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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第3章 鏡の向こうの花、水面に映ゆる月
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第147話 円環の町①

 人の怒号が聞こえる。

 大砲の砲撃の音が聞こえる。

 投石器(カタパルト)腕木(アーム)の唸り声が聞こえる。

 高く、爽やかな空の下で、それらは間断なく鳴いていた。


 オトラク川を渡った先には、ソルマ家と南部勢力がオトラク河岸要塞群と呼ぶ砦群があった。アトパズルと旧王都ユズクを結ぶ街道を塞ぐように建てられた、そのうちの一つをめぐり、ソルマ家を主体とした軍と、砦に立て籠もる王都警護隊(デミルカルカン)が、砲弾の応酬を続けている。

 南側からその砦を攻めるには、どうしても橋を挟んで対峙する他なく、砦に立て籠もる敵軍の矢弾(やだま)が尽きないうちに危険を冒して狭い橋を渡り、砦に取り付こうなどと言う選択肢は今のところない。ともかく大型の攻城兵器を全て投入して、砦の大型兵器を破壊する、或いは矢弾(やだま)を使わせることに心血を注いだ。


「奴らぁいったい、何をあんなに必死に守っているのでしょうかね」


 王都警護隊(デミルカルカン)が守るべき王都に、すでに王はいなかった。

 枯れ果てた抜け殻の都には、今も多数の住民が暮らしてはいるが、平穏な日常と花の装いを奪ったケレム・カシシュの支配が続くことを望んでいる者はいないだろう。ましてや、王都を裏切った王都警護隊(デミルカルカン)のことなど。

 エルマン・オドンジョからの情報によれば、そういうことだ。


「さて、妾の預かり知らぬとこだな」


 南に離れた陣地の、その仮の望楼から砦を眺める男女がいた。

 一人は大男のベルカント。

 もう一人は華奢な体に草色のスケイルメイルを纏ったキズミット・ソルマ。その前時代的な鎧には、細かな草花の意匠が見て取れる。

 ソルマ家側からの、実戦経験が豊富な指揮官を派遣して欲しい、という要請には、イェシリアダンの集落に戻っていたベルカントを引っ張り出すことで応えた。カシムやデミルほどではないが、実際に生死の境目で指揮を執っていた人物となれば、彼以外にはいなかったから、という理由でもある。テペ、テペクジュル、オルマンユユを率いる指揮官たちは、自ら判断を下すことに躊躇(ちゅうちょ)する傾向にあるのだ。しかし、実際に戦場に立てば、イェシリアダンのカシムやオルマンドベルのデミルの立案した作戦を忠実に守り、兵士を含め勇猛に戦うのだから、無能というわけではない。得意とする役割が違うだけの話だろう。


 大草原の商いの町アトパズルの兵士2000と、森の民イェシリアダンの戦士1000が共闘して臨むオトラク河岸要塞群攻略作戦は、遅々として進まない。いや、進んではいるのだが、その効果が傍目に分かり辛いというべきか。

 もちろん、デニズヨル議会の要請にはユズクを攻め落として欲しい、とは書かれておらず、形だけでも攻めれば良いのではあるが、それにしたところで、ユズクを攻め落とす、いや、奪還するまたとない好機であることには違いない。

 ユズクは一連の内乱の象徴であるだけに、これを奪還したとなれば、反カシシュ勢力の士気は多いに上がろうというもので、大丘陵の大いなるひび割れ、深淵なる峡谷に攻め込む際に、臆する兵士が減ることだろう。

 だから、キズミット・ソルマとタルカン・ショバリエは、デニズヨル議会の要請にのった。グンドウムを救うための陽動ではないかとも思いながらも。


「カタパルト部隊を少しだけ前に出せ」


 カタパルトが大砲に射程で劣り、役に立たないことは、キズミットもベルカントも分かりきっていた。だが、敢えて砦の手前300メートルに向けて届かない石を飛ばし続ける。意図を見抜いてか手あたり次第か分からないが、敵の大砲の餌食になるカタパルトも出てきている。それでも、ブオンと音を立てて大きな石を飛ばし続けた。

 大砲はどうにか砦の壁を捉え、破壊を蓄積できている。

 こちらの被害も大きいが、もう少しだ、もう少しで攻勢に出られると、キズミットとベルカントは固唾を呑んで戦場を見守っていた。



 アルテンジュ率いる南部勢力の本隊3000はボシ平原の道なき道を北上し、オトラク川沿いにユズクの東へ出ようとしていた。当然のことながらその動きは対岸の王都警護隊(デミルカルカン)に察知され、常に監視されている状態ではあるが、それは同時に、敵方の兵士が分散せざるを得ない状況を作ることにもなった。

