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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第3章 鏡の向こうの花、水面に映ゆる月

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第148話 円環の町②

 投石器(カタパルト)腕木(アーム)の唸り声がひっきりなしに聞こえる。

 どんどんと大きな石を飛ばす。どんどんどんどん、ドスンドスンと石を飛ばす。たまに短く加工された木材も飛ばす。

 その唸りは大砲の音よりも遥かに多い。

 だが、どれだけ沢山飛ばしても、砦に届く石は全くなかった。寧ろ、飛ばした石は、どんどん砦の手前に積まれてゆく。

 だから、砦に立て籠もる兵士たちは、カタパルトの存在が次第にどうでも良くなっていた。


 ある日ついに、ソルマ軍の大砲が砦の壁に大きな穴を空けた。当然、砦の兵士たちは補修を急いだ。撃ち合いは依然として続いていて、そうそう近寄ってはこられないだろうと彼らは思っていた。

 けれどそれは、その日の深夜に否定されることとなった。

 突如として、大勢の黒ずくめの兵士たちが穴から侵入したのだ。守備兵とて、決して見張りを怠っていたわけではない。あちこちに降り積もった大きな石や木材を利用して、ソルマの兵士たちが巧妙に身を隠して移動したのだ。

 300にも満たない王都警護隊(デミルカルカン)たちは、それでもいったんは立て直しはしたものの、どれだけ砦の壁が頑強であろうとも、内部に入られてしまえば、あとは数の問題である。彼らが精鋭であってもそれは例外ではなく、次々と討ち取られ、空が白み始める頃には壊滅状態となっていた。


 残るは西砦だが、こちらもドロナイ大丘陵の南西部を源流とするコムロディプという名前の川の、橋を渡ったすぐ先に構えられた、交通でも防衛でも重要な場所だった。ビルゲ・ギョゼトリジュが占領するまでは、ユズクのどの方角にも無粋な砦などなかったものだが、ギョゼトリジュ家かカシシュ家か、いずれにしても嫌な位置に砦を構えたものだと、タルカン・ショバリエは苦虫を噛み潰していた。

 だが、タルカン・ショバリエの領するアイナは海と川に面した港町である。正面からでは落とせないと判断したショバリエ軍が、もっとも川幅の狭い場所を選び、架橋のための訓練も行っている工作部隊に命じれば、臨時のものとはいえ、3日と経たずに橋を架け終えた。

 そうして夜陰に紛れて軍の半分を迂回させ、西砦の後ろに回り込ませたならば、途端に立て籠もる将兵たちの統率は乱れ始めた。

 だからといって、砦の壁に穴が空いたわけでもなく、ただいずれかの方向が手薄になっただけのことではあるのだが、この効果は絶大で、何回かの攻勢の後に砦の頑丈な扉を破ってなだれこみ、大きな被害を出しながらも降伏させることに成功したのだった。


 これが、北部勢力がアルテンジュ側南部勢力に伝令を送ったあとの、5日間の出来事だった。

 じきに東砦で開催された臨時の会合では、キズミット・ソルマ、カシム、ベルカントはようやく念願のユズク攻めかと胸を躍らせていたのだが、それ以外の面々はどうも乗り気ではないような表情に見えた。


「お主らはユズクを奪還したくはないのかえ?」


 簡単な挨拶の後、まだ何も話し始めていないというのに、キズミットが苛立ったように口にする。それは、会合を取り仕切るセルハンに加え、タルカン・ショバリエ、最も待望していると思われていたアルテンジュに向けられたものだった。


「ソルマ殿、これはユズク奪還のための会合ですよ。奪還したくない者など、ここにはおりませんとも」


 セルハンの言う通りで、これはユズクを奪還するための会議なのだから、奪還したくない勢力はそもそも砦の攻略にも参加していないだろう。


「では、なぜタルカン殿とセルハン殿、そして王子は浮かぬ顔をしておるのか?」

「儂か。話し合いが始まったときに言おうと思っておったが、丁度良いな。儂のところは砦を落とすのに消耗し過ぎた。口惜しいが、ユズクに攻め入るのを辞退しようと思っているのだよ」

「えー、俺の場合は慎重になっているだけなので、お気に召さない部分もあるかと思いますが、どうか気にしないで下さい」


 タルカンとセルハンが答えれば、お次はアルテンジュと皆の視線を集めるのだが、心ここにあらずというか、心だけはすでにユズクの中にいるのか。或いは、キズミットの問いが聞こえているかどうかすら怪しい雰囲気だった。


