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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第5章 坐井観天 5.3 空の青、花の青、ヒトの青

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5.3.2

 魂とは、なんだろう。

 窓の外は、相変わらず等間隔に設置された電灯だけが流れていて、それ以外はコンクリートの壁と煤煙が見えるだけである。

 スピードは外よりも落としているのか、ガタンゴトンという音もやや遅い。

 寝台列車は長い長いトンネルの中を進んでいた。

 華那琉(かなる)大陸の南北を遮断するようにそびえ立っている山脈を、正面から掘り抜いて作られたトンネルである。魔石魔法がないこの大陸で、なおかつ、シールドマシンもないこの世界のこの時代であれば、相当な難工事だったことは想像するに易い。犠牲者もきっと多く出たことだろう。名も知れない多くの工事関係者のお陰で、今こうして比較的安全に北部へ行くことが出来るようになったのだから、彼らの魂には感謝しかない。

 汽車の音と揺れが心地よい一等室でそんなことを考えていたところ、またしても魂とは何だろうかと思い始めるに至った。

 オイレン・アウゲンには、黒い靄が引き続き多く映し出されている。

 僕とカルラに内在するものが黒い靄ではなく白い炎である点も、ヒ大陸、ハレ大陸を移動していたときと変わりはない。

 しかし、ここはケモノが出ない。

 黒い靄や白い炎は、もしかしたら魂や(たましい)が関わる何かなのではないかと思っていたが、それは青華教の若い指導者であるミーネ・リンドベリによって否定された。明確にではないが。

 ヒトの負の感情の増大がケモノを生み出し、それが巡って魔物にもなる。けれど、この大陸では、はち切れんばかりの黒い靄を抱えているヒトをちらほら見かけるにも関わらず、そこからケモノが生まれることはない。ケモノが生まれず、結果、ケモノを材料にした魔物も生まれることはない。

 魂とは、なんだろう。

 神とは、なんだろう。

 真実は、どこにあるのだろう。

 時計を見て、そろそろ交代の時間だとヴィクトルに声をかける。

 ドア付きの四人部屋である一等室のチケットをとれたといっても、|フォルカフ・ブロ・ブロモル《青の民》の人々には、スヴァンテ・スヴァンベリは遭遇したことがないのだ。それに南部の不心得な人間が、北部に犯罪をしに行くことだってあるし、もっと言えば、ジェイニー・ロザリーかグロリア・ホルストが僕の命を狙ってくる可能性だって考えられなくもない。用心するに越したことはないのである。

 ベッドに横たわり、列車の揺れに身を任せる。心地よい列車の音を聞きながら、僕は闇に溶けていった。



  *  *  *



 青藍(せいらん)を出てから三日目の昼前頃、長い長いトンネルを抜けた。出発して一日経つか経たないかくらいの頃にトンネルに突入したので、丸一日以上、トンネルの中を走っていたことになる。

 目的地であるラピスラズリ採掘の中心都市〈北辺地(きたへじ)〉までは、あと二日。もう残り半分だ。

 窓の外を見れば、今は七月初旬の短い夏の盛りで、トンネルを抜けても雪は見えない。しかし、雪国ではあった。南部もヒ大陸やエコー大陸などと比べれば体感で二度くらいは低いのだが、北部はそれよりもさらに三度は気温が低いらしく、それが列車の中の温度にも影響を及ぼしていた。

 その気温差も、当然のことながら図書館やホテルのフロント係で調査済みのことであるからして、長袖などの暖かい服をきちんと準備していた。

 シャツと肌着の間に一枚追加し、改めて車窓から外を眺めると、見える範囲では人工物は見えない。下草の緑は見えるが、ところどころ青墨(あおずみ)色の石が顔を覗かせている。抜けるような青空の下、木も花も南部より更に背が低いものが多く、色もどこか控えめで、高原のような景色が広がっていた。

 この大陸縦貫鉄道が高原を走ることはほとんどないと聞いているから、北部ではこの景色が当たり前なのだと思い知らされる。この天国を思わせながらも、寂しい景色が当たり前なのだと。

 しかし、その感想も四日目の朝からは変わってきた。天国、と表現した部分は変わらない。寂しいと思ったのも変わらない。変わってきたのは、そこに極楽浄土を思わせる要素が加わったからだ。

 しばらく山も川も海も見えない草原のような、荒野のような場所を列車は走っていたのだが、やがて斜め前に大きな何かが入り込むようになった。

 それは花のように見えるが、花にしては大きすぎる。しかも、花というにしても、何となく花冠(かかん)のような形が見えるからそのように表現しただけで、山や丘と言っても通用する大きさだ。

 それにしたって、遠くに見えるそれはおかしい。形が揃い過ぎている。何と表現するのがいいだろう。巨大な青紫のアジサイがぽつりぽつりと見えると言えば適切だろうか。

 そう、形が揃っていてぽつりぽつりと見えるということは、それがいくつもあるということである。あのようなものは、生まれてこの方見たことがないが、だが、知識としては知っている。

 あれこそが僕たちが北部に来た理由、大琉璃花(おおるりばな)なのである。

 もっとも、大琉璃花(おおるりばな)には少しだけ種類があって、大きいものだけを大琉璃花(おおるりばな)と言い、そうでないもの、つまり小さいものは単に琉璃花(るりばな)と呼称しているのだそうだ。大琉璃花(おおるりばな)がどれかはまだ分からないが、それがたくさん見えてきた。カルラ・アンジェロヴァもこの光景はどうも落ち着かないようで、不安と期待が入り混じり、それでも不安の方が大きいような表情を浮かべている。

 カルラと言えば、青藍(せいらん)を出発するときに、髪型を変えている。以前は片方だけ編み込んだ前髪を後ろに流し、それを真っ白なリボンで後ろの髪の毛とまとめていたのだが、もはや編み込むことは面倒になったのか、それとも青藍(せいらん)で見かけた女性たちの髪型に影響されたのか、今は絹のようなブロンドの髪を、ルーズサイドテールにして左肩に乗せていた。もしかしたら、ミーネ・リンドベリと話をしたことで何か思うところがあったのかも知れない。今の彼女には〈東の聖女〉などという肩書はなんの意味もなく、弱々しくシクロを顕現できるだけの、どちらかと言えば普通の女性であるということも、少なからず影響していることだろう。つい先日、憎悪をもって僕を殺そうとした人間とは思えないほどに、今の彼女は普通で、平凡で、尋常で、人並みのか弱い女性なのだ。今までの自分を少し忘れるために髪型を変えた可能性だってある。

 でもそれは彼女の問題で、僕がどうにかできるようなことではない。ましてや、帝都の夜の一件があるから、僕は彼女を警戒もしているのだ。今はヴィクトル・エリクソンが抑止力となっているからいいようなものの、完全に二人きりになったとき、彼女はどうするのだろう。彼女――カルラ・アンジェロヴァの持ち物について詮索をしたことはないが、魔石を持ち歩いている可能性も否定できるものではない。

 だから、いざというとき、僕はきっと彼女を守れない。

 表面的には守るべき対象だと理解していながら、内心では隙を見せてはならないと思っているから。


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