第78話 人相書き
まっすぐな道がひたすら、このまま空まで繋がっているんじゃないかと思うほど、乾いた草原の中をひたすらにまっすぐな道が続いていた。
ルッツさん帰郷の旅の護衛は、あの後、1週間ほどで残り2人のメンバーと最終打ち合わせが完了し、イヌイの町を出発した。俺が一番のベテランだと不安だと思ったのか、とても久しぶりに坊主頭で紳士的な大剣使いのバルナバスさんが同行している。とても心強い。
もう一人の護衛は……、何故かオスヴァルトさんだ。従軍していないとは言え、つい最近までオダ家にいた人がリヒトに行って大丈夫なのか疑問だ。無論、剣の腕については全く問題無いのだが。
男ばかり4人の幌馬車で行く旅は、いかにも国境の町ですといった風情の要塞化されたムカイヤマの町を通り、お椀をひっくり返しような山々が連なったクペル連山を抜け、6日目にこれまたムカイヤマ以上に堅固な要塞の風情が漂うドリテ王国の国境の町プレヌウェストに立ち寄った後、今は王都ドゥリビエを目指している7日目だ。
それにしてもアシハラ王国と比べると、クペル連山を越えただけでこんなにも景色が違うものなのか。プレヌウェストの周囲はまだ見慣れた景色だったが、ドゥリビエへのまっすぐな道を東に進むにつれ、どんどん景色が乾いていった。たまに緑が増えてきたなと思うと、小さな集落は現れるが、今のところ町や大きな集落はない。当然、宿もなく、プレヌウェストを出た後は途中に設けられたキャンプ場のような場所で野宿していた。
だが、乗合馬車とは日に5回くらいすれ違うし、ルッツさんの同業者と思われる馬車とも結構すれ違うので、人里が少ない割りに寂れた感じはしない。
そして、会話が無い。最初のうちは打ち解け合うために身の上話などをしたが、そこは男4人の長旅、すぐに必要以上のことは喋らなくなった。あの、オスヴァルトさんさえも真面目に見張りをしたり、たまにルッツさんと御者を代わっていたりしている。2ヶ月近くもずっと馬車に乗ることだろうし、そうだよな、何日か休憩も挟まないといけないよな。ルッツさんに相談してみよう。何せ、宿代もルッツさん持ちなのだから。
そんな永遠に続くかのような色褪せた景色は、プレヌウェストを出てから2日で終わった。3日目は出発してすぐに萌える緑の絨毯が続くようになり、夕方には”どこまでも昏く深い”サンファン湖へ流れ込む2本の川に挟まれた王都ドゥリビエに辿り着けたのである。イヌイからここまで、野盗の襲撃も馬車の故障もなく、この上なく順調だ。
ドゥリビエの街はとにかく広い。ルッツさんによればアシミヤよりも広いらしい。「住みにくい乾いた土地が多いから、その分、この辺りに集まっちゃうんでしょうね」とのことだ。
「はい、確認しました。沢山、買い物していってくださいね。次の方どうぞ」
プレヌウェストでもそうだった。詰所に挨拶に行くと担当の兵士が面倒臭そうに対応するのだが、決して横柄な態度は取らずに事務的に進め、蝋板に情報を書き込む。そして相手が商人の場合、最後に買い物をして行けと言う。面倒臭そうな対応は別として、買い物を促すのが外から来た商人へのルールとして徹底されているのだろう。
西門の衛兵詰所に挨拶をした後は、宿を確保し、バルナバスさんの助言で傭兵組合にも挨拶をしに行く予定だ。
「よそから来た傭兵が自分達の縄張りをウロウロしていたら気分が悪いだろう?」
という理由で。確かにそう思う。流石、大先輩だ。
「アシハラ王国イヌイ傭兵組合所属のスヴァンです。この度、民間人の護衛依頼でドリテ王国内を通過いたしますので、一言、ご挨拶をと思い参上いたしましました。こちらが傭兵のバルナバスとオスヴァルト、こちらが護衛対象である行商人のルッツさんです」
やべ。ちょっと噛んだ。
「ああ、よろしく。挨拶に来るなんて殊勝な心がけじゃないか。ここの組合長のボドワンだ。歓迎するよ」
「同じく、副組合長のユーグだ。よろしくな」
顔を見せておいた方が良いだろうと思って4人全員で傭兵組合に挨拶しに来たら、何故かお偉いさんが出てきて広めの応接室に連れてこられてしまった。
こっちの組合長も筋肉ムキムキな人かと勝手に思っていたが、短髪のボドワンさんは鍛えてはいるようだが標準的な体格で、どちらかというと文官タイプに見える。対して副組合長の、坊主頭のユーグさんは背が高く、筋肉ムキムキで体の幅もボドワンさんの倍近くあるように錯覚する。2人とも50歳前後かな?
