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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第3章 鏡の向こうの花、水面に映ゆる月

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第91話 クルマザ

 森の民の騒動から5年。


 ビュークホルカ王国の都ユズク、その役所が多く集まる官庁街の一角で有力10家――コル家が(うしな)われてからは有力9家によるクルマザの、年に2回の定例会が行なわれていた。


「……さて、ゼキ殿、エルマン殿。コル家の旧領および森の民の最近の動向は如何(いかが)か?」


 そう発言したのは有力9家の筆頭格ビルゲ・ギョゼトリジュである。人中(じんちゅう)から左右にやや反り返る口髭(くちひげ)と下唇の中央から下に毛筆のように伸びる顎鬚(あごひげ)。それから、光沢のある本絹(ほんけん)の半袖シャツと膝の下に股があるシャルワール、その上に紺色地に銀糸の刺繍が施された陣羽織のような袖の無いドゥシェ・カフタンを羽織り、全体的に線が細い体格ながらも如何にも有力家の筆頭格といった風格がある。


「ああ、特に問題はないよ。森の氏族たちともうまくやれている」


 先に生真面目な顔で返事をした四角い顔をした髭面の男はビルゲと異なり麻の半袖シャツにシャルワール、そして深緑色のドゥシェ・カフタンを羽織っている。エコ大森林と南部で領地が接しているオドンジョ家当主のエルマン・オドンジョだ。


「ええ、こちらもウチアーチも含めて問題はありませんよ。これもビルゲ殿が国軍を使って森の蛮族どもを追い払ってくれたお陰ですな」


 そう言ってニヤリとしたこの男は、コル家断絶後にウチアーチ周辺の統治を引き継いだイスケレ家当主ゼキ・イスケレである。(いかり)型の顎鬚が特徴的だ。こちらは、絹の上下で黄土色で半袖のドゥシェ・カフタンという装いだ。


「なに、蛮族どもの反乱が広まらないように早めに動いただけのこと。王国の安寧を思えば当然の対応だと言うのに心外にも蟄居を命じられるとは……」


「左様ですな」


 苦虫を嚙み潰したような顔になったビルゲに薄笑いを浮かべたまま同意するゼキ。他にも2人ほど頷く者がいるようだ。


「御意向も伺わずに勝手に軍を動かし、場合によっては極刑もやむなしだったお主を、たった5年の蟄居に(とど)めた陛下の御寛恕(かんじょ)を否定するとは、あまりに不敬ではないか? ビルゲよ」


 白髪の豊かな顎鬚と下唇から顎までの細い髭を蓄えた、水色の半袖ドゥシェ・カフタンを纏った長老と言った風貌の男が、しかし、体を芯から揺らすような重低音で苦言を呈している。


「これは、ショバリエ家のご老公。発言が無かったので、てっきり寝ているのかと思いましたぞ」


「言い訳もせぬとはな。そもそも、軍の動きが早すぎるではないか。大方、あの愚昧(ぐまい)なレヴェントを(たぶら)かし、森の民の土地を侵奪(しんだつ)しようとでも思っていたのだろう。このタルカンの目は誤魔化せんぞ」


「おやおや。これは異なことを(おっしゃ)る。軍再編に伴う訓練を行なっていたら、反乱が起こっただけですよ」


「ふん! どうだかな」


 タルカンは分かりやすく目を吊り上げ、ビルゲは平静を装いながらも口をひく付かせ、双方、しばし無言で睨み合ったが、苦言を呈したタルカンの方から話題を変えた。


「ところでケレムよ。お主のところ、内地公安局(アミガサ)からの報告をまだ聞いておらなんだな。変わった動きはあるか?」


「へ?」


 ケレムと声を掛けられたその男、ケレム・カシシュは間の抜けた声をあげ、それから慌てて手元の紙の資料を見ながら返答した。


「えーと、……うん、最近の我がビュークホルカ王国は何事も無いですね。至って平和で良いことです」


 言い終わると自慢気な顔で、その深紫色で袖口が大きく開いた長袖のドゥシェ・カフタンの襟元を直すような仕草をした。


「うむ。ご苦労であった」と表情を崩すタルカンの(げん)に少し被るようにビルゲが質問を浴びせる。


隠者(いんじゃ)(おさ)よ、本当に何もないのか? 森の民を始めとした蛮族の動きはどうだ? 内地公安局(アミガサ)からの報告書はちゃんと目を通しておるのか?」


「え? ええ、もちろんですよ。何も動きはありませんよ。いやー、それにしてもビルゲ殿の愛国心とタルカン殿の忠節心、それからお二人の貫禄は流石ですよね。私、震えあがってしまいました」


