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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第3章 鏡の向こうの花、水面に映ゆる月
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第143話 白に藍の丸

 グンドウムの海は遠浅で、大きな船が停泊するには向かなかった。

 グンドウムには漁民が多く住んでいたが、その漁は比較的小さな船で行なわれるものだった。

 グンドウムは南西をドロナイ大丘陵と接し、他の大きな都市ほどではないが、周辺では小麦も収穫できた。

 それらは特別に魅力的なものではなく、はっきり言ってしまえば欲しがる者がいない土地だったのだ。だから、外地から移住してきた有力家同士の争いに巻き込まれることもほとんどなく、ウチャン族の風習も取り入れ、自然とともに生きてきた。

 結婚すれば、海に感謝し色とりどりの花々で祝福する。

 子供が無事に生まれれば、海に感謝し色とりどりの花々で祝福する。

 死ねば、海に感謝し、海に願い、色とりどりの花々と共に海に送られる。

 その花々は幻だったのかも知れない。


 遠くで砲弾の音が聞こえる。


 ビルゲ・ギョゼトリジュの弑逆事件、或いはセルハンの義憤を契機として起こった混乱は、当代のロクマーン・アバレにこれまでにない選択を突き付け、結果として戦略的価値のある土地になってしまった。

 どちらに付くか、という単純なものにも思えるが、その選択に至るまでの過程は実に悩ましい。

 王亡き国で、片や本心を窺うこともかなわず、何を考えているのか知れぬ父殺し。片や、大陸に住む民の安寧のためという耳障りの良いお題目を外せば、保身のために第6王子と協力する勢力である。

 昨年11月にアバレ家とデニズヨル議会は相互協力の盟約を結び、そして12月にその議会が第6王子派とも協力する体制となったことで、間接的には王国の臣として奸賊(かんぞく)ケレム・カシシュと戦う体裁にはなったのだが、このようになることが決まっていたのであれば、第6王子の名前が耳に入ってきたときから、秘密裏に南部と連絡を取り合っていれば良かったのではないだろうか。

 今更どうしようもないことだと分かっていても、砂浜から遠く沖に浮かぶ艦隊を見るにつけ、ロクマーンはつい考えてしまうのだ。


 遠くで砲弾の音が聞こえる。


 グンドウムには柵も塀も、そして城壁もなかった。

 マリク王が統一し、(いくさ)がなくなったからではない。誰も欲しがらず、歴代の当主もまた領地を奪う野心を持たなかったためだ。唯一、不毛の土地に住むカシシュ家とは婚姻などを利用して、仲良くやってきた、……つもりだった。

 実際、ケレムの父親がアバレ家から輿入れした細君――ケレムの母親を、自ら斬り殺した頃から両家の関係はギクシャクし始めていたのだ。斬り殺した理由は、屋敷に出入りしていた庭師と不義を働いたから、と謝罪と共に連絡があったそうだが、当時、内地公安局(アミガサ)を使って苛烈な反王国派狩りを行なっていた彼の言うことなど、到底信用できるものではなかったらしい。

 父の急死後、当主になり、内地公安局(アミガサ)局長の地位もそのまま指名されたケレムではあるが、父親のような苛烈さは見られず、むしろ暗愚であると思っていた者がほとんどであった。

 それでも、ロクマーンとケレムがいとこである関係に変わりがあるわけでもなく、ギクシャクしながらもクルマザなどでは二言三言は近況を語り合っていた。


 それが慢心だったとは思いたくもないが、大丘陵側と異なり、大した備えもない海岸線では、キョペキバルか、はたまたバリナか。連日に及ぶ艦隊からの砲撃により、次々と建物が粉砕され、代々の王や外地の賓客が愛した優美な景色は見る影もない。


 遠くで砲弾の音が聞こえる。


 またか。砲弾の音が聞こえる度に、ロクマーンは椅子に腰かけたまま足を踏ん張り、拳を固く握り締める。

 これも作戦のうちなのだ、耐えろ、と思っていても、どうにも慣れないものは慣れないのだ。


「大丘陵のカシシュ軍に動きがありました。こちらに向かっているようです」


 エシンが慌てず騒がず、努めて怜悧に報告をする。


「敵の数はどれほどだ?」

「1500ほどと」

「1500……、随分と少ないじゃないか」

「恐らく、デニズヨルの軍と同様に、例の不思議な力を使うのではないかと思われます」

「ふうん……、オヌルに頑張ってもらうしかないな。それで、デニズヨルからの返答は?」

「500ほど送る、それ以上は難しい、とのこと」

「500か。随分と舐められたものだ」


 そこまで言って、ロクマーンはほんの少し耳鳴りを覚え、思い出す。


「不思議な力というのは神石(しんせき)を使うのであろう? こんなことになるのであれば、最初に外地の駐在員から神石(しんせき)の情報がもたらされたときに、買い占めていれば良かったなあ。或いは、共和国からガレオン船を買っていれば……」


