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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第5章 坐井観天 5.1 僕たちはいつだって、外に希望を求めている
197/209

5.1.2

 帝都の港を出てから六日後。

 僕の乗る船は途中、エコー大陸のデニズヨルなど、いくつかの大きな港に寄りながらジェカアレスに到着した。帝国の属領を簒奪(さんだつ)し続けているライトグレイス共和国の沖合も通過するが、こちらは民間の客船である。敵国の船と言えども、国際海洋条約によって守られており、攻撃を仕掛けてくることなどない。せいぜいが嫌がらせとして立ち入り検査をするくらいなものだそうだが、それも滅多にあることではなく、順調に進んだ結果である。

 こうしてジェカアレスに降り立つのは、何年ぶりだろうか。シュテファンだった僕を殺したデニスと、シェスト暦一五八〇年代後半に面会したとき以来で、そして今はシェスト暦一八九八年である。

 そうなると三百十年ぶりということになるのだが、それだけ経っていれば当時の面影が残っているのはメインストリートの痕跡くらいなもので、木の桟橋しかなかった港も、店舗や住宅と思われる建築物も、一様にコンクリートやレンガで固められているものである。

 殺意と後悔にまみれていた薄暗く簡素なデニスの家など、もう影も形も残っていないだろう。漁業と小麦で成り立っていたかつての牧歌的な村落は、もうすっかり近代的な港町に変わってしまったのだから。

 そこに寂しさはない。二百年、三百年の変化は、もう帝都で慣れてしまっている。

 慣れている。見慣れている。慣れすぎている。

 僕はいったいここで、この世界でもうどれほどの長い時間を過ごしているのだろうか。色々なことに慣れてしまったが、その度に、新しい出会いにも恵まれている気がする。今生で言えば、イビガ・フリーデであり、シクロの異能である。これは果たして偶然なのか、そうではなく、新しいものを生み出し続けるよう設計されている、人間という生き物であるがための必然なのか。

 下船の準備をしている最中からそんなことを益体もなく考えていたが、降りて町の様子を眺め終わったところで、次のことを考えなければ話は進まない。押し掛け女房のように強引に同行を決めた警部補殿などは、もう熱心に港の出入り口脇にある案内板を見ながら、メモを取っているではないか。

 デニスに招かれたときと違い、今は案内人などいない。地図を頭に入れるのが世界を知る大事な一歩だと、警部補殿の横に立って愛用のフェルトペンを手帳に走らせた。


「それでスヴァンベリ司祭、これからどうする予定なんです?」

「さて、どうしましょうか」


 元から予定を決めていない旅だ。あえて何か決めていることを挙げるなら、少年神との約束通りに魂が循環しない原因を調べること、リヒト教を調べることと、それからグロリア・ホルストやジェイニー・ロザリーと会えたらいいなと、それだけだ。

 だから、行き当たりばったりと言っても過言ではない僕は、ヴィクトル・エリクソンに聞いてみる。


「公安警察なら、こういうときはどうするんですか?」

「私たちがやることと言えば、地道に聞き込みをすることだけです。司祭様の旅の目的に沿うかどうかは分かりませんがね」


 警部補殿は両手を広げて肩を竦め、おどけたような笑みを作る。

 言われてみれば確かにその通りで、僕はヴィクトル・エリクソンと手分けして、というよりイビガ・フリーデに関わることが露見しないように別れ、各々の目的のために港町で聞き込みを始めた。

 なお、僕の旅装は当然のことながらシェスト教のローブや祭服ではなく、ましてやイビガ・フリーデの宵闇色のスーツでもない。麻の生成りのスラックスに上は白いワイシャツ、そして頭にはこれもまた麻の生成りのフェドラハットという出で立ちで、帽子をかぶっていない警部補殿とほぼ同じ服装。もう少し言えば、よくある成人男性の服装である。

 しかし、このスヴァンテ・スヴァンベリの顔に大きく刻まれた横一閃の傷痕だけはいかんともしがたい。せっかくのありふれた服装も、この大きな傷痕が視線を集めてしまうのでは効果が薄れてしまうのではないかと、多少は心配だった。心配だったが、敵の本拠地とも言えるような場所に、自ら進んで来てしまったものはしょうがない。自分でそうと決めてしまったものだから、尚更しかたがないものだ。

 すれ違う人々の視線を感じながら、石とレンガとコンクリートの街並みを歩き、カフェ或いは定食屋、酒場などで聞き込みを行なったのだが、どうもケモノに関すること以外の聞き込み能力をどこかに置いてきてしまったらしい。


「神聖リヒトの勢力は昔に比べてすごい広がってるんだ。我らがウチテル(教主)様の御威光は、東のサンファン湖周辺地域……あー、町の名前でいくと旧王都のドゥリビエやハレ大陸最東端の貿易港プレヌウエストまで及んでるんだよ。凄いだろ。ん? 南の方はどうなっているかって? あれだな、アシハラ共和国やハンドゥル自治領と合併したり、庇護を求める都市国家が多いみたいだが、ドリテ王国崩壊以降の混乱からまだまだ立ち直れていないみたいだな。もう百年も経ってるんだからそろそろとは思うんだが、魔物の対策が難しいみたいでな。兄さんも気を付けなよ、南部は魔物被害が酷いっていう噂だから。まあ、神聖リヒト圏内は安全だけどな」


 僕は結局、情報を引き出すために何を聞けばいいのか分かっていなかったのだ。聞き込みらしい聞き込みと言えば、グロリア・ホルストとジェイニー・ロザリーの顔写真を見せて、見覚えがないか尋ねたことくらいだった。もっとも、その返事はいずれも期待とは程遠いもので、「知らない」「分からない」「紹介してくれ」程度のものだった。

 もう何件目かも分からない店のドアを開けて外に出ては、灰青の空を見上げてため息をつく。あのときの空は何色だっただろうか。僕はあれから何をしていたんだろうか。今回の旅では何を探せば正解に辿り着けるのだろうか。そもそも正解なんてあるのだろうか。

 立ち止まると、ツンとしたニオイが鼻をつく。

 どうやら考え事をしているうちに、後ろ暗い路地に迷い込んでしまったようだ。

 慌てて日の当たる大通りに戻らなければと振り返ろうとしたその瞬間、視界が塞がれ後頭部に激痛が走った。

 薄れゆく意識の中で、オイレン・アウゲンが切れていたことを思い出して後悔する。

 そうして僕は、聞き覚えのあるハスキーな男の声を、まるで他人事(ひとごと)のように聞きながら意識を失った。


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