第55話 スープと神様
「ちょっと!間に合っているってどういうことよ!?
「は!?さては余所で私の他にお姉ちゃんが出来たのね!不潔だわ!最低!」
何か勘違いして大混乱のマザーを傍目に、黙々とスープを煮込む。味見をしたら、少々塩が足りなかったようだ。塩を一つまみ追加してさっと仕上げる。豆とベーコンの旨みが染み出した琥珀色のスープが、空腹の俺の食欲を刺激し続けている。
ああ、そうだった。マザーに相談しようと思っていたことがあったんだ。
「ところでマザー」
「あら、何かしら。ようやくお姉ちゃんに甘えてくれるのかしらね?」
マザーに話して楽になりたいことはあるが、領主や代官が殺害されたことなど、国家機密だろう。うっかり口を滑らせたら秘密工作部隊とかに殺されて、南東部の運河に浮かばされかねない。気を付けなければ。だが、秘密工作部隊という単語には心躍らされるものがあるな。ここにもあるのか?秘密工作部隊みたいなの。影の諜報部隊とか。入れるのかな?武器はやっぱり杖に仕込んだ剣とか、肌身離さず持っているアタッシュケースに入ったスナイパーライフルとかか。黒い皮手袋とかしちゃったりしてな。良いかもしれないぞ。ふふふふふ……。ぶつぶつぶつ……。
「ねえ、どうしたの?何か話したいことがあったんじゃないの?」
俺が邪悪な笑みを浮かべながらぶつぶつと考え事をしていたら、マザーに心配そうに顔を覗きこまれてしまった。
やばい!聞かれた!このままでは組織に消されてしまう!
慌てて周囲を見回したが、影の諜報部隊員の気配はないようだ。
さて、妄想を一通り楽しんだところで、話を続けるとするか。
「その前に、こちらをどうぞ」
俺は、先ほどまで煮込んでいたベーコンと豆のスープを器に盛り、マザーに差し出してから話を切り出した。
「マザー、神様に会ったことってありますか?」
「あー、あの変態クソじじいね。あるわよ。あれは確か、私がまだ花も恥じらう永遠の16歳だった頃」
あるのかよ!
変態クソじじいなのかよ!
永遠の〇〇歳ってこっちでも使うのかよ!
何年前だか分からないよ!
俺は心のツッコミで疲れたが、マザーはスープをすすりながら話し続ける。
「あ、このスープ、美味しいわね。またスープ職人としての腕を上げたみたいね。そうそう、その変態クソじじいなんだけどね、また登場の仕方がとんでもないのよ。いつの間にか白い草原に連れていかれたと思ったら、『クリスタ・ホルツマンよ、儂は神じゃ!』とか言いながら突然目の前に現れたのよ、全裸で。全裸よ、全裸!信じられる?永遠の16歳の美少女の前に全裸でいきなり現れて、神じゃ!とかよくも恥ずかしげもなく言えるものよね。神でも何でも良いから永遠の16歳の超絶美少女に会うんだったら紙の服くらい着ておけ!っていうのよ、まったく。今、神だけに紙とか上手いこと言ったと思ったでしょ?ね?ね?あ、クリスタっていうのは私の名前なんだけどね、かわいいでしょ?かわいいわよね?こういうときはかわいいって言っておきなさい、それが礼儀よ。あ、このスープ美味しいわね。また腕を上げたのかしら。もう終わっちゃった。おかわり!」
やばい、何かのスイッチを入れてしまったようだ。マザーが止まらない。渋々おかわりを差し出すと、何回かフーフーしてからすすり始める。
「乙女の繊細な記憶を聞いてくるなんて、あなたもあの変態クソじじいに会ったのかしら?」
乙女とか美少女はさておいて、こちらから切り出した話だ。変な答え方をするとマザーが暴走しかねない。
「はい、俺もいつの間にか白い部屋に居て、神を名乗る者とお話ししました。でも、全裸のお爺さんではなくて、きちんと正装していて、髪がきらきらさらさらの少年でしたよ」
「なんですってえ!私も少年が良い、美少年が良い、そっちが良かった!ねえ、スヴァン、今から私と神様を交換してくれないかしら?フンスフンス……」
え?神様って交換できるの?もしかしてプレミア価格とか付くのか?
