5.2.6
「エリクソン警部補は、口は堅いですか?」
打ち合わせは、僕とヴィクトルが今夜の寝床とする部屋に移動して続く。
僕とヴィクトル・エリクソンはそれぞれベッドに腰掛け、最後、カルラ・アンジェロヴァが椅子に腰掛けるなり、そのように質問した。
「当然だ。捜査情報を部外者に漏らしたことはないな」
自信満々の表情で彼は答えたのだが、直後に少し顔を顰めて、慌てて訂正した。
「あ、もちろん、スヴァンテと聖女様は協力者だからな、例外だぞ? それから捜査に関係がないことまで報告を上げるつもりもない。安心してくれ」
これは捜査情報を漏らす可能性を考慮して、予防線を張ったのだろう。そもそも犯人を追うために僕についてきたのだから、いつかどこかで漏らしてしまうのは必然とも言える。だから、彼は僕とカルラに対して協力者という定義付けを行なったのだ。
上司から漏洩を追及されても「臨時の捜査協力者ですから問題ありません」などと言って、のらりくらりと躱すヴィクトルの姿が容易に想像できてしまい、少し顔が緩んでしまう。
しかし、カルラ・アンジェロヴァの顔はいたって真面目であり、真剣である。
僕をちらりと見た後に、ヴィクトルに約束させる。
「これからここで話すこと、行なわれること、見たことは、他言無用に願います。もっとも、あなたは理解できないでしょうけど」
カルラに気圧されでもしたのか、ヴィクトルは少し身震いして「うん」と短く返事をした。
彼女は今度は「さて」と言って、僕を真っ直ぐに見る。
「スヴァンベリ司祭。シクロを顕現して、私に見せて下さい」
その言葉に、一瞬ヴィクトルを見たが、そもそもホテル前での一件で見られているし、先ほどのカルラとの口約束もある。何より、彼女は彼女で何か考えがあって、わざわざ僕にシクロを出すように言っているのだ。ここは言う通りにするのが妥当だろう。
「廻れ、リィンカーネイション」
僕は二重の声を発した。
仄暗くダークグレイに輝く多角形がいくつも群れを成して空間に現れたかと思うと、それは見る間に拳銃と細剣を形作る。別に詠唱をしなくとも、ホテル前のように出せるのだが、声を出した方が確実なので、今回は詠唱を行なったのだ。
依頼したカルラは、この二つ一組のシクロを、上半身を動かして角度を変えながら、顎に手を当てて見ている。
「顕現させるときに、何か変わったことなどはありませんでしたか?」
「いや、特に」
「形はいつも通りですか?」
「以前、見せたときとほぼ同じで、いつも通りかな」
それを聞いたカルラは少し嫌そうな顔をしていたため、余計な一言だったかと思ったが、この後の話でそれは否定された。
「ありがとうございました。消して下さい」
「あ、うん。えーと……これで何を?」
「あなたのシクロはおかしいので、それの確認です」
「おかしい? 何がおかしいって言うんだい?」
そのようなシクロに関する会話を僕とカルラが続けている横で、ヴィクトルはうつらうつらし始めていて、どうも興味が無さそうな様子である。
「この大陸では、実はシクロは出せないのです」
「は?」
変な声が出てしまった。ヒ大陸で出せていたものが華那琉大陸では出せないというのは、どういうことだろうか。僕は出せるのに、シクロが出せないというのは、いったいどういうことなのだろうか。まったく理解に苦しむ話だ。
そしてそれは表情に出ていたらしく、あっさりとカルラに見抜かれてしまった。
「納得できないという顔をしていますね。自分では出せるのだから、それもしょうがないことでしょう。しかし、他の者は出せなくなってしまうのです」
「カルラ、君ももしかして出せないのか?」
「そうです……と言いたいところですが、私は何故か少しだけ使えます。今から顕現させますから、よく見ていてくださいね」
よく見ていてください、などと言われても、彼女のシクロは小さな闇と大きく眩い光を生み出すものではなかっただろうか。一瞬しまったと思ったが、そのときには彼女は既に詠唱を始めていた。
「照らせ、スヴェトロ・ア・スティヌ」
玲瓏な二重の声とともに、彼女の胸の辺りに光が現れる。
帝都大教会の一件のように、それはたちまちのうちに弾けるものだと思ったのだが、しかし、眩しいと感じたのは顕現した一瞬だけで、その光の強さも範囲も、あのときよりも随分と弱々しい。
「抑えているのか?」
「いいえ」
途端、目の前の事実、彼女の短い返答、そして神が違うことが僕の頭の中で結びつく。
そうであれば、僕のシクロはいったいどういうことだというのか。
シクロはイメージの力である。死をもたらすもののイメージを基にして構築される、物質具現化の能力であるとも言える。そしてケモノの魄を分散させ、解放し、持ち主の下へと還す能力でもある。
それが働かない。奉ずる神が違うから。
そんなことがあり得るのだろうか?
この世界の魂魄の理は、信じる神によって変わるということなのだろうか?
だが、それを確認する術を、僕たちヒトは持ちえない。或いは持っているヒトはいるのかも知れない。シクロや|プライモーディアル・ブレッシング《滅獣の理》のように、平凡な生き方を選択している限りでは知り得ないような技術が、まだまだこの世界に存在しているのだとしたら、その可能性はあるだろう。
でも、あるかどうかすら分からないそれを見つけることは、空の星や砂漠の砂を数えるよりも難しい。
「――てますか?」
どうやら自分の思考の世界に入り込んでしまっていたようだ。
光のシクロは消え失せ、代わりにカルラが不機嫌とも心配とも取れる表情で、僕の顔を覗き込んでいた。
「ああ、うん、大丈夫。聞いてた」
「私がつい先ほどなんと言っていたか答えられますか?」
「えっと、起きてますか? かな?」
「もう、全然聞いていないではないですか」
カルラの眉間のしわとへの字口を、この旅でいったい何度見ることになるのだろうか。端正な顔立ちだけに、何回見ても見慣れず、底知れぬ恐ろしさも感じる。
「エリクソン警部補も寝てしまったことですし、続きは明日の朝にしましょうと言ったのです」
そうして、かつて僕を殺そうとした聖女様は、普通の年頃の女性と変わらない不機嫌な顔と仕草で僕らの部屋を出ていく。
ヴィクトルの寝息と少しの後悔、そして少しの安堵が、彼女が出ていって冷えた部屋に残っていた。




