする。

ああ、懐かしい匂いだな、とアレットは思う。この香りは、アレットにとっては人間との戦いの香りである。これの香りをさせた人間達を、何人も殺してきた。そして、この香りが漂う戦場で、何人もの仲間が死んでいったのだ。

「おっと。そろそろしまおうか。湿気るといけない」

アレットが香りに記憶を呼び起こされていると、人間はそっと紙包みを包み直して、また丁寧に油紙で包み始めた。

「湿気ると駄目なんですね。そっか、だから油紙で包んであるんだ」

「そうそう。水は大敵。ちょっと湿気っただけでもうまく火がつかなくなることがあるから、細心の注意を払わなければね。いざ魔物を撃ち殺すって時に弾が出ないんじゃ、あまりに間抜けだ」

人間の言葉に笑ってやりながら、アレットはまた、火薬の箱を見た。

……どうやら、これをどうにかしてやれば、銃を封じることができそうである。


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