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魔王が世界を忘れるまでは  作者: 政木朝義
第一章 大団円後も世界は回る
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第二節 エルフの刑事が魔弾を放つ 3

 文句を言いながらも、少女の存在を忘れてはいないスーラントだった。運転席を降り、後部座席に上半身を突っ込む。水精霊機関は完全に沈黙しており、いつ車体が発火してもおかしくないのだ。いまだに縛られたままの少女を助けなければ。


 懐の小刀で縄を切ってやると、固まっていた体をぎこちなく動かし始めた。宙をさ迷う少女の手を、しっかりと取ってやる。細い手首には赤い跡が残っていた。アイスブルーの瞳に、恐怖に打ち勝とうと抗う強い意思が宿る。それはスーラントに何かを思い起こさせるものだったが、心の表層へ浮かび上がる前に一瞬で消えてしまった。


 突然の爆発音、地響き。降り注ぐ建築物の小片。影ヨルダ・ドラゴンの口から、魔力光線が放たれたのだ。対魔剤コーティングの盾を持つ集団により、上手く軌道は反らされ、建物が多少のとばっちりを喰らっただけで済んだ。口からあんなものが出るとは、やはり普通の魔物ではない。警察の怒号が飛び交う。魔銃用意、と喚いている。先程よりも人数は増えていた。


 のんびりしている場合ではない。警察官達が影ドラゴンの注意を引いている隙に、急ぎ車を離れた。少女はよろめきながらも懸命について来る。

「待って、トランクにわたしの荷物が」

「今それどころじゃ」

「大事なものなの。武器よ」

 戦術的に重要な、多少の危険をおかしてでも取りに行くべき物だと少女は主張する。仕方ない。先に警察の近くへ退避するよう促していると、胸ポケットからローズが飛び出した。まだ回復していないらしく、挨拶も気だるげだ。

『よろしく〜。あたしローズ』

「あ、はい。初めまして」

 彼女は戸惑ってスーラントを見るが、今その辺りについて説明する暇はない。そいつを頼むと言うと、とりあえず無言で頷いた。一連の反応を見るに、妖精が見えるどころか意思の疎通まで可能だ。今時珍しい。



 二人の安全は確保された。先ほどの光線も、すぐには飛んで来ないはずだ。スーラントは包囲の内側へ飛び込んで行く。影ドラゴンは魔力の塊のため、弓銃による射撃ではさして損傷しないようだ。しかし頭を集中的に狙う事で、牽制には成功している。影ドラゴンはこちらを見つけても、口を開いて威嚇するばかりだ。先ほどからどうも不自然だ。トランクを開ける。丈夫な布に包まれた、細長い物体が一本入っていた。なるほど、剣だ。束と思われる部分を持つと、


「あっっっ」

 何が起こったか判断する前に、スーラントは悲鳴を上げていた。右手が手袋ごと燃えている。すぐさま腕に広がり、顔へと襲いかかってきた。

「つううぅ」

 雑に剣を放ってしまった。ただ、味方のいる側に投げた事は誉められていいだろう。反射的に体の再生が始まっているが、熱いものは熱い。急ぎコートを脱いで、遠くへ放る。違う、火がついたのはコートではない。自分自身が直接発火している。

 スライム生史上希に見るまさかの状況に、動揺せざるを得ない。体中を叩く、叩きまくる、転げ回る。何をやっても炎は消えない。ここ数年忘れかけていた生命の危機を覚える。逃げ帰る途中で用水路を見つけ急転換、頭から飛び込む。

「ぅぅーーい!!」

 以上ここまでが、スーラントが叫んでいる間にやった行動だ。水の近くでよかった。本当によかった。夜の水が傷ついた体表面を優しく撫でていく。冷たくて気持ちがいい。しかし、非常に臭い。本当は川に飛び込みたかったが、間に合わなそうだったから仕方ない。臭い。右から流れてきた野生のスライムが、ぴとりと頬に張りつく。こんなところに住んでいるなんて、やはり正気の沙汰ではない。しかも家庭ゴミや汚れを食べて生きているのだ。同胞として深い悲しみを覚える。



