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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第4章 昏天黒地 4.4 消し炭
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4.4.3 手遅れ

「じゃ、そういうことでよろしく頼む。……そうそう俺のケモノのコードネームはストレンジャーに決めたからな。他のメンバーにも出現の話だけはしておくが、あいつの話をするときはコードネームを使ってくれよ」


 そうして僕とエリーヌさんは、夜の第三区画で〝ストレンジャー〟を探すこととなった。

 支部長の体から出たのだから、第二区画との境目近辺からそれほど動いていないはずなのだが、しかし、いくら歩き回っても、どうにも見つけることが叶わない。

 そして、そのような行動は中身はともかくとして、帝都公安警察の警戒心を煽ることとなり、第三区画はどこを視ても黒靄があるような状況となってしまった。

 ストレンジャーもこの黒靄のいずれかなのだろうが、あいにくとケモノになってくれるまでは分からず、僕とエリーヌさんは無為に彷徨う日々を過ごした。

 それでも、まったく当てがないわけではない。

 まずもって、ケモノの習性を鑑みれば、区境付近からそう遠くない場所に現れるだろうし、支部長のそのときの存念からしてみれば、ヴィエチニィ・クリッドの構成員への襲撃を考えるはずである。そして、ヴィエチニィ・クリッドの拠点がある第三区画にも、ヴェヒターではない浄眼の協力者がいる。

 彼らから寄せられた目撃情報は、ジェイニー・ロザリーが取りまとめ、帝都支部内で共有される手はずになっていたのだが――


「遅かったか……」

「みたいですね」


 今夜もストレンジャーはいなかった。

 共有された情報をもとに、いち早く第三区画内の目撃地点とその周辺を探ったのだが、第三区画は相変わらず黒靄だらけのくせに、ケモノの気配はない。

 既にヴィエチニィ・クリッドが確保した可能性も頭に浮かんだが、何度ももたらされた情報の中にそのようなものはなく、やはりいつも通りに僕たちが一歩遅かったと考えるのが妥当なところだと、すぐにその可能性を否定した。


 だが、それはそれ、これはこれ、である。

 僕の頭には、ある疑念が育ちつつあった。

 一つは、クライトン支部長の思念に関係なく、ストレンジャーはやはりどこまでもケモノとして、勝手気ままに黒靄化とケモノ化をくり返していて、甚だ見つけにくい状態になっているのではないか。これなら、目撃情報が第三区画の東部どころか、第二区画の西部と北西部、第五区画の南部までと、広範に亘っていることに説明がつく。だがそれでは、見つけられない間にも、何度か聴取に訪れたヴィクトル・エリクソン警部補の、「また第三区画でリヒト教の関係者が切りつけられましてね」という前置きと整合しない。第二区画や第五区画でも被害者が出ていないとおかしいはずなのだ。


 一つは、目撃情報が間違っている。今までも、そういうことはあった。単なる見間違いというやつだ。だが、一つの事案に対してここまで続くとなると、恐らくこれではない。否。これだけではないというべきか。

 そもそも協力者が誰なのかはヴェヒターには開示されないケースが多く、確認のしようがない。


 最後の一つは、ジェイニー・ロザリーの情報分析に問題がある。根拠はない。ただ、なんとなくそう思っている。誰にだって、得手不得手はあるもので、ジェイニー・ロザリーには荷が重い仕事だったのかも知れない。

 そして、僕が愚痴のようにエリーヌさんに零すと、エリーヌさんは最も強くこれを疑っていたことが判明した。

 そんなことだから、エリーヌさんはジェイニーに言ってしまったのだ。


「おい、ジェイニー。今回も不発だったぞ。情報の集め方や分析の仕方に問題がないか再検討してくれ。これではいつまで経っても、ストレンジャーを滅するどころか見つけることもできない」


 その声色は、内容に反して至って平静だったが、それでもぶつけられた当人からすれば耐えがたいものだったらしく、薄っすらと涙を浮かべているようにも見えた。

 だが、エリーヌさんは深くため息をついて首を横に振る。


「ジェイニー・ロザリー、返事は?」

「私、悔しいです。悔しくて悔しくてたまりません。だから、次回の捜索についていっていいですか?」

「ダメだ。浄眼も持っていないお前がいたところで何の役にも立たないし、被害者が増えるだけの結果になるかも知れん」

「いいえ、行きます。行って何が悪かったのか確かめるんです。行かせてください」

「ダメだ。来るな」


 ジェイニーは無言でエリーヌさんと僕を交互に見たが、そのときはそれきり何も言わずに終わり、彼女はもうすっかりと諦めたものかと思っていた。


「さあ、一緒に探しましょうか」


 だから数日後に、目撃情報があった第五区画に彼女が現れたときは大層驚いたものだった。



 *  *  *



 今回の目撃地点は第五区画と第三区画を繋ぐ太い幹線道路の、その区画の境にあるビル群の一角にあった。それを見ては、そう言えばビルの上を彷徨われたら、オイレン・アウゲンの上部にも気を配っていないと捉えられないだろうなと思うのだが、今回、ジェイニー・ロザリーから渡された紙の資料では、ビルとビルの隙間にある路地に、ストレンジャーが入っていくのが目撃されたのだという。

 ひとまずは現場を確認するかと、まるで霧のように蒸気が立ち込める夜の第五区画を歩いていたのだが、現場付近に差し掛かったところで、何やら水蒸気の中に黒い影が見えた。オイレン・アウゲンの副次効果で夜目が効くとはいっても、霧の中まで見通せるわけでもなく、もしやオフチャクかとエリーヌさんと二人で身構えたが、じりじりと近寄ったところで、それがジェイニー・ロザリーだと判明したのだった。

 その服装は教会の地味なローブではなく、いつか見たストライプが入った簡素なブラウスとコルセットスカート、それにケープという格好である。以前と違うところといえば、焦げ茶の手袋を着けていることくらいだろうか。

 僕とエリーヌさんが彼女から情報を受け取り、着替えてから出かけるまでに少し時間があったとはいえ、彼女も着替えてこうして待ち伏せていたと思うと、その手際の良さには感心すら覚える。

 しかし、いくら彼女の顔が意気軒昂そのものと言っても、彼女は〝視えない者〟であり、情報が正しければ、ここはもう敵地なのであるから、危険極まりない無謀な行動ともいえた。

 そもそも彼女が捜索についてきて何をするのかも分からない。

 そうしてエリーヌさんが、また一つ、大きなため息を吐いた。オイレン・アウゲンにケモノの影はない。


「スヴァン、お前が先頭だ。ジェイニーはスヴァンの後ろ、最後尾は私がもつ」


 こんなことを言って同行を認めるほどには、エリーヌさんも安全だと思っていたに違いない。


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