「それにしてもここは広いですね。アシミヤの組合より大きいかも知れません」
「お世辞はいらないぜ、”静剣”のバルナバス。お前とは一度、手合わせをしたいと思ってたんだ。これからどうだ?」
ユーグさん、拳で語り合うタイプみたいでバルナバスさんを目を輝かせながら見ている。ところでバルナバスさんの武名がこっちまで伝わってる上に、静剣ってなにその恰好良い異名。俺もそう言うのが良かった。
「ユーグ!後にしろ」
「は、はい。すんません……」
突然、ボドワンさんが怒鳴り、部屋は水を打ったように静まり返った。ユーグさんは傍目にも分かるくらい意気消沈している。
「……失礼。実はここに来てもらったのは別の目的があってね、スヴァン、君に聞きたいことがあったのだよ」
「俺……ですか?」
「そう、君だ。”魔物喰らい”のスヴァンで間違いないかな?」
魔物喰らいだと!?魔物殺しよりそっちの方が良いじゃないか。良いぞ。返事しちゃえ。
「いいえ。ただ、”魔物喰らい”ではなくて”魔物殺し”とは言われたことがあります。それが何か?」
小心者だから細かい嘘はつけなかった。
「ふむ、そうか。間違ってこちらに伝わったのかも知れないな。では気を取り直して、”魔物殺し”の異名を持つ君に是非とも聞きたいのだが――」
ボドワンさんが聞きたいことは魔物に関することだった。ドリテでもプレヌウェスト周辺だけではあるが、得体の知れない動物の目撃情報や被害が増加傾向にあるらしく、アシハラ王国で目撃された個体の情報が欲しかったのだとか。陸ヒトデ改めお化け寒天には驚きを隠しきれないでいた。
「うーむ、積極的に駆除をしても数が増えているのか……。いや、助かった。君たちに話を聞けて良かったよ。ありがとう」
バルナバスさんと手合わせできなかったユーグさんは見るからに残念そうな顔をしていたが、丁重に送り出され、組合から出ようとしたそのとき、ふと掲示板に鋲で留められた1枚の紙きれが目に入った。木札じゃなくてA4くらいの大きさの紙だ。
「これ……」
「お、初めて見るのか?それは賞金首の手配書だな」
ユーグさんが答えてくれた。賞金首の手配書、なるほど。大きく人相書きと、その下に賞金の額、名前、年齢、出身、顔や体の特徴などが記されている。あちこちに配るから版画にして刷ったのだろう。罪状は書かれていない。
「この人、一体、何をやらかして手配されているんですか?」
「さあな。捕まえて詰所に突き出すか、殺して証拠の品を出せば高額の賞金をもらえるんだから、気にしたこともないな。金貨50枚もかけられてるんだから、役人でも殺したんじゃないのか?」
そうだった。この世界では人の命が銀貨100枚だった。たった一人殺すだけで金貨50枚もの大金を貰えるのだから、多くの人間にとって罪状などあってもなくてもどうでもいい事なのだ。
改めて、だが、全体を見るように手配書を眺めなおす。この賞金首はノエという人物らしい。年齢は31歳とあるが、この手配された年と思われる表示が1573年なので、今は35歳だろう。ドゥリビエの北西街区出身の男で元・王国兵、身長は175センチ前後で痩せ型、瞳の色は青、髪の毛は黒に近い茶、とのことだ。結構詳しく書いてある印象だ。人相書きは、残念ながら傷やほくろなどの目立つ特徴がないので、あまりあてにしない方が良いだろう。
「おや、スヴァンさん、賞金首に興味有りですか?」
久しぶりにオスヴァルトさんが絡んできた。
「まぁ、当然、傭兵としては興味がありますね」
「そうですよね。イヌイでは見掛けたことが無いものですから、興味津々です」
「あのー……、私としては危ないことはあまり……」
「!?」「!?」
ルッツさんの発言に2人とも正気に戻った。うん、護衛中だったね。賞金首という言葉に厨二の心がときめいて、うっかりしてたよ。ただ、この手配書にはどこか引っかかるものがある。よくよく心に留めておこう。ちなみにバルナバスさんはユーグさんと子供みたいにはしゃいでシャドー手合わせみたいなのをやってて、ボドワンさんに怒られてた。
到着した日はそんなこともあり休んだ気になれなかったが、到着前の打ち合わせの通り、ドゥリビエにもう1日滞在して休息を取り、到着の翌々日の早朝に発ったのだった。
「リヒトに行くとなるとゼレナー川沿いの山道を進むしかないんだが、最近、山賊の被害が出てるんでな、お前らも気を付けろよ。ま、静剣と魔物殺しがいるんなら無用の心配かも知れないがな」
傭兵組合に行ったときにボドワンさんが立てちゃったフラグが気掛かり過ぎるが。
* * *
貴族か大商人の家に生まれ、何不自由のない生活を送れていたら、今のこの生活とは無縁でいられただろうか?
否。
否。
否。
そう、考えるだけ無駄なことだ。
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