第62話 晶子
「おーい!半べそはんべー!泣き虫はんべー!ばばいはんべー!悔しかったらランドセル取りに来いよー!」
どこかの夕暮れ、遠くで如何にも悪ガキと言った3人組が、子ども独特の抑揚で口汚く叫んでいる。
僕は……、泣くのを我慢しながら、それでも少し泣きながら、無力に絶望し、霞む視界で三人組をぼんやり見ている。
「こらー!たーけぇーガキども!半兵衛イジメとったらだちかんぞ!」
「うわあ!出た!アキコだ!ジャイアントアキコだ!逃げろー!」
僕の後ろから鳴り響いた怒声に、三人組はランドセルを放り出して慌てて逃げて行った。
「あーあー、半兵衛。こんなに土まるけになって……。膝にくろにえも出来とるな。ランドセル回収してちゃっとかいろ」
怒声の主は、投げ捨てられたランドセルを拾ったあと、僕の体に着いた土埃を手で払い、手を引いて、茜色に染まった土手の道を一緒に帰る。
「はんべちゃんはこすいけど相変わらずやぐいなあ。でも、えらいときは大声で泣いてもええんやお。お姉ちゃんが守ったるわー」
アキコと呼ばれたその女性に手を引かれながら、僕は土手を歩く。延々、歩く。長い長い土手の道を歩く。そして辺りは真っ暗になり、いつの間にか僕は一人になっていた。
「うぐっ……、ひっく……、お姉ちゃん?お姉ちゃーん、どこー?どこ行ったのー?アキコ姉ちゃーん……。うぅ」
途端に不安と恐怖に支配されるが、どこからか懐かしい声が鳴り響き、辺りはまた茜時の土手になっていた。
「こらー!あたしのスヴァンを泣かす奴はどいつだ!許さんぞー!」
マザーだ。遠くにマザーがいる。どんどん近づいてきて……、あれ?なんか縮尺おかしくない?
違う、近づいているんじゃない。大きくなっているんだ!
そのことに気付いた頃には、マザーは近くの送電用四角鉄塔よりも大きくなっていた。
「エネルギー充填開始。1%、2、3、4、5、6、7、8、9、10%……」
「警告。射線上の友軍は直ちに離脱せよ。繰り返す。警告。射線上の友軍は……」
突如、合成音声が聞こえたかと思えば、マザーの口の辺りに光が集まり始めているではないか。
――あれはロボだ。やたらと角ばっているし、ところどころ六角ボルトのようなものも見える。巨大マザーだと思っていたが、ジャイアントマザーロボだった。
「……97、98、99、100%、エネルギー充填完了」
だが、時すでに遅し、充填が完了し、限界までエネルギーを溜め込んだジャイアントマザーロボの顔がこちらを向いている。
え……、これってかなりやばいんじゃ……。
「グレートジャイアントマザースーパーバスタービーム発射!!!」
ジャイアントマザーロボから放たれた閃光が瞬時に僕を呑みこむ!
