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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第2章 悔悟

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第69話 教義

 ヒトよ 祈れ 神は我らヒトに叡智を与え賜う


 ヒトよ 己を磨け その肉体は仮初のものなれど その魂は 小さくも強く輝くその魂は己のものである 神の叡智に相応しい魂を備えよ


 ヒトよ 獣を怖れよ 獣はヒトの営み全てを破壊する 祈りを忘れ 己を磨くことを忘れたとき ヒトは三度(みたび) 獣に敗れるであろう



 急にシェスト教の教義のことが頭に浮かんだ。

 孤児院にいた頃もあまり聞いたことはなかったけれど、これで全部だったと思う。思い返してみると6柱神の名前が全くない。遥か昔、〇〇〇の神様が世界を作ったけど、何かの理由で滅びちゃうから精神修行とか頑張れ、みたいな内容も無い?そうでもないか。お祈りと自分磨きを頑張れ、って言ってるな。こういうのは宗教の定番なのかも知れない。


 俺は今、サコにいる。傭兵組合サコ支部の簡易宿泊施設に宿泊させてもらっている。神聖リヒトとの戦争が差し迫っていることもあって、いつもの喧騒に加え、町の東部から南西部にかけて野営している兵士の一部、それから戦争で集まる兵士目当てに売り込みに来る商人で、以前来たときよりも一層混沌とした様相だ。リヒトとの国境が既に封鎖されていることもあって、鉄鉱石などを買い付けに来ている商人も、いつもより多いと聞く。

 どうしてそんな時期に兵士でも商人でも冶金工でもない俺がサコにいるのかと言うと、魔物の駆除でお金を稼ぐためだ。


「この話から読んで流れがよく分からない読者は第1話から読もう!俺達の冒険はまだまだこれからだ!」


 あれ、なんか口が勝手に動いた。何かを言った記憶があるけれど、しかも打ち切りフラグっぽい物騒なことを言ってたような気がするけど、何を言ったかは覚えていない。何だったのだろう?まあ、この簡易宿泊施設には、自分1人しかいないから別にいいか。

 宿泊施設とは言うけれど、2階建てのそれは1階には机と椅子がいくつかある部屋が1部屋と竃と水瓶が3つある炊事スペース、それから2階には何も無い広い、通称”雑魚寝部屋”が1部屋あるだけだ。本当に簡易だ。井戸もトイレも町の共有のものを使う。でも、ありがたいことに宿泊費と薪が無料なのと、雑魚寝部屋が2,30人くらいは泊まれそうな広さだから、余程のことが無い限り、雨風に曝されて野宿することにはならない。ただ、貴重品なんかは当然置いておけないから、お金は最低限残してシェスト教会へ、金目の物は町の預かり屋へ、が合言葉だ。


 それにしても組合のお偉いさんに目を付けられて魔物でお金稼ぎか。いよいよ異世界物っぽくなってきたじゃないか。残念ながらステータスもレベルもスキルもジョブも魔法も無いけれど、日頃の鍛錬のお陰で結構、強くなっている感はある。感だけはある。

 先日、オスヴァルトさんが組合に来て報奨金の話のあとに、軽く手合わせを頼まれて、簡単に負けてしまったのは秘密だが。ちなみに俺が右手に直剣、左手に大型ナイフのマインゴーシュのスタイル、オスヴァルトさんは右手に細剣、細剣はフェンシングみたいな細身の剣だ、それと左手には俺と同じくマインゴーシュ。同じような戦闘スタイルかなと思っていたら、流れるような洗練された剣捌きと、肉薄したときに的確に目や首に向かって来る上にこちらからの攻めを簡単にいなすナイフ捌きに圧倒され、手も足も出なかった。訓練用の木製の武器じゃなかったら何回死んでたか分からない。ちなみにそれを見ていたモーリッツさんがオスヴァルトさんに手合わせを頼んでいたが、「無理」とにこやかに言い放って逃げて行った。

 もしかして、俺って強くなってないんじゃないか説が浮上してきたけど、オスヴァルトさんが強すぎただけだ、きっとそうだ、俺はまだやれる、まだ大丈夫だ。


 気持ちを無理に奮い立たせたところで、今日の魔物狩りに出かけるとしよう。


「あ、スヴァンさん、おはようございまっす!」


 サコ支部の建物から出た俺に元気よく挨拶してくれたのはエッボだ。前はクニヒト屋敷で門衛をしていたからてっきり本職の衛兵かと思っていたのだけど、組合所属の傭兵だったらしい。そして、ラーレちゃんのお兄さんだ。残念ながら俺のお義兄さんにはならない。

