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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第5章 坐井観天 5.1 僕たちはいつだって、外に希望を求めている
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5.1.1 bottom of the sky

 今までこの世界をたくさん彷徨(さまよ)ったけど、本当はまだ何も知らないんじゃないかって、真っ青な空の下でそう思った。



  *  *  *



「あー、スヴァンテ・スヴァンベリ司祭。しばらくよろしく頼みます」


 視界一面に広がるのは銀色にさんざめく水面と、真っ青な空。そして、その境界を泳ぐ白い雲。

 巨大な煙突が白い蒸気を吐き出しては、盛んに歯車を回転させ、力強く海を進む。

 そこから視線を移し、潮風をたっぷり含んだウッドデッキの上に佇むは、くたびれたシャツとズボンを纏う無精ひげの四十代男性だった。


「メリットがあるとは思いませんが、ご自由にどうぞ、ヴィクトル・エリクソン警部補殿」


 そうなのだ。

 僕は今、帝都からいくつかの港を経由して、遠くハレ大陸は神聖リヒトの港町ジェカアレスに向かう船上にいるのだが、なぜか帝都公安警察のヴィクトル・エリクソン警部補が一緒にいる。帝都を出港するときは一人だったはずなのに、船内で「やあやあ」と気安く声を掛けられたかと思うと、説明らしい説明もせずに、同行を申し出てきたのである。

 説明はなかったが思い当たる節はあり、その上こちらは正直なところ当てのない旅で、多少なりとも話し相手が欲しかったことは否めない。否めないが、そこはやはり向こうは漏らしてはいけない秘密を多く抱える公安の警察官で、こちらも秘密が多い秘匿滅獣機関の構成員(ヴェヒター)であることを考えると、どうにも会話は少なくなるものだった。


「ところで、警部補殿はどうして僕の後をつけようと思ったんですか?」

「んあ? ……まあ、大したことじゃあありませんがね、とある事件の犯人を追っているんです。名前は明かせませんがね」

「これから行くジェカアレスか、神聖リヒトの他の町に行けば犯人に会えると?」

「大体そんなところですな。それにほら、あんたと一緒にいれば何かと退屈しなさそうだ」

「それはどうも」


 と、こんな具合である。

 対して、僕がなぜわざわざ神聖リヒトの勢力圏であるジェカアレスに向かっているのかと言えば、色々と目的はあるのだが、一つはリヒト教の秘密を探ること。リヒト教の秘密を探ると言っても、実を言うと何を探りたいのかは決めていない。魔石と魔物、それからケモノについて、夢のような魔物の記憶で見たことの確証を得たいのかも知れない。はたまた少年神の言う魂が回らない理由に関わる何かを、かの教団は掴んでいるのかも知れない。

 もう一つ言えば、同僚のギュンター・アルデンホフを殺害し、エリーヌ・ルブランに大怪我を負わしめたジェイニー・ロザリーに復讐をしたいのかも知れない。

 知れない、知れない、知れないなどと仮定の話ばかりだが、現状ではほとんど何も分からないと言っていいし、どうしたらいいのかもよく分かっていないのだ。警部補殿と同様、限られた知識の中で仮定の話で動くしかない。


「その犯人とやらがハレ大陸ではなく、帝国の属国やライトグレイス共和国に逃げ込んだ可能性はないですか?」


 少なくとも、僕はジェイニー・ロザリーがまだヒ大陸にいるとは思っていない。ヒ大陸にいるとは思っていないのだが、それではどこにいるのかと問われれば、それはまったく分からない。ジェイニー・ロザリーへの復讐は、僕の中で優先順位が高くないからだろう。周りの人間が死んでいくことに、すっかり慣れてしまったと言うべきか、もう諦めてしまったと言うべきか。


「可能性はもちろんありますな。他の捜査員はヒ大陸と、少数はエコー大陸も当たってはいますが、だけど、俺はハレ大陸まで逃げたと思ってるんでね」

「それは何故ですか?」

「勘、ですな」

「勘、ですか」

「そう、勘ですな。長年こういう仕事をやっていると分かるんですよ、なんとなく。司祭様も相談に来る信徒たちの表情を見ただけで、なんとなく相談内容が分かるときがあるんじゃないですか?」

「ふむ、それは確かにありますね」

「そうでしょう」


 もちろん嘘だ。話を合わせておいた方がいいと思って咄嗟に嘘をついた。飄々として老練な雰囲気を漂わせるこの警部補殿に、いったいどこまで通用しているか分からないが、向こうも真面目な会話をしているつもりはないだろう。あくまでも他愛もない雑談だ。時間を埋めるだけの。


「ところで、どうして司祭様は神聖リヒトなんか目指してるので? いやあ、別に変な意味じゃないですよ。ただ、神聖リヒトは何せシェスト教と仲が悪いリヒト教の総本山ですからね、シェスト教の司祭様が向かうからには、何か教会から特別な使命でも与えられてたりするのかなとね、思ってしまったもんですから」

「使命など、与えられてはいませんよ。ただ、なんて言ったらいいのでしょうか。一つは先日の一夜の争乱の後、世界を見て回らなければならないのではないかと思ったこと。もう一つは、あの夜以降、行方不明になった同僚がおりまして、旅の途中で見つけられれば良いなと、こう思っただけです」

「ほう、なるほど。世界を知ることはいいですな。行方不明になった同僚というのは……ひょっとして、グロリア・ホルストとジェイニー・ロザリーのお二人のことでしょうかね?」

「……ああ、そう言えば二人とも捜索願が出されていたんでしたっけ」

「そうですね。一応、内緒の話ではあるんですが、あの夜以降に行方知れずになった人間は調査するようにと、公安内部ではお触れが出ているんですよ」

「そうでしたか」


 捜索願も嘘だ。帝都大聖堂は二人の捜索願を出していない。

 グロリア・ホルストについては残された夫が出しているかもしれないが、ジェイニー・ロザリーは天涯孤独の身の上である。少なくとも書類上は、の話であるが。であるからして、シェスト教会が捜索願を出さなければ、他に誰が出すというのか。附属の寮で暮らしていた彼女に、教会関係者以外で家族同然の人物がいたとは思えない。

 ヴィクトル・エリクソン警部補の狙いは、恐らく彼女で間違いないだろう。

 それについては元同僚として、そして自分が追うべき仇敵として思うところがないわけでもないが、彼女を探す仲間が増えたとも言える。利用できるものは利用させてもらおう。だが、警察官の見ている目の前で、戦闘を仕掛けて殺害するというのは外国であっても通常は犯罪であり、そうなれば帝都の警察官であるヴィクトル・エリクソンも、現地の警察の取り調べを受けるはめになって、体面を潰しかねない。そうなると、二人の仇を討つと言っても、ヴィクトル・エリクソンがついてきてしまった以上、そこは捜査に協力する形で締めくくるのが妥当だろう。或いは、これがヴィクトル・エリクソン警部補のやり方で、僕はまんまと乗せられたにすぎないのかもしれない。

 蒸気を吐き出す船は、巨大な水車を動かして紺青の海を進む。

 事件なんて何も起こらないんじゃないかと思わせながら。


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