5.2.11
「そのようにおっしゃられても、僕もそのようなことを言われたのはまったく初めてで、答えようもありません」
魂が七つある、などと言われたところで僕にはまったく身に覚えがないことで、先ほどの発言の通り、本当に答えようがない。魂が複数あるとしても、僕、須田半兵衛と元の体の持ち主であるスヴァンテ・スヴァンベリの二つではないのか。それよりも五つも多いとなると、僕としては困惑するしかないのである。
「あの……七つって七つですか?」
「うむ。七つじゃ」
そのような間の抜けた言葉しか出てこない。そうなった可能性として、考えられるものはあるのだが、それでも七つには足りない。七つ。七つとは何か。シェスト教の六柱の神々に僕の魂を加えれば七つにならないこともない。しかし、自分が神を内在しているなど、些か不遜ではないのか。もちろん、神に対する認識はヒトによって違ってもいいのがシェスト教である。基本的な形は存在するが、何をどう捉えてもいいという寛容でいい加減なところが許容されるのが、シェスト教であり、シェスト教の神々なのである。そうであるから、僕の中に六柱の神々が存在していると思い込んだところで、まったくお咎めなどないのもシェスト教の良いところなのである。
「七つ、むむ……」
いくらシェスト教が寛容だからといっても、やはり魂が七つあるのは多すぎるのではないだろうかと、頭を抱えたくもなる。しかし、いくら考えたところで結論など出せるはずもない。僕には魂が視えないのだから。もしかしたら魂は視えないが、魄は視えているかもしれない。いずれにせよ、何も分からないのが事実であった。
よって話題は変えなければならない。僕が何のために華那琉大陸にやってきたのかと言えば、それは世界の真実を知るためなのだ。
「猊下」
「うむ」
「魂のことを教えて頂きありがとうございます」
「うむ」
「ですが、私とカルラ・アンジェロヴァの調べものは、自分の魂とは関係ありません」
「ほう。であれば、なんなのじゃ?」
「この大陸で、世界の真実に触れることが出来るかも知れないと考えまして」
「なるほどのう。しかし、シェスト教もリヒト教も衆生の救済が第一の使命なのじゃろう? そのようなものは隠者かこちらの領分じゃろうに。特に東の聖女殿など、よく許可が降りたものじゃて」
「私との場合は、ウチテル様の指示で来ておりますので、問題はありませんわ。スヴァンベリ司祭は――」
途中でカルラが僕に視線を送るが、こちらも特にやましいことはない。
「長い休暇中ですから、僕も問題はありません」
「左様か。さて、真実のう」
「はい、真実です。猊下は何かご存知でしょうか」
十七歳で華那琉大陸最大宗教のトップにいる女の子は、口を尖らせて考える仕草をし、その立場に似つかわしくない表情に見えるが、思い返してみればカルラの表情も似たようなもので、巨大組織に揉まれているとはいえ、二人とも案外に自由に過ごしているのかも知れない。
「そもそも、ある種の真実というものは、自らが気が付かねば真実にはならぬじゃろう。他人から与えられた真実など、いつまで経っても真実にはならん。変な言い方をすれば、与えられた真実などというものは、本当の真実にはなり得ぬものじゃ」
ミーネ・リンドベリ猊下の表情が変わった。女の子の顔から指導者の顔になったというべきか。穏やかな表情には変わりないが、ほんの少しの目つきの違いで空気が引き締まった。
「ふむ、世界の真実か……そうじゃな。聖女殿と司祭殿に問うが、神とはなんであろう?」
神とは何か。
ヴィクトル・エリクソンに向かって、つい先ほどまで密室殺人がほとんど存在しないことを嘆いていた女の子とは、到底思えない質問である。
「万物の全てを司る全能の存在にございます」
「なるほど、リヒト教らしい考え方じゃ。司祭殿、シェスト教はどうじゃ?」
「神とは、目に見えぬ事象の流れがヒトの前に現れた存在です。事象の流れとは、太陽であり、月であり、星であり、海であり、大地であり、ヒトであり、酒であり、風でもあります。青華教ではいかに?」
「あらためて聞くと、シェスト教はこちらと近い捉え方をしておるのう。青華教ではの、リヒト教のように万物全てを司るということはないし、シェスト教のように流れとも違う。森羅万象の全てが神そのものであると説うておる」
僕はこの考え方を知っている。どこかで聞いたことがある。だから僕は驚かないし、否定的な感情も起こらない。
恐らくは、熱心ではないシェスト教信者のヴィクトルは、感心したように頷いている。
カルラはどうか。リヒト教は排他的として知られ、彼女が否定するのではないかと心配したが、どうもその気配はなく、静かにしている。そう言えば、彼女は割と柔軟な考え方をしていたなと、帝都大教会前でのやり取りを思い出した。
排他的といえば、青華教はどうなのだろうか。法主がこうして僕たちとお喋りに興じるのだから、排他的ではないのかも知れない。だが、だとしたら、どうしてこの地ではシェスト教もリヒト教も少ないのだろうという疑問にも当然行き着く。だからといって、この場はそのような質問をできる雰囲気ではないし、ミーネ・リンドベリ猊下からは別の問いかけを頂いたので、そちらに答えるのが得策である。
「さて、魂と肉体はなんとする?」
この問いに、先に答えたのは僕だった。
「肉体は魂の容れ物であって、死後、肉体は大地か海に帰ります。死後の肉体から抜け出した魂は、アイン神とナハト神によって、別の肉体へと移されます」
「ふむふむ、それも似ておるな。リヒト教ではどうじゃ?」
「リヒト教では、この様に教えております。ヒトの魂は、天にいるアイン様から零れ落ちたものが、地上の肉体に入り込んだものだと」
「それは興味深いのう。死んだ後はどうなるのじゃ?」
「生きているときの善悪の程度に応じ、善行を多くなしたものは再びアイン様の一部となる栄誉を賜ります。悪行を多くなしたものは行き場をなくし、永劫の闇の中をさまよい続けるのです」
「ふむ。神の一部となりたくば、善をなせと」
「ご賢察の通りです。ところで青華教ではどのように考えていらっしゃるのですか?」
「シェスト教とほぼ同じじゃな。肉体が滅すれば魂は宇宙を巡った後、再び新しい肉体に入ると。しかし、生きている間に善行を多く積んだものは、宇宙を巡る時間が短く、反対に悪行を多く積んだものは巡る時間が長くなると、そのような教えじゃな」
それから猊下は、緑茶に似たお茶を少し飲み、ティーカップを置いてから言った。
「さて、世界の真実はどこにあるじゃろうか?」
僕もカルラも答えられなかった。
すべてが真実で、同時にすべてが真実ではないのだと、きっと気付いてしまったから。