 エシンから目を逸らし、壁にかけられた地図を見ながらロクマーンは呟き始めた。

 我が主は、もうどうしようもなく後悔の海に沈んでしまったのだ。そこから引き上げるにはどうしたら良いのだろうかと、遠く砲弾の音を聞きながらエシンは思案するのだ。



「敵中型艦に命中! 砲撃止まりました!」

「敵小型艦、3隻中破!」


 カティルバリナの甲板で指揮を執るデルヤの元には、味方有利の情報が次々と飛び込んできていた。海堡要塞(かいほうようさい)からの攻撃がなくなった今、洋上に残る敵艦の掃討は実に順調に進んでいる。

 船の数でも搭載している大砲の数でも上回るばかりか、艪櫂船(ろかいせん)(ゆえ)の水夫の疲労による機動力の低下という欠点も、魔石によりかなり軽減できている。負ける理由など見当たらなかった。慢心せず、手堅い攻撃を加えていれば勝てるのだ。


「中型艦に藍丸(あいまる)、確認!」

「直ちに攻撃停止! 横につけろ! 狼煙も忘れるなよ!」


 結局のところ、敵は魔石戦力を海堡要塞(かいほうようさい)一点に集中し、艦船には全く乗せていなかったのだ。

 それは町を守る(おか)の部隊も同様で、この時点でギュネシウスは陥落したようなものだった。



「沖より狼煙が上がりました」


 ソルマ家から派遣された斥候兼伝令兵が幕屋に入るなり、そう告げた。恐らくは、アルテンジュの監視も兼ねているのだろうとカシムは思っていたが、南部には狼煙を読める者はおらず、彼に頼らざるを得ない状況だった。


「どっちだ? 成功か、失敗か」

「成功にて」

「分かった。下がれ」

「はい」


 監視だと思っているせいか、カシムの対応は自軍の兵士よりもどこか冷たいものがある。しかし、これは制圧を一気に進める好機であった。勝利が目の前にぶらさがっていれば、兵士の指揮は否応もなく上がり、その勢いを止めるだけの戦力はすでに向こうには無いと思っているからだ。だから、ギュネシウスの中にいるデミルへの伝令には、海堡要塞(かいほうようさい)も海軍も既に壊滅したと言いふらすようにも指示を出した。

 どれだけ兵器が発達しようとも、人と人との戦いであることに変わりはなく、片方が意気軒高で、片方が意気消沈していれば、殺すまでもなく勝負は決したと、自然、降伏してくるものですと、条約締結後の打ち合わせでドゥシュナンがデミルに助言していたことが大きい。

 それは逆に、敵に心で負けてはいけないことでもあったのだが、戦況が優位にあるうちは、自軍に有利な情報と敵軍に不利な情報を、ともかくどんどん流していればどうにかなるものだ。


「敵兵の一部が北門から逃走開始!」

「追撃しないよう徹底しろ」


 ほら、もうすぐだ。


 沖では何やら不測の事態でもあったようだが、おおよそ北部軍の思い描いた通りの展開で進んでいる。そのことにカシムはほくそ笑むが、同時にセルハンも気に入っているという北部の知恵袋に得体の知れない不気味さも感じていた。


「南城壁、降伏!」


 もうすぐ、もうすぐ。


「屋敷に藍丸(あいまる)確認! お味方、攻撃を停止して待機中!」

「敵方の使者は?」

「自軍陣地にてデミル様が対応中です」

「よし、俺も行く」


 カシムが伝令兵と簡潔にやりとりをしていた中、アルテンジュは肩の力を抜いて椅子に背中を預け、まるで他人事(ひとごと)のように幕屋の天井を仰ぎ見る。


 ドゥシュナンの言う通りに進めて勝ったのだ。

 彼が我らに敵対するなら、果たしてどのようにして滅ぼされるのだろうかと、あってはならない想像を、しなくても良い空想を、つい、アルテンジュはしてしまうのだ。

 安心したいために、そんなことはないと思い込んでいるだけではないかと。


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