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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第4章 昏天黒地 4.4 消し炭
195/209

4.4.10 after rain.

 昏い雨の匂いがした。

 激しい雨の音がした。


 オイレン・アウゲンで俺の背後に映るのは、弱々しく揺れる白炎――グロリア・ホルストと、その手から伸びる一本の蔦だった。


「なぜだ! なぜ俺の邪魔をする!」


 振り向けないがために大きな声を出し、蔦を振りほどこうともがく。


「六柱の神々はこのように言っています」


 答えるその声は、どうしようもなく冷たく、美しい。


「あなたがこれ以上黒靄に蝕まれることを望まないと」


 けれど、もがけばもがくほど、棘はいっそう刺さり、体が痛む。


「あなたは神々の警告を無視しました。これは神罰です」


 ああ、神というものはどうしてこんなに迂遠なものなのか。


「なぜ、俺を殺した!」

「それも神の御心に従ったまでのこと。私のような凡俗には、その真意は測りかねます。さて、スヴァンテ・スヴァンベリさん。或いは、その紛い物さん。覚悟はよろしいですか?」

「覚悟などするものか! 俺は生きて復讐を果たすんだ!」

「咲け、スノウ・クリーパー」


 荘厳な二重の声が響くと同時、蔦には次々と白く小さな花が咲いた。

 それは儚くて愛らしくて美しくて可憐で、どこまでも冷たい花だった。

 体が冷える。

 体にきつく巻きついた蔦を振りほどこうともがく。

 体をやたらめったらに動かして暴れる。


「死ぬのはいやだ! 僕は死にたくない! 死ぬのはもううんざりだ!」


 グロリア・ホルストは、いったいどんな顔で僕を見ているのだろう。

 体からどんどん熱が奪われていく。

 僕は右の手首を動かして腰ポーチの魔石をどうにか掴み、叫んだ。

 何を掴んだのか、いくつ掴んだのかはどうでも良かった。

 頭に浮かんだ言葉を、そのまま叫んだ。


「燃やせ! リィンカーネイション!」


 僕の体を、一瞬シクロの炎が包み込む。

 あれほどきつく絡まっていた氷の蔦が、逃げてゆく。

 僕の体は燃えていない。恐らく火傷もない。

 そして右手には、すっかり焼け焦げ、しかし、未だ内部が赤黒く燻ぶる一本の長剣が握られていた。

 外からは、大砲の音と火事だと叫ぶ声が聞こえてくる。

 グロリアに向き直り、一つ、深呼吸をする。

 彼女の足元には冷たい蔦が這い、白い霧を漂わせていた。


「そう、あなたは神に背くというのね」


 そのヘーゼルの瞳は、意外にも少しの水を湛えている。

 彼女の言う神様とはいったいなんであろうか。

 確かに僕の体験と符合するところはある。

 しかし、僕の知る、願われる神様とは一致しない。俺が知る、祈りを捧げられるだけで何もしない神様とも一致しない。

 僕は消し炭の剣を下から上に振り上げた。

 炎が床を這い、蔦が怯える。

 彼女は目を伏せ、眉をしかめ、困惑を顔に浮かべる。


「咲き誇れ、スノウ・クリーパー」


 蔦がまた冷たい花を咲かせる。まるで花畑のように一面に咲かせる。

 いつの間に回り込んだのか、僕の足元にもそれはあり、辺りに冷気の霧が漂う。

 けれど、それにどれほどの意味があるだろう。

 右手の剣を再度、振り上げる。

 炎が走り、花が消え、蔦が逃げていく。


「ブリッツ」


 だから彼女にはもうそれしか選択肢が残されていなかった。

 蔦が雪白の多面体にほろほろと崩れ、一瞬の閃光を放つ。

 僕の目は三度(みたび)、盛大に眩み、オイレン・アウゲンの中で彼女が遠ざかっていく。

 目を開けた頃には彼女の姿はなく、ただ、朝陽に照らされたステンドグラスが、僕の目を惹きつけてやまなかった。



 *  *  *



 空はどこまでも青く、波は銀色にさんざめく。


 あの夜から一週間が経った。

 もう、一週間が経った。

 まだ、一週間しか経っていなかった。

 帝都を海から急襲した共和国軍は、帝国の陸軍と海軍の粘り強い守備に撃退させられたが、港湾部の被害は甚大で、復旧にはかなりの時間がかかるだろうと、インペリアルプレスが一面で報じていた。

 同日付の新聞の片隅で、急襲した軍の中にビュークホルカ共和国軍は混ざっていなかったこと、リヒト教の帝都大教会が大幅に規模を縮小することなども報じられていたが、それを気に留めるヒトはどれくらいいたことだろう。


 グロリア・ホルストはあの日以来、行方不明になっている。彼女の夫に聞いてみても、まったく分からず、()の善良な一般市民は泣き出しそうな面持ちだった。

 カルラ・アンジェロヴァ、グレアム・グッドゲーム、ジェイニー・ロザリーもまた、行方をくらましていた。

 その辺りの後片付けは、ウェズリー・クライトン支部長、アイザック・ニールとエリーヌ・ルブラン、そしてエレン・シャーヒン司教がうまくやってくれるに違いない。

 スヴァンテ・スヴァンベリの意識はもうすっかりと沈み込み、表に出てくることもなくなった。

 だから僕は長期の休暇を貰い、今こうしてハレ大陸北部最大の港湾都市ジェカアレス行きの船上にいるのだ。


 僕は今でも少年神の願いに囚われている。

 彼が言った、魂が回らない原因を調べている。

 還魄器(シクロ)と魔石、そしてケモノがそれに関係していると信じて。



 ――第4章 昏天黒地 完――


   第5章に続く


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