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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第3章 鏡の向こうの花、水面に映ゆる月
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第146話 日の出の町、陸の道、海の道、見上げる町

 オヌルたちは、風通しの良いグンドウムに独特な家々の間を駆け抜ける。

 町を包囲している敵は、予想通り薄くまばらで、突破は容易だった。

 アバレ家の灰色のチュニックの一団が、町の中心部、主の屋敷を目指す。一際大きな炎が上がるそこを目掛けて、流れるように一心不乱に。

 だから、気が付かなかったのだ。カシシュ軍の誰一人として、オヌルの部隊を追いかけてきていないことに。


「オヌル様!」


 そのとき、彼らの前に両の手を大きく横に広げて立ちふさがる体格の良い男の影があった。

 オヌルはその若い男に見覚えがある。老いたとはいえ、人の顔を覚えるのが得意なオヌルの記憶によれば、エシンと行動を共にしていることが多かったはずだ。だが、名前と所属は浮かんでこない。


「お主は確かエシンのところの……」

「ご領主様より火急の用向きにて。急ぎ、囲みを突破してデニズヨルまで避難せよ、とのこと」

「なんと! では無事なのか?」

「シムセキの警護のもと、既に脱出してございます」

「そうか……」


 そのように聞けば、煙る視界もどこか開けるもので、五番砦方面へと転身した後、デニズヨルを目指して西進するよう、頭に地図を描き始めた。しかし、一つ聞き忘れていたことを思い出す。


「住民の避難は?」

「そちらも抜かりなく。屋敷の蔵から金を持たせ、大半は周辺の集落へと逃しております」

「分かった。五番砦の友軍への連絡は?」

「これから私ともう1名が別々に」

「……利用したのか?」

「恐らくは」

「エシンの考えそうなことだ。無事にここを突破できたら詫びに行かねばなるまいな」


 そうしてオヌルは、煙を全て取り込むような勢いで、大きく息を吸った。


「五番砦方面に転身! 生き残るぞ!」



「――それは本当なのか?」

「はい」


 仄暗い五番砦で、ユムシャクと若く体格の良い男が神妙な面持ちで言葉を交わしていた。若い男は灰色のチュニックを身に着け、外地調査室(カラカサ)に所属していると言う。

 その男からユムシャクが伝えられたことは、オヌルが聞いたものと同じだった。あえて違うところを挙げるなら、言葉遣いとオヌルの部隊の動向くらいなものだろう。


「総員、デニズヨルに向けて撤退だ! 砦などくれてやれ!」


 外地調査室(カラカサ)の男は、この砦はあなた方のものではないのだけど、と思うのだが、それはここで口に出すようなものではなく、手早く心の奥にしまい込んだ。


「では、他の任務がありますので、私はこれで。あなた方にギューテ神のご加護があらんことを」

「ああ! ……えーと、あれだ、貴殿にライゼ神のご加護を!」


 ユムシャクはテキパキと指示を出す。援軍としてきた以上は、やはり守り抜く前提ではあったが、友軍が壊走するのならば最早、目の前の敵に対する勝ち負けなどどうでも良い。


「門扉の内側にありったけの資材を積んでおけ! 逃げる時間を稼ぐんだ!」


 生き残り、無事にデニズヨル南東部の砦まで逃げきれたら勝ちなのだ。



「アバレ家より先触れがありまして、アバレ領の壊滅につき、ロクマーン・アバレ様がこちらに保護を求めているとのことです。いかがいたしましょうか?」


 デニズヨルの南町にある代表執務室で、エンダー・バルクチュは報告を静かに聞いていた。自分の息子の生死も分からないというのに、さして動揺している様子もない。彼はそのまま視線だけを、斜め前の席に座るドゥシュナンに送った。


「問題ありません。少し修正すれば作戦は継続できます」

「君がそういうのであれば、信じるしかあるまいよ。我らの町を守るために、たとえユムシャクが死のうともな」

「それは、その……」

「儂の提案だから責めてはおらぬよ。そうでもしなければ反対派の議員らが納得しなかっただろうし。……だが、そもそも、君に言うべきことではなかったな。すまぬ」

「……」


 ドゥシュナンは何も言わず、何も言えず、ただ首を縦にコクンと動かすのみ。


「ところでセルハン殿からの連絡は、君のところにもないかな?」

「僕の方にもまだありません。ただ、セルハンさんならきっと成し遂げてくれますよ」


「あの……」


 声のした方を二人で見れば、報告をした役人が申し訳なさそうな顔で佇んでいた。

 これはしまったと、平静を装ったエンダーが返事をする。


「警護の兵を出して丁重にお迎えせよ。上等な宿の手配も忘れずにな」



 深夜、ユケルバクは文字通り揺れていた。

 城壁を覆う石が、底から次々と外側に流れ出し、ついには雪崩のように崩壊した。 


 セルハンの指揮する魔法兵部隊は、僅か50名でユケルバク攻略の任務にあたっていた。ドゥシュナンが立案した当初はそれの10倍の数だったのだが、そんなに多くてはどうしても質が低くなるし、敵から補足されやすくなるだろうと、セルハン自ら選抜して今の人数にしたのだ。

