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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第4章 昏天黒地 4.0 スヴァンテ・スヴァンベリ
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4.0.4 プライモーディアル・ブレッシング

「お前、オイレン・アウゲンは展開しているか?」


 つい今しがたシクロの顕現に成功したばかりだというのに、エリーヌさんは実に生真面目な顔で聞いてきた。

 オイレン・アウゲンのことも、当然スヴァンテの記憶で知っている。それは、彼らイビガ・フリーデがプライモーディアル・ブレッシング、省略してPBと呼んでいるいくつかの魔法のうちの一つで、ヒトの敵であるケモノを感知することなどができるものだ。セルハンが運用していた、魔石を触媒にして行使する魔法とは別の体系であり、代償も必要ない。

 そもそもイビガ・フリーデに誘われるような特異体質の者でなければ、使うこともできないのだという。魔法そのものが現代に生きた僕からしてみれば不思議な現象ではあるのだが、魔石によるものを見慣れた今となっても、触媒も代償も必要ない奇跡のような魔法には驚きを禁じ得ない。僕にとっては、それだけ未知で不可思議な異能だった。いずれこの奇跡も最適化され、記憶に溶けるのだろうが。


「試してはいるのですが、どうも感覚を忘れてしまったようで」

「入隊時の訓練で説明したことは覚えているか?」

「はい」


 訓練場の中央付近でシクロを顕現させたまま、僕は答えた。

 スヴァンテの記憶を辿れば、イビガ・フリーデに入りたての頃は、先輩たちが持ち回りで、それも厳しくシクロやPBについて教えてくれたものだった。彼女ももちろんその中にいたのだが、言葉はやはり少なかった。


「自分の周りに薄い膜をイメージして、それを泡のように膨らませろと。そしてそれを常に維持できるようにしろと」


 エリーヌさんは小さく頷き、表情を変えずに「やってみろ」とだけ言う。

 口だけなら何とでも言える。実際、僕だって何度か試してみてはいるのだ。その上で出来ないのだ。スヴァンテに出来て、なぜ自分にはできないのか。

 立ち上がり、首と肩を回した後に深く息を吸い、ゆっくりと、長く吐く。

 自分の周りに半透明の薄い膜があることをイメージする。

 更にそのイメージを、シャボン玉のように少しずつ膨らませていく。


 けれど、結果は同じだった。

 スヴァンテのように、空間上に黒い靄あるいは輪郭のぼやけたケモノの姿が感じとれるようなことはなかった。


「お前は無心になれていないようだ。まずは無心になって自分を感じろ。その次にその自分を維持したまま広げてみるがいい」


 僕は声だけは立派に返事をして、無心を試みる。

 無心には、どのようにしたらなれるものだろうか。無心になれと、念じることでは実現できない。ずぶんと、沈み込むことによって得られるものだ。或いは、目の前のことに惑うことなく専心し、夢中の最中(さなか)に得られるものだったと思う。

 ここで僕がとり得るのは、前者である。

 まずはシクロのイメージの一切を止め、訓練場の床に大の字になった。

 エリーヌさんが眼を見開いて驚いていたような気がするが、些細なことだ。

 次に瞼を半分降ろし、光の刺激も半分にする。

 息を深く吸って体の隅々にまで行き渡らせ、そして長く、細く息を吐く。その呼吸を繰り返していると、やがて自分の体がどこまでも沈み込み、まるで自分が自分でないような、床と一体化したかのような不思議な感覚に包まれるのだ。

 その中で、僕は己を覚知した。燃え盛る白い炎を己の内に感じた。違う。感じたのではない。客観的に見えるのだ。僕は変わらず床にいるのに、白い炎を中心とした空間を頭の中で構築し、()ている。

 床や壁のないただただ色がない空間に、黒い靄が浮遊している。

 そうだ、これだ。スヴァンテが視ていたのは、正しくこれだったのだ。

 黒い靄は多くの場合ヒトであり、ヒトが誰しも持っているネガティブな感情の表出でもある、とイビガ・フリーデでは伝えられている。

 では黒靄(こくあい)がヒトでないことはあるのかといえば、それが当然のようにある。ヒトが抱える黒靄は、何の影響によるものか、本体からはぐれてしまうことがある。或いは、どうしようもないほどに膨れ上がり、そのまま宿主であるヒトをケモノにしてしまうことがあるのだ。もっとも、後者についてはイビガ・フリーデでも僅かに二例だけしか記録していない、非常に珍しい現象ではあるのだが。

 ところで、ヒトからはぐれた黒靄はどうなるのだろうか。

 これが実に面白いもので、多くはそのまま消滅し、若しくは別のヒトへと吸収される。だが、中には消滅も吸収もされず、他の彷徨える黒靄と混合するものが出てくる。

 つまり、これがケモノになる。


 さて、現在僕の意識に存在しているこの無色の空間には、当然だがケモノの姿はない。

 範囲がとても狭いからだ。

 恐らく十メートルに満たないくらいの球状空間には、僕の白炎(びゃくえん)とエリーヌさんの黒靄、それと少し離れたところの黒靄くらいしか映らない。一人前のヴェヒターは、これを常に半径三百メートルの範囲で展開しているし、スヴァンテもそうだった。

 であれば、やることは一つ。なぜか境界を認識できるこれを拡張するだけだ。

 考えなくたっていい。泡のように膨らませろという、その意味が今なら分かる。

 自分を無にして、感情を殺して、けれど内側から自分を押し広げるのだ。割れないようにゆっくりと。そうすればこれは応えてくれる。

 エリーヌさん、僕はやりましたよ。

 ああ、声に出さなければ。


「エリーヌさん、出来ました」


 満面の笑顔で言ったその途端、無色の空間は僕の意識から消えた。


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