「王子、王子、起きてますか?」


 様子を見ていたカシムが肩を揺すると、王子はようやく目が覚めたように話しだした。


「私は、……私はもちろん奪還したい。当たり前だ。だが、王の命を奪った者たちは、次々とケレムに討ち取られ、……ああ、ハヤチ・サディルガンは北部軍も合同だったか。ともあれ、ユズクを奪還しても、まだ仇が討てないのかと思うと、どっと疲れが押し寄せてきてしまってな。……すまない」


 返答を全て聞いたキズミットは、それ以上は引き出せないと思いでもしたか、ふぅと小さくため息を吐くと、セルハンを不機嫌そうに見ながら、右の掌を何回か回転させる。早く進めろとでも言いたいのだろう。


「それでは、軍議を始めましょう。まずはタルカン殿、残存兵力はどれくらいですか?」

「先ほど辞退すると申したのに、南部の英雄はひどいものだな。……動ける者は800くらいだ」

近衛隊(チェリキバルタ)はどうでしょうか? 答えるのは不愉快かもしれませんが、ご協力をお願いします」

「不愉快などとは思わぬよ。近衛隊(チェリキバルタ)は200くらいだ。元々、人数が少ない上に、砦攻めで4分の1ほど失ってしもうたわ」

「ありがとうございます。次はソルマ殿。そちらの残存兵力はいかほどでしょうか?」


「答えるのはやぶさかではないが、お主のところはどうなのだ? まさか北砦を落とした際に全て失ったとは言うまいな?」

「……我々の部隊はおよそ500です」

「存外に少ないな。やはり北側も激しい戦いだったのだな」

「いえ、元より我らはそれだけです」


 これには皆が驚きを隠せず、目を丸くしていた。いかにユズクの守備兵が分散して守っていたとはいえ、最低でも300は配置されていただろうと予想されていたからだ。それを500で落とすこと自体に無理があるのに、損耗もしていないという。


「そういう戦力を保持しているというだけです」


 セルハンは事もなげにいうが、異常である。その異常なことを当たり前のことのように言うのだから、1000や2000もいれば、この大陸の真っ当な軍など、歯牙にもかけないであろうことが想像できる。もちろん、本当の話であれば、という条件付きなのだが。


「ふはははは、セルハン殿はなかなかに冗談がお好きなようだ」

「おいおい、セルハンよ。いくらお前でもそれは無理なんじゃないか?」


 やはり、キズミットやカシムは、口に出して怪しんだ。デミルでもいればセルハンを擁護するかも知れないが、擁護する者はおらず、かと言って彼は不機嫌な様子も見せずに、静かに笑顔を浮かべている。


「ふう……。数の真偽はともかくとして事実、北砦は落ちている。ここでどうこう言ってもしょうがあるまい。我が軍の兵力を聞きたいんだったな?」

「ええ」

「こちらは、1700の兵が動ける状態だ」

「分かりました。アルテンジュ王子、そちらはいかがですか?」


 セルハンがアルテンジュに話を振るが、それには即座にカシムが答え、アルテンジュは開きかけた口を、すぐに噤む。


「こっちはベルカントに預けたのと合わせて残り2500くらいだな」

「それは良いことです。さて、事前にエルマン・オドンジョ殿から頂いた情報によれば、ユズクの守備隊は残すところ、およそ1000。こちらは動ける兵士をすべて投入すれば5500。簡単かどうかは分かりませんが、兵士の数の上では勝利は間違いないでしょう。ですが――」

「ルスとグンドウムの兵がどう動くか分からない、だな?」


 そのようにカシムが横入りすれば、セルハンが取り繕っていた表情も、少しは固くなる。


「そうですね。ただし、攻められるとしてもデニズヨル議会の影響下にある土地だけだと、特にデニズヨルが最も可能性が高いと、我々は見ています」


 そうだとすれば、北部の軍の総指揮を預かるこの男が、なぜここにいるのだろうかと。

 デニズヨルの町は柵すらもなかったはずなのに、この僅か1年でどれだけ守りを固めたというのか。

 タルカンやキズミットなどは、あの東西に長い町を守るための城壁など、どれだけ人を集めても10年はかかるだろうと思っていたから、セルハンがここにいることが信じられなかった。自分たちの町が攻められる可能性が高いと言っているのだから、それはなおのことだった。

 あるとすれば、それはデニズヨル議会が、ユズク攻めに本気で取り組んでいることを表示するだけのものでしかない。


「軍議を再開してもよろしいか?」


 なんともいえない表情の一同を見渡してセルハンが確認すれば、「あ、ああ」などと、気もそぞろに声を返す。


「では、まずは我々が考えた作戦を――」


 セルハンから提案された作戦に、一同は再び、驚きと疑念が混ざったような、なんともいえない表情となった。


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