第71話 痛いのは嫌だ
つい2時間ほど前まで山羊型の魔物のリーダーが存在した岩の上には、今、神聖リヒトの所属と思われる2人の兵士が陣取っている。こちらから見えるだけで2人だ。見えないところにはもう少しいる可能性がある。リヒト兵だと思ったのは、目の覚めるような瑠璃色のリベリーに白く抜かれたアイン神の神紋らしきものが見えたからだ。
なぜ、どうしてこんなところにリヒト兵がいるのか?偵察だとすれば、わざわざ自分の所属を明らかにするような、目立つリベリーを着用しているのは愚策だ。そして、先ほどの魔物たちはどうなったんだろう?あの兵士たちが狩ったのか?追い払ったのか?
「おい、予定変更だ」
名前がばれて面倒なことに巻き込まれる可能性も考えて、名前を出さずにエッボに声を掛ける。
「はい!スヴァさん、なんすか?」
おおおおおおおおいい。俺の配慮が!
「予定を変更して肉も少し回収する」
「おいっす!俺の背嚢に詰められるだけ詰めちゃいましょう」
俺の心の全裸の神様が普通の猟師っぽくした方が良いと、優しく囁いてくれた気がしたので、諦める予定だった肉も少しは回収することにした。元々傭兵組合のリベリーも来ていないし、皮も持てるだけ回収する予定だったから、盾とか剣とか持っててバフコートとか革の鎧とか着ている以外は地元の猟師に見えなくもないはずだ。
いや、無理じゃない?猟師じゃなくない?誰が見ても俺達の恰好って武装している何者かだよね?
皮や肉を背嚢や背負い袋に詰めている間に、その重大な事実に気が付いてしまったが、途中で止めるのもおかしいので最後までやり切った。やり切ってやった。
幸いなことに、リヒト兵っぽい人達はこちらに近寄るでもなく、ただただ岩の上からこちらを観察しているだけだったので、後になってみれば要らぬ心配だったのかも知れないけれど。
こんなこともあって、魔物狩りを続けるのが躊躇われる状況になってしまったので、大人しくサコに戻ることにした。帰路もたまに振り返ってみたが、例の兵士たちが追ってくる気配はなかった。どうしてあんなところに居たんだろう?
*
「ええと、フォルカーさん、これが今回の魔物駆除の成果です」
支部長のフォルカーさんに今日のことを報告するために、エッボと二人で傭兵組合のサコ支部に、暗くなり始める前に戻ってきている。受付にはいつもフォルカーさんしかいないけど、他の職員はいないのだろうか?
「うん、1日で3匹も仕留めるとは流石、魔物狩りだな」
それ、こそばゆい。
「エッボが協力してくれたお陰ですよ。それで駆除した魔物の特徴なんですけど……」
と、遭遇した場所、群れを形成していたこと、この時期に子山羊がいたこと、大きさと角の形状以外で際立った外見的特徴が無かったことなど、遭遇した山羊型の特徴を伝える。
「ふーん、そいつは難儀だな。何も知らなかったら普通の山羊だと思っちまうな。猟師組合との情報共有も継続しないと駄目だな、うん。とりあえず、エッボ、お前、ヘルマン様のとこ行って今日の魔物の特徴を伝えてこい」
「はーい」
「あ、すみません、もう一つ報告があって、魔物がいた岩場で神聖リヒトらしき兵士たちを目撃しました」
エッボが出ていく前に慌てて口を挟む。
「おいおいおい、それは重要な情報じゃないか。魔物殺しはそこいらの傭兵とは違うねえ。そいつらはどんな格好をしていた?」
「こっちでもよく見る兵士の恰好に、瑠璃色地に白い線でアイン神の神紋が描かれたリベリーを着ていたように見えました。人数は見えていただけで2名です」
「うん、そうか、分かった。そのリベリーだとリヒト兵で間違いなさそうだ。エッボ、それもヘルマン様のところに伝えてこい。大急ぎだ」
「はい!」
元気なびしっとした返事をして、エッボは全速力で外に駆け出して行った。
「そんじゃあスヴァン、魔物駆除3体の報酬、銀貨600枚だが全部お前に渡しちまっていいか?うん?」
「いえ、俺は半分の300枚で。残り半分はエッボに渡してあげてください」
「そうか。魔物殺しは謙虚だねえ。じゃあ、報酬はそうするとして、明日の便で帰るのか?」
「はい、いったんイヌイに報告に戻ろうかと思います」
「そうか、うん。さっきのリヒト兵と魔物の件はお前さんからもおやっさんに報告しておいてくれ。こっちからも報告はするけどよ。また来いよ。雑魚寝部屋ならいつでも空けておくからよ」