 ……う、なんだか胃と心臓が痛くなってきた。


「だだだ、大丈夫っすか!?何かツラいことでもあったんすか!?」


 んん?……ああ、これか。気が付けば俺の(まなこ)から大粒の液体が出ている。


「ああ、大丈夫だ。問題ない。ちょうど目の筋肉を鍛えているところで、汗が出ているだけだ」


「目の筋肉を鍛えるなんて流石スヴァンさんっす!尊敬するっす!」


 何故だか分からないけど、再会したときからエッボはこんな感じで仔犬のように慕ってくれる。エッボ、お前、良い奴、俺、頑張る。そんなエッボの情に応えるべく、アニキのように寡黙で出来る男を演じているところなのだ。


「ところでエッボ」


「はい、なんすか?」


「今日は狩りの初日だ。ヤクト様にお祈りに行くぞ」


「はいっす!」


 サコのシェスト教会は町を東西に分ける大通りを挟んで支部の反対側、東街区のクニヒト屋敷の近くにある。イヌイの教会もそうだったが、石造りの外観には派手な装飾もなく、神紋が掲げられていなければ、ただの大きな8角形の建物だ。むしろそれが特徴で、見慣れた者には見つけやすいのだが。

 高さは一般家屋の2階建てくらいで広さは900平方メートル少々ありそうな8角形の石造りの建物の、1辺にある扉が開け放たれている入口から中に入ると、中央に天井とつながっている6角形の太く大きな柱、それを取り囲むように放射状に外を向いて配置されている6柱神の木彫りの像が目に飛び込んできた。


「えーっと、ヤクト様は……」


 中心に近いところでは、数名、お祈りをしている人がいるので、邪魔にならないように少し離れて時計回りで探すと、1体だけ大昔の鎧兜に身を包んだ目立つヤクト様の神像がナハト神の隣に置かれていた。配置場所は決まっていないようで、アイン神とナハト神が背中合わせになっている以外は教会ごとに違っているのが面白い。お祈りの作法も特に決まっておらず、大声を出すとどこかへ連れ去られてしまうようだが、小声でブツブツ言うも、(ひざまず)くも、人によって祈る動作は様々だ。

 俺は教会のお祈りと言えば手を胸の前で組んで黙ってするもの、という先入観でやっているが、エッボは両手を頭の上にのせて神像を見ながら何やらブツブツと呟いている。ちょっと面白い。ところで、孤児院にいた頃の俺はマザーを真似て柏手、2回パンッパンッと叩いてからお祈りをしていた。お辞儀はしないから、二礼二拍手一礼の真ん中だけ日本っぽい。しかも、大人になってからマザーに聞いたことがあるが、教会のやり方ではなく、自分流らしい。「なんで?」とたずねたら「何となく」と。つまり、教会の孤児院で育ったのに教会のお祈りの仕方は知らないのだ。我ながら不思議だ。


 さて、お祈りも済んだところでいよいよ狩りに向かうわけだが、今回は東の森ではなく、西の山岳地帯にある岩場に赴く。支部長のフォルカーさんによれば、その辺りで山羊によく似た魔物の群れの目撃情報があるとのことだ。エッボもその目撃者の1人で、今回、是非にと同行してもらったのだが、どうやら組合内で魔物の駆除に成功した傭兵はまだ一握りということもあってか、俺の魔物駆除の話は尾ひれがついて流布されてしまっているらしい。

 持ち上げられるのは本意ではないが、エッボの反応を見ていると悪くない気もする。狩りの現場での挙動を見て、その眼差しが羨望から失望に変わらないか、恐怖ではあるものの。


 人の出入りが監視されている中、戦場に少し近くなるであろう北門は避けて、南門から出て西へ歩く。

 防具は、革の目出し帽、革の鎧、バフコート、シャツ、革のブーツ、革籠手、それから防寒対策で厚めの毛皮の外套、首から口までを覆う綿の覆面、それから頭突き対策としてバフコートとシャツの間にクッションを入れてある。お陰で俺もエッボも太って見えるし、少し愛嬌のある動きになっているのだが、命には代えられないから仕方がない。今回もキュイラスの出番は無しだ。

 武器はもはや魔物狩りの定番となったハルバードと、今回は一工夫して剣山のような無数の棘を貼り付けた三角盾も携帯する。もちろん、いつものマインゴーシュとスモールソードもだ。相手が頭突きが得意な以上は、ハルバードの間合いの内側に入られてしまったときのことも考えての上だ。

 いつも通りハルバードの間合いで斬りたいが、素早く内側に入られてしまったら、すかさずハルバードを地面に捨て、刺々しい盾と直剣で対応しよう。


 携帯した装備品を使って山羊型の魔物と戦うシミュレーションを頭の中でしながら西へ歩くこと小一時間、そいつは、そいつらは唐突に俺達の前に現れた。


「俺達の冒険はまだまだこれからだ!」


 あれ、また口が勝手に……。その上、何を言ったのか記憶に残っていない。変なことを口走ってなければ良いのだけど。



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