「司祭のクリスタ様ともあろうお方が、鼻息を荒くして美少年が良い!とか言うと、教会のお偉いさんに怒られちゃいますよ。まずは落ち着いて下さい。神様の姿かたちですけど、俺が会ったときに、『君はこう認識するのか』と言ってましたから、それぞれが心の中で持っている神様の姿かたちが反映されるのかも知れませんね」
「あー……、ああ……、なるほど……。確かにそう、うん、確かにそうね。私が思い描いている神様って全裸のお爺さんだったわ。でも、スヴァンの言う通りなら、これから私の中の神様を変えることだって出来るに違いないわ!そうと決まれば早速、スヴァンの神様の絵を描いてちょうだい!余ってる蝋板持ってくるからちょっと待っててね。良いわね、待つのよ?逃げちゃだめよ?」
そう言うとマザーは、40代半ばとは思えない身のこなしで孤児院に駆け込んでいった。
俺も今のうちにスープをすするとしよう。それにしても、前の世界のヨーロッパでは、神様が全裸で描かれることが多かったけれど、マザーがそう思っているということは、この世界もそうなのかも知れないな。ところでマザーに話したいことって美少年神のことだったっけ?
程なくしてマザーが息切れしながら蝋板を携え、共同の炊事場に戻ってきた。
「さあ、スヴァン!ぜぇぜぇ、早速、んぐ、美少年神を、おふぉ、これに描いてちょうだい!」
マザーは全力疾走してきた反動で、息も絶え絶えだ。落ち着け。
それにしても絵を描くだなんて何年ぶりのことだろう。少なくともこの世界に来てからは描いたことがない。この世界では描いたことはないが、前の世界では、高校で漫画研究部に所属して皆で何冊か描いていたものだ。あのときはそう、眠れる邪眼の半兵衛という異名だったな。
ならば見せてやろう!この邪眼に秘められた能力で!
ガリ、ガリガリガリ……
蝋板が硬くてうまく描けないよ……
硬ければ硬いなりにどうにかやるしかないか。ガリガリガリ。服は、衣冠束帯は説明が面倒だから顔だけにしよう。ガリガリガリガリ。
「あら、スヴァンったら、絵が上手ね。傭兵組合で絵も教えてもらえるのね」
そんなわけない。
心でツッコミを入れながら黙々と蝋を削る。
「ふぅ、出来ました。こんな顔でしたよ。髪の毛は絹のように輝いていて、さらさらキラキラです」
「あらー。良いわね、とても良いわ。上手いじゃない。今度から聖龕と一緒に飾るようにするわね。ありがとう」
あ、そうだ、マザーに神様のことをもう少し聞かないと。
「ところでマザー、神様のことなんですけど」
「あら、なあに?」
「何か頼まれごととかされませんでしたか?或いは、こうしなさい、ああしなさいとか」
俺が質問をすると、今まで嬉々としていたマザーの表情が一転して強張り、声も小さく答えた。
「スヴァン、それを聞くということは神様から何か言われたのね。でも、それは神託と言われていて、おいそれと市井で口にして良いものではないの。私も頼まれたことはあったのだけど、言えないわ」
どうやら想像していた以上に、大事だったようだ。マザーの話は続いた。
「普通はね、そういうことがあったら教会に報告をしなければならないのだけど、あなた、面倒ごとには巻き込まれたくないでしょう?」
俺は無言で2回頷く。
「そうしたら、余程のことがない限りは、黙っていないさい。良いわね?絶対に口外しては駄目よ」
「はい……」
神様に何かを頼まれるというのは、それほどまでのことなのか。これはうっかり話さないように気を引き締めなければならないな。お口にチャックだ。いや、チャックは死語だった。お口にジッパーだ。
「そうそう、スヴァン。蝋板の近くで薄い革表紙の本を見つけたの。あなたのだから返しておくわ」
そう言って差し出されたマザーの手には、あの葡萄色の革装のノートが在った。
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