 いかに堅固な砦を築こうとも、それを守るには人手が必要で、何倍もの敵を相手にするとなれば、やはりどこかの守りは手薄になるものだ。タルカン・ショバリエの攻める西、キズミット・ソルマの攻める南、そして第6王子アルテンジュが東から攻めれば、必然、寄せ手の影も見えない北の砦は最低限の人数しか配置しないだろう。そして、デニズヨル議会の部隊はどうにかしてユケルバクをやり過ごして、油断した北の砦を突くのだろうとカシムは予想した。僅か50名に落とされたとはつゆも知らずに。

 だから、ユズク東の砦を守る兵士の数が、遠目にも少なく見えたことには大層、違和感を持ったものだった。

 こちらの砦も、やはりオトラク川にかかる橋の近くで、街道を塞ぐように尊大に構えているが、あちらよりも余程ユズクに近い。


 オトラク川はドロナイ大丘陵の南西の端から南に流れ出し、ユズクの東を通り抜けた後は南南西に向きを変え、やがてエコー大陸の西に広がるアイナギビ海に注ぎ込む。その流れは緩やかで幅も100メートルほど。そうなれば軍船でも用意できればと思うものだが、その河岸は河口の近くでもなければ、多くの場所で切り立っており、両岸を整備しなければならない。

 つまりは、天然の水堀だった。

 平時であれば整備も出来るであろうが、今は戦をしている最中(さいちゅう)であり、やはり南側からは橋を渡るしかユズクに入る方法がない。


 それを分かっているから、東の砦の将兵たちは頑強に抵抗をしようとするのである。それでも、最も数が多い南部の本隊を退けられるほどの数を揃えられなかったようで、門扉が破壊されるや、観念して白地に藍の丸の旗を掲げて降伏するに至った。

 この期に及べば、この砦を死守しつつ、南のソルマ家、西のショバリエ家と連絡を密にして、攻め込む算段をつけるばかりであったが、南の砦に攻めかかるのが三つの中で最も早かったせいか、二週間経った今でも、敵は意気軒昂で攻める隙をまだ作れていないという。そのような状況であるから、西のショバリエ家に至っては、伝令の往来も難しい。


 しかし、吉報は思いもよらないところから舞い込んできた。


「報告! 北部軍より通達あり!」


 アルテンジュを始め、カシムとデミルもそのことにまず、驚いた。

 デニズヨルからこの砦の間には、ユケルバクもドロナイ大丘陵もあり、辿り着くことが、不可能ではないが非常に困難であると思えたからだ。しかし、続く伝令の内容は、更にその上をいくものだった。


「北部軍はユケルバクを制圧し、アチク平野の北砦も制圧したとのこと」


 アルテンジュは驚嘆し、本当なのか、と思わず口に出してしまったが、デミルの「偵察を出して確認すれば良い」との提案に、それもそうかとすぐに冷静になる。


「他には?」


 伝令にそう聞いたのはカシムだった。


「は! 四方の砦の制圧がなったときには、突入の時機について話し合いたい、とのことです」

「分かった。下がっていいぞ」


 伝令が砦の司令所から出ていくと、体格に不釣り合いな小さい椅子に腰かけたカシムがその場を取り仕切る。座り心地が悪いだろうと誰もが思うのだが、砦の中には彼に合う大きさの椅子がなかったから、本人も含めて諦めている


「さて、王子。偵察隊は組織するとして、通達の内容は本物でしょうな。こんな偽情報を流す利点なんぞ、カシシュの奴らにありはしない」

「そうだろうな。そして、北部軍が嘘をつく理由もない」

「そうなると、我々は周囲を警戒しながら、この砦に待機と言うことですな」

「そうだな。デミルの言う通りだ。哨戒を怠らず、味方からの連絡を待つことにしましょう。王子、それでいいですかい?」

「ああ、それでよろしく頼むよ、カシム殿、デミル殿」


 結局のところ、南にしても、西にしても、援軍に行くには少し距離がある。アルテンジュは二つの戦況がどうなるものかと、非常に心配だったが、余程の窮地でもなければここで待つしかないのだ。

 もっとも、その心配の日々もそれから二日後には一つ解消し、更にその三日後には全て解消することになるのだが。


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