「おべっかなど不要ぞ」とタルカンが言えば、ビルゲも「ふん、茶坊主めが。陛下にもそれで取り入ったのか?」と、どうやらケレムのご機嫌取りは効果がなかったようだ。


「ととと、ところでこちら(アミガサ)からは何も無いですけど、外の様子はどうですかね? ロクマーン・アバレ殿の外地調査室(カラカサ)からは何かありますか?」


 たまらなくなったケレムが狼狽(うろた)えながら、クルマザにあっては珍しくドゥシェ・カフタンを羽織っていない男に話を振る。


「うむ。南方のヒ大陸では特に動きはない。我が国からの紙の輸出も順調だ。懸念があるとすればかつては最大勢力だった帝国の勢いが衰え続けていることくらいだな」


「ハレ大陸はどうか?」とビルゲが問う。


「あちらは以前からの報告にもあるように、”魔物”と呼ばれる未知の生物が増え続けている。特に北部山岳地帯とトーム山脈の南部周辺、それから最近では新たに北東部のサンファン湖周辺でも増え続けていることが確認された。三大勢力が積極的に駆除を行なっているにも関わらずだ。魔物の情報は引き続き現地の調査員に集めさせてはいるが、こちら(エコー大陸)に入ってこないことを祈るばかりだよ」


「だが、我らとしては入ってきたときの対策も考えねばならぬのではないか?」


 ロクマーンの報告に面々が渋い顔をするなか、クルマザを構成する有力9家唯一の女性当主であるキズミット・ソルマが凛とした声で反応した。


「魔物には鹿や猪、野生動物の姿形をしたものが多いと聞く。動物が変異したものだと考えれば、(わらわ)の領地で飼育している多数の軍馬からもいずれ、魔物が出てくるやも知れぬ。今から対策を考えておくが意思決定機関たる我らクルマザのお役目だと思うが如何(いかが)であろう?」


 上質な白練(しろねり)の上下に、長袖の袖口が開き、若草色地に金刺繡が施されたドゥシェ・カフタンが彼女の知的な容姿を引き立たせている。


「うむ。確かにキズミット殿の言う通りだ」

「そもそも魔物は脅威となり得るのかね?」

「動物が狂暴になったくらいで対策など必要ないだろう」

「我が領地で魔物が大量発生すれば只事では済まないな」

「起こってもいないことの対策を考えよとは、これだから女は……」

「ハレ大陸からの積み荷の検査を徹底すれば良いのではないですかな?」

「魔物1匹の対処に兵士がどれくらい必要であるか?」


「貴様! 愚弄するか!」


 突如、キズミットが大声を上げてビルゲを(にら)み付け、(ほこ)を向けられた当の本人は大袈裟にびっくりしている。


「おや、何のことですかな?」


「とぼけるでないわ! 女である我を見下す発言をしたであろう!」


「そんなことを言った覚えはありませんな。聞き間違いではないですかな? ま、そうやってすぐに感情的になるところは女性らしくて、この場にはふさわしくないと思いますがね」


「おのれ! 一度ならず二度までも愚弄するか!」


「やめんか!」


 突如、雷のようなタルカンの重低音が響き渡り、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かになった。


「このようなことでは話し合いにならぬ。今日は解散でよろしいかな?」


「しかし!」


「キズミット殿、ここは儂の顔に免じて納めてくれまいか?」


「……ご老公が仰るのであれば、ここは引きましょう」


「ご老公の言う通りですぞ。根に持つ女は嫌われますからな」


 ビルゲの憎まれ口にキズミットの端正な顔が再び険しくなる。が、


「ビルゲ! お主、いい加減にしろ! 先代は公明正大な人物だったが、お前は他の者への配慮が全くなっておらん。もう何年か蟄居して出直して参れ!」


 タルカンが一喝するとビルゲは苦々しい顔をしながら、そそくさと部屋を後にしていき、3名ほどすぐ後に続く。それを見届けたキズミットがタルカンに向き直り、礼を述べた。


「タルカン殿、まことお心遣いに感謝いたします。止めて下さらねば、憎たらしいあの顔に拳骨をめり込ませるところでした。それにしてもかの者の忌々しいことよ。タルカン殿の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいところだわ」


「……あやつも若い頃は国の発展を前向きに考えていたんだがのう。どこで間違えてしまったのやら。ともかく、氏族たちの不満が高まっている時期に我らが仲違いするなど論外じゃ。ときに、キズミット殿」


「うん? なんぞありましょうや」


 それからタルカンはキズミットの耳に口を寄せ小声になった。


「(最近、気になる浜辺があるんじゃが、一緒にどうじゃ? 儂は戦士を連れていく予定でな)」


「(ふむ。想像通りですな。それでは私は商人を連れて行きましょうぞ。他はもう連れて行く者などおりませぬ)」


「(なんと。商人とはなかなかやりおる)」


「(タルカン殿ほどではありますまい)」


「では、引き続き我らが王のためによろしく頼む」


「もとよりソルマ家は王家に絶対の忠誠を誓っておりますれば、内紛などは忌避しなければならないものと心得ております」


 このクルマザの後、ハリト王やタルカンの思いとは裏腹に、ビルゲ・ギョゼトリジュが若き日の心を取り戻すことは無かった。


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