4.2.2 魔石
ハンター協会が魔物の駆除を行なっているということは、当然、その体内から魔石を取り出してもいるのだろう。セルハンら北部氏族の軍は、エコー大陸で魔物が全く発生していなかったため、わざわざハレ大陸から輸入していた。
だが、帝国では領内に魔物がいる。
果たしてどれくらいの魔物が存在しているのかは、聞いてみなければ分からないが、ハンターの仕事になるのだから、相当数いると考えてよいだろう。
つまり、魔石を触媒とした魔法を使うのに充分な量を確保できる可能性がある、ということである。
魔石を魔法の触媒とする場合、シクロやPBと異なり、急に使用できなくなることがあるのだ。しかも、回数、規模、時間などに一切関係なく、突然、その色を失う。それだけに、魔法を行使したい場合にはある程度の数を揃える必要があった。
もしかしたら、ハンター協会から購入することもできるかもしれない。
しかし、魔石の確保については一つ問題があった。
現在の帝国、ことに帝都の街灯、仕掛け看板、自動車、建設重機、はたまたエレベーターなどは、魔石を燃料として動いているのである。
魔石が本格的に燃料として利用され始めたのは、スヴァンテの記憶によればおよそ百年前に遡る。
今から二百年ほど前、帝国でもハレ大陸と同じように魔物が跋扈し始め、当然のように危険な生物として駆除が行われ始めた。そして解体の際に体内から出てくる拳大の魔石は、まるで研磨加工済みの水晶のように美しいと、宝石の如く売買が行なわれた。
やがて、火に燃べると薪が長く燃えるようになることを、一人の木こりが発見し、木炭と共に、限定的ではあるが蒸気機関の燃料に使われていた時期もある。
更に時は流れて今から百年前のこと。とある自称・錬金術師により、水を主とした特定の溶液に浸すことで、火を燃やすまでもなく、発光しながら高温の水蒸気を発生させられることを突き止め、発表した。これに、小型の動力機関を欲していた機械メーカーと、帝都内に多数あるガス灯のガス代に悩まされていた帝都整備局が真っ先に食いつき、今日のように至る所で水蒸気が漏れ出ている、文字通り霧の都が出来上がったというわけだ。
そうとなれば、魔石の確保には帝都整備局と、特定の民間企業に魔石を卸している燃料供給公社という、実に強力な敵が立ちはだかっているのだが、さて、これにどうすれば勝てるのか。
いや、そもそもハンター協会や燃料供給公社が個人に魔石を売ってくれるかどうかも調べていなかった。
まずは、そこからだ。
……違うな。
まずは、クライトン支部長に相談だ。
魔石を手に入れたとて、それをどこで試すのか。
だいたい、魔物を狩らなければ魔石が手に入らないとなった場合、何日間かヴェヒターとしての任務も休むことになる。
そうなると、上には事前に話を通しておくのが良いだろう。上、と言っても、イビガ・フリーデ帝都支部の組織は極めてフラットだ。先輩後輩、または実力による行動原理はあるものの、正式な指揮命令系統ではトップと我々の間にしか上下関係は存在しない。だから、支部長に話が通ればどうにでもなる。
「支部長、相談したいことがあります」
「――ほーん。なるほど、魔石の魔法ねえ。エコー大陸のビュークホルカ共和国軍じゃあ、盛んに使ってるっていうが、他の国じゃさっぱりだもんなあ。だけど、ヴェヒターの任務にそれがどう関わってくるっていうんだ?」
「まずはアレが僕にも使えるかどうか、使えるのならケモノに有効かどうかを調べたいと、そのように考えています」
「お前が白渡りならそっちの知識も持っているってわけか。ふむぅ」
支部長は右手で顎をさすって少し考えている風だったが、やがておもちゃを与えられた子供のような顔で口を開いた。
「うん、面白いな、面白い。よっし、やってみろ。実験には俺も立ち会うぞ、面白そうだからな。あとはなんだ、あれだな、あれ、あれだよあれ。実験の計画やら何やらを紙にまとめてすぐに出せ。分かったな?」
これで魔石実験はイビガ・フリーデ帝都支部の正式な任務になった。正確には、計画書が認められるまでは仮の話ではあるが、どうでも良い事である。支部長のあの顔なら、確実性がない計画でも通るに違いない。
その後は特に躓くこともなく、話が進んでいった。支部長は計画書にろくすっぽ目も通さずに承認してくれたし、ハンター協会に魔石のことを聞けば、ハンター協会でも燃料供給公社でも一般には販売していないことも教えてくれた。では、一般人が魔石を手にするにはどうすれば良いのかと、これもハンター協会に聞いたところ、宝石商から買うか、協会に登録して魔物を狩りに行けばいいと、親切にも教えてくれたのだ。もちろん、ずぶの素人がやれるものならやってみろと、そういうことだったのかも知れないが、ともかく僕はその場で書類を書き、幾ばくかの金銭を支払ってハンター協会の会員になった。
「それでおっちゃん、どこに行けば魔物を狩れる?」
「待ちなよ、若いの。今日登録したばかりでライフルは持っているのかい?」
すっかり失念していたが、狩猟と言えば猟銃である。だが、僕の記憶でも、スヴァンテの記憶でも猟銃を所持したことはない。
「もしかして、持ってないのかい? それならうちがあっせんしてるバランスがいい猟銃があるんだけどね」
僕が腕組みをして難しい顔をしたものだから、猟銃を持っていないことをすぐに見抜かれてしまったようだ。
色々と数字が書かれているチラシを、鼻の赤い老爺に見せられたが、銃に詳しくない僕が分かるはずもなく、代わりに思い出したのは、傭兵スヴァンが魔物を狩っていた頃の記憶である。
あの時代の猟銃は銃弾の軌道が不安定で、所有している猟師は多かったものの、傭兵スヴァンは終ぞ猟銃を使う猟をすることなく、その生涯を閉じた。猟銃がなければ何を使っていたのかと言えば、基本的に盾とそして細剣、ハルバードなどを用いて、どうにか接近戦で仕留めたものだった。
そこへいくと、今の僕はどうだろう。
今の時代の猟銃と比べた威力はどうか知らないが、拳銃がある。そしてスモールソードがある。
充分ではないだろうか。
記憶の中のように、罠などで有利な状況を作り、首に剣を突き立てれば、狩れるのではないだろうか。
「あ、いえ、大丈夫です。あります」
当然、嘘なのだが、完全に嘘かというとそうでもない。シェスト教の聖職者であっても許される範囲だ。リヒト教なら懺悔が必要なところだが、シェスト教にはそんなルールはない。よって、総合的に問題ない。
「そうか。じゃあ、壊れたら買ってくれよ? 俺に少し奨励金が出るんだ」
老爺はだらしなく笑い、その後で帝都東の森に広がる御狩場の周りがいいと教えてくれた。
そうして僕はヴェヒターの任務の合間や休日に、せっせと魔物を狩り、およそ五十個の魔石を手に入れることに成功した。
久し振りに見た真ん丸の魔石は、大きなビー玉のようで、それを眺める僕も、やはり子供のような顔になっていたに違いない。




