第34話 オレ⑬
「倉庫の警備だが、長方形の建物入口付近、外と中に1名ずつ、入口反対側の屋外の角に1名ずつで、7時の鐘で交代するやり方だ。何か質問は?無ければ速やかに警備を引き継ぐ。スヴァン、お前は俺と一緒に入口付近からだ。他の2人は角を任せた」
アニキはテキパキと指示を出し、自身も入口の外を見張っている。4人はそれぞれ組合から支給された小さめの角笛を首からぶら下げ、異常が有れば角笛を吹いてお互いに知らせる事になっている。
オレは開始から1時間は、倉庫内の入口付近から倉庫の中を見張ることになっているが、すでに荷物の積み下ろしが始まっていて扉が開け放たれているから、外にいるのと変わらない寒さを味わっている。これ、夜の当番の人、凍死しちゃうんじゃないか?
それにしてもここの人夫さん達はよく働く。積み下ろしを始めたばかりというのもあるかも知れないが、小気味よく荷物を運び出したかと思えば、今度は外から荷物を運び入れ、通路を確保しながら次々と荷物を並べていく。その動きを観察しているだけで時間がすぐに経ってしまいそうだが、たまに、というか結構頻繁に、外にいるアニキの姿も確認しなければ警備にならない。角笛を吹く間もなく異常事態に巻き込まれても分かるように、必ず他の傭兵も逐一、目視で確認する。当然、警備している他の人間が何の連絡もなく本来の持ち場から消えたときは、すぐに角笛を吹くことになっている。
初めての仕事ということもあって、緊張したままあっという間に交代の時間になった。アニキが入口反対側の角に居る1名のところに移動し、その1名が入口外の見張りに入る。それを確認したら、今度はオレが入口反対側の角のもう1名のところに行く。そんなやり方で少しずつ持ち場を交代した。
倉庫の入口から見て右奥の角の持ち場に着いたら、手順通り反対の角にいるアニキを目視で確認し、その後は周囲に万遍なく目を配って、おかしいところが無いか、怪しい人がいないか見張りを続ける。
そんな感じで警備をしたが、1日目、2日目、3日目、4日目、5日目と、特に不審な人物が表れることも倉庫内に侵入されることもなく、無事に終了できた。警備の仕事自体はまだ続くそうだが、見習いの仕事はここまでだ。
ところで警備を始める前に「平面で見て、おかしいと思ったところだけ注意深く観察しろ」とアニキに言われていたけれど、出来ていただろうか?不審者でも見つかれば分かったかも知れないけど、何も無いのが一番だな。
*
「スヴァン、そっちへ行ったぞ!」
「うああああああああ!」
くま!クマ!熊!くーまー!
熊という凶暴な筋肉の塊が凄まじい速さでこっちに突進してくる!体がすくんで動けない!
もう駄目だ!
*
3月になってしばらくした頃、二つ目の見習い仕事の話があった。イヌイから神聖リヒトに向かって北に延びる赤鉄街道沿い、歩いて6時間ほどのところにあるオダ家直轄の宿場町ツチダ、そこから街道を外れて北西方向に更に2時間ほど歩くと、目的地の農村集落に辿り着く。冬眠から早く覚醒してしまったヒグマが森から這い出し、集落のそばをウロウロして畑が荒らされる被害が出ているので、人が襲われる前に集落の猟師と協力して追い払うか仕留めて欲しい、というのが、周辺一帯を管理している代官からの依頼だ。
代官と言っても現地にはおらず、自分を護衛する人数も含めて衛兵を減らして経費を削減したいとかでイヌイに住んでいる。衛兵を通常よりも減らしている影響と緊急性が低いと判断して、通常、多忙でなければ衛兵が行なう仕事を傭兵組合に依頼してきたということだ。こういうときに傭兵組合に頼んでも、ずっと衛兵を駐留させるよりはお金がかからないらしい。代官はお金がかからないらしいが、今回は移動も含めて1日銀貨20枚、見習いは銀貨12枚も貰えるのだ。自然と気持ちが昂る。
狩猟の講習をまだ受けていないので、依頼の説明のときに受付のお兄さんに念のため聞いたら、今回は猟じゃないから問題ありません、と即答だった。そういうものなんだろうか?
ちなみに依頼を受けてから出立まで日数が無かったけど、ボーネン食堂の店主は気持ちよくお休みを認めてくれた。
そんな流れで、今回も1日銀貨1枚のキュイラスを借り、それから組合支給の害獣対策用に大きな目が描かれた木製の大盾も持って、アニキと二人でツチダまで乗合馬車で4時間、徒歩だと6時間と聞いていたのでこの差は大きい、そこから2時間かけて歩いて集落に到着した。
到着してすぐに村長と地元の2人の猟師と打ち合わせを行ない、仕事が終わるまでは村長宅でご厄介になることと、翌朝から周囲を警戒しつつ、熊を発見次第行動に移すことになった。普通は大人が近づけば熊は立ち去るそうなのだが、今回は大人が二人で近づいても意に介さず、逆に威嚇してくるため困っているそうだ。
翌朝、日が少し昇ってから目覚め、先に起きていた村長ご夫妻と挨拶を交わし、オレより少し遅れて起きてきたアニキと一緒に、村長の奥さんが用意してくれた朝食をありがたくお腹に掻き込む。
朝食の後は集落のほぼ中央にある井戸で顔を洗い、村長宅に戻って速やかに装備を整える。武器は、アニキはハルバード、オレは木製の大盾だ。大盾はなかなかの重量なので両手で持たないと扱えない。また、腰にはアニキが村長からお借りしていた家畜用の大きいベルをぶら下げた。動くたびにベルが鳴るが、熊を追い込むときにはこの音も役に立つらしい。アニキくらいになるとそんなことも知っているのか。流石だ。
教会の鐘が無く、時間が分からないが、まだ朝の内に地元の猟師と合流して集落の中と畑周辺を見回ると、集落の中心から10分ほど離れた北の畑の近くで、人間のように両足を投げ出してお尻を地面につけて座っている熊を見つけた。何をするでもなく気持ちよく日光浴をしているように見える。こちらの方を気にしているようだが、まだ距離があるためか、動く気配はない。あれは身長180センチくらいか、大きくはない、と猟師の一人が教えてくれた。
地元の猟師の指示に従って4人で10メートルくらいずつ間を開け、壁を作るようにして南側からゆっくりと熊に近づく。内側はオレと猟師、この猟師は手に真鍮製のベッケンと木の棒を持っている。外側2名はアニキともう一人の猟師で、こちらの猟師は弓を半ば構えてすぐに射れる体制のようだ。このまま南側から大袈裟に威嚇しながら近づき、北にある森まで追い払う作戦だ。
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