第45話 オレ㉔
「聞こえているよ。鍵は開いているから入っておいで」
偉い人はみんな大声で話すものだと思っていたが、どうやら誤解だったようだ。衛兵長と思われる人から、落ち着いた声で入室を促された。
「は!失礼いたします!衛兵長殿!」
引き続き、衛兵風のキビキビとした緩急を付けた動きで入室し、サッとお辞儀をしてサッと頭を上げて部屋の主を見据える。キビキビ動くたびに背中のベッケンがカタカタと音を奏でるのはご愛敬だ。
「あー……、そんなに大声を出さなくても大丈夫。もう少し声量を落として。あと、絵に描いたような衛兵っぽくしなくても大丈夫。楽にして」
そう言って、執務机の前にゆっくりと歩み出てきた男は中肉中背で、体は良く鍛えられているようだが、筋骨隆々ではなく、無駄な肉が無いような感じだ。明るい茶色の髪に白髪が目立つ。40歳から50歳半ばくらいだろうか。鎧などは着用していなかったが、黄色い三角盾に図案化された白いセイヨウサンザシの、オダ家の紋章が入った袖のある黒地のチュニックとソードベルトを装着しており、机のそばの壁にはいつでも取り出せるように直剣、レイピア、槍なども掛けてある。チュニックの下にもホーバージョンを着込んでいるような雰囲気がした。
「は!了解であります!」
最後に元気よく返事をして足を肩幅に開き、両手を腰のあたりで後ろ手に組んだ。……背負子が邪魔だな……。諦めて足を閉じ、両手も足に揃えた。ノリノリでやってみた衛兵ごっこは敢え無く終了してしまった。
「私がここの衛兵長だ。話は聞いているよ。体も大きくて期待できそうだ。……が、念のために登録票を見せてくれ」
「はい」
今度は普通に返事をして、建物に入ってから首にかけず持ち歩いていた登録票を、差し出された衛兵長の左手に預けた。
「……ふむ。スヴァンベリか。この辺りでは珍しい名前だね。連絡の通りだ。これは返すよ。これから暫くよろしく、スヴァンベリ」
「はい、よろしくお願いします。オレを呼ぶときはスヴァンでお願いします」
「分かった、スヴァン。後で別の者に部屋の案内と、任務のことを説明させよう。ところで、聞いているとは思うが、今日は君は非番なのだよ。非番なんだが、16時を過ぎたら、道を挟んだ代官屋敷の衛兵部屋で待機をするように、とのお達しがあってね、平服で構わないから、忘れずに行ってくれたまえ」
「はい、了解であります」
一通り話が終わると、衛兵長は部屋の奥の天井の穴からぶら下がっている3本のロープの内、右側の1本を3回引っ張る。すると、すぐに廊下から小走りしている音が聞こえ、「失礼します!お呼びでしょうか!」と見慣れた格好が入ってきた。入口にいた衛兵と身長は同じくらいだが声が違う。
「本日赴任したスヴァンだ。事前の手筈通りに案内を頼む」
「は!」
衛兵長も先ほど入ってきた衛兵も、少ない言葉で洗練されたやり取りをするのが小気味良い。
「こっちだ、ついて来い」
はい、と返事をして後をついていくと、兵長室から入口に向かって半分ほど戻ったところ、向かって右手、西の方向に上り階段があり踊り場で折り返して2階へ繋がっていた。その2階の北側、奥から3番目の部屋に通された。どうやら詰所が宿舎も兼ねているらしい。
宿舎の部屋というと勝手に狭い4人部屋を想像していたが、イヌイで借りていた部屋よりも少し広く、机、椅子、ベッドも1つだけだが置いてあった。しかもベッドには布団がある。思ったよりも待遇が良いようだ。
「荷物を置いたら、速やかに1階の待機室に来い。兵長室の手前の部屋だ」
案内役の衛兵はそう言うと、オレの返事も待たずにカチャカチャと金属音を立てて戻っていった。