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
*
「うーん、うーん……。は!?はぁ……、はぁ……、はぁ……」
……夢か。
ジャイアントマザーロボってなんだよ!しかも、なんでこっちにビーム!?とりあえず、いざというときマザーは口からビームを出せる、と覚えておこう。
それにしても晶子姉ちゃんか。懐かしいな。小さい頃はよく意地悪されて、隣に住んでいた姉ちゃんによく助けてもらってたっけ。
晶子姉ちゃんは10歳くらい年上で、僕が生まれてすぐくらいの頃に、可児の方から須田家のお隣に引っ越してきた。向こうは弟か妹が欲しかったみたいなんだけど、一人っ子のままだったから、代わりに僕のことをよく可愛がってくれていた。
大人になった彼女は、身長175センチのすらっとした美人さんで、勉強も良くできたみたいだけど、高校を卒業した後は大学に進まず地元の地方銀行に入行。何年か経って同じ銀行員と結婚し、離れたところに行ってしまったと同時に、ほのかな僕の恋心も砕け散ってしまった……、という温かくもほろ苦い思い出が蘇ってきた。今、どうしてるんだろうな、晶子姉ちゃん。
「ん、飲め」
あの夢でやっぱりうなされてしまったようで、クレーメンスさんが水が注がれた真鍮製のコップを差し出してくれた。
俺はお礼を言って受け取って飲み干すと、驚くくらい沢山の汗をかいていたことが感じ取れた。
こんなに悪影響が出るとは。グレートジャイアントマザースーパーバスタービーム、やばいな。
さて、俺達イヌイ傭兵組合ご一行は、フォルカーさんお奨めの食堂で夕飯を食べ、フォルカーさんに手配してもらった宿に泊まり、サコに来て初めての朝を迎えたところだ。
昨日のクニヒト様への挨拶は、顔合わせ程度で終わった。一応、シュテファン襲撃犯のことも聞いてみたのだが、特に怪しい人物を見かけたという情報は無いとのことだ。だが、そもそも様々な人でごった返している目抜き通りで、変わった風体の人物を見たとしても見過ごす可能性は高い。
余談だが、カルツ家という貴族が代々サコ周辺をオダ家より預かっており、当代のヘルマンさんをどこかで見たことがあると思っていたら、先ごろ護衛中に襲撃されて亡くなった、ダミアン護衛隊長のお兄さんとのことだ。だからと言って、それ以上の話があったわけでもないのだが。
「では皆さん、今日の予定を発表します」
宿の井戸で簡単に体を拭いて部屋に戻り、他の4人が起きていることを確認して、今日のスケジュール確認をする。リーダーなんて自分の性には合っていないと思うのだけど、組合長にリーダーに任命されてしまったから、面倒だが、形だけでもリーダーらしいことをしないといけない。
皆が無言でこっちに視線を集めたのを見て話す。
「朝食後、準備ができ次第、ここから東に1時間ほど歩いたところにある魔物の目撃情報があった森に行きます。麻の網、麻縄、鉈、食糧、組み立て式のハルバードは絶対に忘れないで下さい。今日の目的は痕跡と通り道探しで、再び通る可能性の高い場所を見つけられたら、跳ね上げ式のくくり罠か網罠を仕掛けます。罠の設置については、クレーメンスさんとノルベルトさんの指導で皆でやります。魔物を発見した場合は、遠巻きに囲んで観察、いけそうなら狩ります。それから、陸ヒトデ以外の魔物と意図せず至近距離で遭遇した場合は慎重にその場から離れます。どうにもならない場合はバラバラに逃げて、この宿に集合で。以上、大丈夫ですか?」
「うん」
「はーい。打ち合わせ通りだね」
「うむ」
「……」
アロイスさんとアルバンさんはいつも通りの返事をしてくれた。クレーメンスさんも珍しく返事をしてくれたが、ノルベルトさんは相変わらず無言の頷きだ。大丈夫なのかな?頷いてたし、大丈夫と言うことで大丈夫だろう。大丈夫大丈夫。
*
近くの食堂で、男5人で黙々と朝食を食べた後、大きな革袋を背負い、東の森を目指し歩く。畑の間を抜け、薄い地面が続き、なんとなく道が出来ている草原を行く。荷物はいつもより重たいが、キュイラスと鉄兜を装備していない分、総重量は軽いかも知れない。森の中では身軽に動けた方が良いだろうとの、猟銃持ち二人の意見を参考にして、頭は革の帽子、キュイラスの代わりにバフコートの上には一般の人も使う革鎧を身に着けているのだ。鉄板を貼り付けた大盾も、森の中を歩き回るには都合が悪いから今回は持ってきていない。
ゲームでは序盤でお世話になる定番の革の防具だが、実際には直剣などの大きい刃物でさっくり斬れてしまうので、人の相手が想定される場面では心許ない。動物が相手であれば十分に役に立つ、とのアドバイスを頂いてのチョイスだ。何よりも、鉄製のキュイラスよりも軽くて動きやすいのが良い。足場の悪い森の中なら、一層ありがたみを感じられるだろう。
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