第39話 オレ⑱
「それはね、星を見ると良いんだよ」
「星、ですか?」
「うん、星。もう少し暗くなると分かりやすいんだけど、北の方角にナハトの一つ星というとても明るい星があってね、その星から少し離れた一番明るい星を目印にして、それから日没の時刻も参考にして、大体の時刻を測るんだ」
紳士先輩はたまに頷きながら話を聞いている。この場は行商人さんにお任せしたようだ。
「日没が近づいて、もう少し暗くなったら外で説明しようか」
「それでは、私が先に幌馬車当番をするから、スヴァン君は焚火をしながら離れ当番をよろしく。交代の時間が近くなったら、焚火に当たりに来るからね」
行商人さんの提案に乗る形で、紳士先輩が当番を割り振ったので、離れの表に出て護衛を再開する。
焚火を始めてから暫く経ち、太陽の残り火がまだ少し西の空に燻っている頃、行商人さんが表に出てきて、星の話の続きをしてくれた。
「ナハトの一つ星を探すところから始めよう。一つ星がある北の空は、イヌイ側からの街道があっちにあったから、うーん、大体あの辺かな。……あった」
そうか、イヌイから赤鉄街道沿いに南西に進んできたから、集落の街道口で大体の方角が分かるのか。
行商人さんが指さした方を見て、オレもひと際明るい星を探して指をさす。
「あれですか?行商人さん」
宿の左奥にある建物の上に輝く明るい星を指さした。
「残念ながら、あれは目的の星だけど、ナハトの一つ星では無いよ。一つ星の近くには何故か星が無いんだ」
「あ、今度こそ見つけました。あれですね?」
それっぽい星を見つけて、また指をさす。とても明るく見えるけど、本当に周りに星が無く、一層その明るさが引き立たっている。
「当たり。一つ星を見つけたら、先ほど見つけた別の星、灯火星と呼ばれているけど、その星を見て、地上の何か目印になるものと比較するんだ。灯火星は一つ星を中心にして弧を描くように、東、つまりここから見て右方向に同じ速度で移動することが知られているから、日没の時間の位置を覚えておけば、大体の時刻が分かるんだよ。時期によって一つ星との距離は変わるんだけど、1時間に30度くらい動くから覚えておくと便利だよ」
「なるほど、分かりました。行商人さんは流石に物知りですね」
「ははは、そうでもないよ。行商人ならみんな知ってる大事な生活の知恵みたいなものかな。ところでスヴァン君、日没の時刻は分かるかな?」
「はい、分かりません!」
「分からないことをそんなに元気よく答えなくて良いんだよ。季節によって変わるけど、商人組合とか猟師組合には、季節ごとの大体の日没の時刻が書かれた板があるから、一度見てみると良いかもね。この季節なら、日没の時刻は19時を過ぎたくらいかな。今の西の空の感じだと、今は19時手前くらいだろうね」
西の空に目をやると、話を始める前までは燻っていた太陽の残り火が、もうすっかり消えてしまって、空と地上の境界に細くうっすらと朱色が塗られているのがかろうじて見えるくらいになっていた。
「もう、今の位置で覚えてしまって良いかもしれないね。3時間後だと、灯火星はどの辺にいるかな?」
「3時間後だと90度移動していますから、母屋に近い離れの右端の上くらいだと思います」
「そうだね。僕もそれくらいだと思う。それじゃ、夜の護衛もよろしくね」
行商人さんが離れに戻るのを見届けて、焚き火に薪を焚べる。闇の中でパチパチと音を立てて遠慮がちに燃える炎をぼんやりと見つめると、不思議と落ち着き、いつもより集中して警戒出来た気がする。
夜の護衛も、不審者、盗人、野盗などの気配はなく、灯火星が離れの右端の上に見える頃にアニキと交代して、無事に当番を終えた。朝食の際にもアニキと紳士先輩に話を聞いたが、やはり何事もなかったらしい。
朝食を食べて準備を整えた後、集落を出発し、順調に1回目の休憩を終えて暫く進み、前方右手がなだらかで背の低い草ばかりの丘、他方、前方左手は丘からそのままなだらか下っていて、見通しの良い明るい林になっている道に差し掛かったところで、御者台にいたアニキから、至って平静な声色で指示が出た。
「スヴァン、先輩を起こしてお前も交戦の準備をしろ。それから楯を組んで、荷台の後ろと右側面に設置しろ。ご主人は俺が合図したら、ひとまず荷台に移動をお願いします。それまでは通常通りで」
只ならぬ緊張を感じて紳士先輩を起こそうとすると、何かを感じたのか、紳士先輩は既に起きて鉄兜とキュイラスのベルトを締め直し、淡々と武器と鉄籠手の装着も進めていた。それを見て、オレも楯の設置を進める。
アニキは引き続き淡々と話す。
「右斜面に射手1、直剣1名、グレイブ1名、しゃがみ。左斜面に木に隠れて直剣1、立ち。全部で4名。合図をしたら先輩は右斜面の直剣とグレイブをお願いします。俺は射手をやります」
「はいよ」
「スヴァンは周囲を警戒しつつ、左斜面の直剣1をやれ。相手は待ち伏せの仕方も知らない、こちらの戦力も分からない素人だ。お前なら問題ない」
「はい」
元気よく返事をしたいところだったが、アニキが大きな声を出さないのには理由があるのだろう。
「俺が右手を上げてグーパー2回したら、それを合図に各自行動開始だ」
「私の後輩だけあって、なかなか良い対応だね。流石だよ」
「恐縮です。先輩」
こんなときでも、余裕でアニキを褒める紳士先輩と、いつも通りの静かな受け答えをするアニキがとても心強い。
「ああ、そうだ、スヴァン君」
紳士先輩が何かを思いついたように話し始める。
「野盗というのは、大体の場合、防具がほとんど無いか、粗末な物しか身に着けていないんだ。そういう相手には、君が左手に装着している鉄籠手で殴るだけでも、十分な威力になるから、武器で斬ることばかりに囚われない方が良いよ」
「はい、ありがとうございます」
「それから、」
「はい」
「敵を殺すことを躊躇しないように。敵は君を殺しに来るんだ、死なないために、生き残るために。だから君も死なないために、一切の慈悲なく、敵を殺せ」
「……はい。肝に銘じて」
いつも穏やかに話す紳士先輩だけど、このことだけは低く迫力のある声色だった。改めてこの人のことを怖いと感じた。
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