「それ、いつでも空いてるじゃないっすか!」
「ガハハハハ」
今回の成果だが、往復の移動4日と丸々滞在1日の合計5日間使って、神石の銀貨300枚、少しの皮と肉を売ったお金を折半して銀貨20枚と銅貨25枚だった。今回は運が良かったのかも知れないけどかなり良い稼ぎだ。ちなみにお肉は山羊型の魔物の肉だと話したら、気味悪がってお試し価格の銅貨50枚だった。魔物のお肉は試食会でも催行しない限り、高く買い取ってもらうのは難しそうだ。普通に食べられると聞いてはいるが、俺もまだ食べたことないしな。ところで魔物の肉を食べるとスキルが手に入るのは異世界物では定番だったな。もしかしたら俺にもスキルが生えるかもしれないから、今度、試してみよう。
イヌイの本部で報告した後は、日が経つのも、神聖リヒトが攻めてきていることも忘れて、魔物狩りの旅に出かけた。
魔物肉、食べたい。
まずは、以前にアニキが陸ヒトデを狩った東弓街道沿いの集落ヌマノへ。広大な湿地帯にある僅かな乾いた土地に、湿地帯を好む魚介類や鳥類などを目当てに狩猟を生業とする人達が住み始め、やがて街道が通ってイヌイとフタマタ間の人の往来が活発になるにつれて、宿屋や雑貨屋などが建って発展してきた場所だ。昔は十分だっただろうが、今は人口に比して乾いた土地の広さは十分ではなく、集落のはずれの方は湿地帯に食い込んでおり、木と石でくみ上げた独特な高床式の建物なども見られる。不満を言うならシェスト教会も傭兵組合の支部も無いから少し不便。
さて、やみくもに探しても見つけられないだろうということで、住民に聞き込みをしたら、どうやらこの辺りでは寒天お化けと呼ばれていることが分かった。寒天お化け、良いじゃないか。陸ヒトデよりもイメージがしやすいんじゃないか?
その陸ヒトデ改め寒天お化けだが、猟師さんによれば結構移動しているらしく、決まった場所で多く目撃されているということはないそうだ。けれども、数は多くなっているらしく、「半日歩けば、1匹くらいは見つけられるんじゃないか?」とのことだった。
どうしてこんなに地元住民が呑気に構えているかと言えば、寒天お化け以外目撃していないのと、被害が全然無いから、らしい。
*
で、1日中、下痢と腹痛と嘔吐で死ぬかと思った。
「うーん、うーん、お腹が痛いよぅ……」
湿地帯を彷徨う土地勘は無いので、北東のムッター湖周辺へ伸びる道沿いに寒天お化けを探していたら、運よく1体、前のとは違って青黒い個体を見付けられた。核になっている神石を外からじっくり観察して探したが、よく見えなかったので、中心と思われる部分を残すようにスモールソードで大胆にカット、ゼリー状の体がくっつく前にどうにか核を見つけ出して手づかみ出来るようになるまでまたカットで難なく入手。神石は青いギューテ神の神紋だった。この辺りには熊や狼などの大型の肉食動物は生息しておらず、屍肉を漁る鳥類くらいしかいないということで出来る作戦だ。作戦と言えるものかどうか怪しいが。
そして核を除去すると、その寒天お化けの体は、寒天は蒸発してしまうというので、急いで一つまみ食べてみたのだ。うん、滅茶苦茶臭いし、腐ってる味するし、鉄っぽい味もするし、これやばいんじゃないの?しかし、これもスキルゲットのためだ。我慢して飲み込むのだ、勇気を振り絞って飲み込め、スヴァン!の結果が酷い下痢と腹痛と嘔吐というわけだ。
スキル入手の代償は大きい……。
うーん?
そもそもスキル、手に入った?
何にもシステムメッセージ出ないから分からん。スライムと言えばあれかな、物理耐性とかヒットポイント自動回復系かな。試しに……、痛いからやめておこう。痛いのはもう嫌だ。もう沢山だ。もうこりごりだ。ま、いずれ魔物と戦ってくるときに怪我をするときもあるだろう。そのときになったら分かるから、今は良いのだ。
そんなわけで、寒天お化けに別の意味でコテンパンにやられた俺は、今度はヌマノの北東、ムッター湖畔の保養地コモリへ行ってみたり、イヌイに戻って今度は穀倉地帯のキンバラに行ってみたりして、夢中になってソロで魔物を狩りつつ食べつつしていたら、いつの間にか神聖リヒトが撤退してた。そして、その間に魔物駆除の報奨金が神石1つにつき銀貨500枚まで跳ね上がった。
え?何が起こったの?
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