これはすぐに来いということだと察したオレは、大胆かつ慎重に荷物を背負子ごとベッドの隣に降ろし、無駄のない動きでベッケンを机の上に置くと、出来る限りの早歩きで1階の待機室を目指した。
先ほど見た突き当りの兵長室の手前には、間隔を大きく開けて二つのドアが在ったが、前の部屋と言われた手前、遠い方のドアを開けてみたところ、中は横に広い部屋で、長机4台と、椅子は机1台に対して6脚、合計24脚が整然と置いてあった。開けたドアは部屋の隅のものだったんだな。
案内役と思われる衛兵は、そこから対角線上にある椅子に、体を廊下側に向けて座っていた。先ほどまでと違い、鉄兜と革頭巾を外しているが、部屋の中には1人しかいないから間違いないだろう。
「想定より早かったな。簡単に説明するから、そこの椅子に適当に座ってくれ」
案内役の衛兵は、年齢30歳くらい、濃い茶色の髪は坊主ほどではないが短く刈り揃えられている。促されるまま、適当に衛兵の向かいの椅子に座ると話が続いた。
「衛兵の任務だが、お前と他からの異動2名を合わせた全部で18名を6名1班にして、1班ずつ9時から17時、17時から翌1時、1時から9時の8時間交代であたってもらう。各時間帯は1週間ごとに変更する。担当時間の前4時間は詰所で待機兼鍛錬兼雑用を行なってもらうが、任務後、次の待機等開始までは自由時間だ。待機等、任務、自由時間の順番だな。自由時間と言っても、夜更かしなどは許されないがな。警備の人数は、代官屋敷に2名、詰所に1名、市街地全域の巡回に3名だ。これも班内で一定時間で交代するが、お前の場合は、当面、代官屋敷の警備を中心に、とのことだ。食事は待機等組が8時と16時にパンとスープを用意することになっているから各自で食べろ。冷めたスープが嫌なら薪を使っても良いぞ。ま、やっていけば分かるだろう」
「はい、質問です」
「何だ?言ってみろ」
「夜中1時の交代時間はどうやって確認すれば良いですか?」
「時計を確認しろ。待機室に1台、2階に1台、大きな振り子時計を設置してある。教会の鐘と違って、昼夜関係なく1時間ごとに時刻分の鐘が鳴るから、音だけでも分かる。12時間制で夜中の11時は11回、0時は昼も夜も特別な鳴り方だ」
衛兵が指差した方向を見ると、縦に細長い木箱のようなものが見えた。その木箱の上部には0から11までの数字が円になるように並び、中央から細い棒が二つ、長い棒と短い棒が別々の方向に伸びている。細長い木箱の中には先端に重りのようなものが付いた棒がぶら下がり、カチカチと音を鳴らしながらリズミカルに左右に揺れていることも確認できる。初めて見るが、あれが噂に聞いていた時計というものなのだろう。
短い棒は11と頂点の0の間くらいにあった。まだ12時の鐘は聞いていないので、短い棒が時刻を表しているのだと思うが、8の辺りにあるあのもう一本の長い棒はなんだろう?
「分かりました。もう一つ質問よろしいでしょうか」
「良いぞ」
「時計って、あの南側のドアの近くにある縦長ので良いんですよね?あの数字の真中から外に伸びている長い棒はなんですか?」
ちなみにオレが入ってきたドアは北側だ。兵長室から遠い方のドアも結局、待機室のドアだった。
「何だお前、時計を見るのが初めてなのか。長い棒は分を指している。1時間が60分、時計の数字は分だと5分おきに描かれているから、今の時刻は11時40分だな。質問が無ければ、衛兵長に言われていた用事の時間まで好きに過ごして良いぞ。その用事が済んだら当番時間を指示するから、また17時に待機室に来い」
「分かりました。ありがとうございます」
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