 最悪な気分で顔を上げたスーラントは、振り向いた時に何と言おうか考える。よりによって人間に、身体再生能力を見られた。少なくともあの少女は、確実にしっかり見たはずだ。あまりにまずい過失だ。それに我ながら人間らしくない、素早すぎる不気味動作もしてしまった。少女が気味悪がっている事だろう。しかし彼女にとっては、動きよりも衝撃的だった事があるようだ。

「普通の人間は、万が一持てても燃えないはず。それに、その再生能力。あなたは魔族なの?」

「魔族だったらこんな所にいない。牢獄でのんびり昼寝してる」

 スライムなら多少の自己再生能力がある、などと正直に言える訳がない。しかもスーラントの場合は、多少どころではなく超回復の域だ。自分でもよく分かっていない事など、そもそも説明できない。


 振り返って、少女と視線を交える。火だるまになっても元通りなびっくり人間を見てしまっても、意外とうろたえていない。本人に質問までするとは度胸がある。または一時的に色々麻痺しているのか、元々冷静なのか、荒事には慣れているのか。

「あなたは悪人に見えないわ。どうして燃えたの? この剣は悪を滅する正義の剣だと、お父様から習ったのに」

「お嬢さん、どんなものであれ剣とは道具だ。道具そのものに、善悪を区別する能力はない」

 頭にヘドロをつけ悪臭にまみれながら、こんな台詞を言いたくなかったスーラントなのだった。焼け焦げた布切れを拾い上げ、形だけでも羽織る。お気に入りのコートが、焼け焦げた布切れになってしまった。だが、ズボンと靴が奇跡的に無事でよかった。日頃の行いがよいおかげだ。前に隠さなければいけないものなどついていないのだが、ヒューマンの姿を取っている以上気を使うべきだろう。肩にへばりついていたスライムが、捕まっていられなくなり地面へ落ちた。少女からの返事は特になかった。


 少女は難しい顔をしながら、落ちている剣に歩み寄る。スーラントが投げたせいで布地がはだけ、高そうな装飾のついた鞘が見えている。彼女はそれを持ち上げようとして、取り落とした。様子を見に行けば、顔を歪めてうつ向いている。手首をきつく縛られていたのに、逃げ出そうとして無理に動かしたのだろう。これではまともに剣を振るえない。かと言って、スーラントが持つ訳にもいかない。自分の再生能力の限界がどこにあるのか、彼は知らない。だからこそ怖いのだ。警察の動きに進展はあっただろうか。



 スーラントがアルテマイシャのいる方向を見ると、魔銃まだか、と巡査部長が叫んでいるところだった。戦闘の騒音をかき分けて、調整していた黒エルフ巡査の声が届く。

「魔素弾生成完了、撃てます!」

 誰よりも早く立候補したのは、アルテマイシャだった。

「よし、俺が撃つ。お前は情報網に集中しろ」

「分かりました」

 警察車両の天井が開く。後部座席からせり上がってくる、小振りな砲塔。物々しい金属音を打ち鳴らし、展開されるは対物魔銃。慣れた様子で構えるのはアルテマイシャだ。警察車両全体が砲台と化していく。両脇から二本ずつ鋼鉄の腕が伸び、石畳へと車体をしっかり固定する。石の表面にヒビが入るが、街を守るためには仕方ない犠牲だ。


 魔銃。アマルサリア共和国ご自慢の、蒸気機関と魔法を組み合わせた最新兵器のひとつだ。血液中の魔素濃度が高いエルフ族にしか、上手く扱えない代物だった。威力が大きいほど動力機関も大きく、人数が必要となる。魔素を溜め込んだ水の精霊結晶は、引き金が引かれるのを待ち詫びている。銃口が青白く輝き始める。



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