 人数を減らしたことにどれほどの効果があったのかは不明だが、事実として、カシシュ側の敵兵に見つかることなく、ユケルバクの町を囲む武骨な城壁の大半を一夜にして倒壊させることに成功した。


 茶色の魔石を使って城壁や柵を倒壊させ、機を見てなだれ込む作戦など、カシシュ軍も取り入れていることであり、実際に目の前で起こった衝撃は凄まじいものがあったが、既知のものであるがために、ユケルバクの守備隊は、そのあとに続くであろう襲撃にすぐに備えることができた。

 だが、セルハンたちは一向にその姿を現さず、カシシュ軍は極度の緊張状態のまま3日を過ごした。その間、セルハンらが何をしていたかと言えば、以前から内部に侵入していた数名が、修復作業の様子をじっと観察していただけである。

 ただ観察していただけではあるが、その価値は計り知れない。情報は、野良犬に見せかけた訓練された犬によって外で待機する者たちにもたらされ、次の作戦のための上質な肥料となった。


 ユケルバクの守備隊には魔石を扱えるものがいない。

 そう結論付けたセルハンは次の作戦を決行に移す。

 派手に崩れた城壁は、3日程度の修復でどうにかなるものではなく、簡易的な防護柵すら間に合っていないところもあった。そこから侵入するのはもちろん容易(たやす)い。けれど、セルハンはそうしなかった。そのように侵入したところで、すぐに敵に見つかる可能性は高く、十重(とえ)二十重(はたえ)に取り囲まれて殲滅されるのが目に見えているからだ。

 だから、日中に鍛冶の民であるイーデミルジュ氏族の大規模な隊商に偽装し、唯一残った門をくぐって旧サディルガン屋敷の中庭まで堂々と行進をした。


 そうなれば後はとんとん拍子にことが運ぶ。

 城壁内部の武器庫も倒壊に巻き込まれ、北部の兵も攻めてくるかもしれないとなれば、大急ぎで多くの武器を補充しなければならない。渡りに船とばかりに、大喜びでイーデミルジュの武器商を招き入れたカシシュ家の代官および守備隊長は、実に呆気なくデニズヨルの精兵に捕縛された。同時に、崩壊した城壁付近にほぼ全ての兵士を配置していたことから、屋敷内もほぼ無傷で制圧されるに至った。


「さて、カシシュ家の代官殿。大人しく降伏してくれるかな?」


 城壁もほとんど残っていないばかりか、捕縛されている状況では、首を縦に振るより他なく、ユケルバク攻略は僅か50の兵がほぼ無傷で、それも敵兵の被害もほとんどなく成し遂げるという、奇跡的な状態で幕を閉じた。

 形の上ではユケルバクは降伏したが、しかし、実態としては未だデニズヨル50対1500という状況は変わらず、武装解除もままならないこの状況で、反乱を起こされればひとたまりもない。セルハンは早馬を出し、反乱を警戒しながらデニズヨルから駐留部隊の到着を待つことになった。

 セルハンらにとって幸いだったのは、敵兵のほとんどが旧サディルガン家の兵士であり、自らの主を裏切ったケレム・カシシュへの忠誠心が著しく低かったことにある。北部勢力もサディルガン軍を散々に打ちのめしたのだが、あれは正面からの(いくさ)の結果であるから、とやかくいうものではないという。ドゥシュナンに言わせれば、これも考慮のうちだと言うのだろうか。

 ともかく、ユケルバクの城壁は修復できない状況ではあるが、デニズヨルからの駐留部隊は1週間程度で到着し、降伏を反故にされることも、また、ドロナイ大丘陵からの奪還部隊も現れることなく、無事にユケルバク及び周辺の集落の明け渡しが行なわれた。


 これでケレム・カシシュの勢力範囲は、本領のルスを除けば、旧王都ユズクと先だってのグンドウムだけとなった。劣勢は明らかなのだが、いかなる勢力に宛てても、講和の使者などは訪れておらず、旧王都の周辺では激しい戦闘が行なわれていた。


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