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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第3章 鏡の向こうの花、水面に映ゆる月
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第141話 遠くて近いもの

 遠くに見える敵兵を、味方の兵士たちが狩りのように次々と仕留めていく状況に魅入られ、遠くに見えていたバリナとキョペキバルの存在をイーキンはすっかり忘れてしまっていた。


「どれくらいの損害だ?」

「救援部隊と推測される船が3隻大破した模様です。それ以上のことは判別不能とのこと」

「判別不能? どうして?」

「遠すぎます。どこから攻撃を受けたのかさえも分かっておりません。恐らく、敵方の艦隊だろうとしか」


 二つの艦隊が離れた沖で何をしているのかと思えば、海上封鎖が目的だったのだろう。そうとしか思えないし、そう思い込んでいた。だが、どこからの攻撃かも分からないということは、どういうことなのか。

 砲弾が風を切る音は(かす)かながら確かに聞こえた。あれは間違いない。可能性としては――


「北西の城壁、崩壊しました!」


 やはり向こうはこちらの知らない運用を行なっている、そうイーキンは結論を出した。


「すぐに土を集めて高い土塁を築け! 砲弾を届かせるな! アイウス軍には近辺からの乱入に警戒するよう連絡!」

「は!」


 指示を出しながらもイーキンの思考はぐるぐると止まらず駆け巡る。

 眩暈(めまい)を起こしながらも、手近な木机に片手をつき、体を支えながら考える。

 時折、頭の中を流れる砂のような感触に、果たしてこれはいったいなんなのかと疑念を抱きながら。


「グンドウム!」


 やがて彼はその一声とともに、顔を青くし、手近な者に声を掛ける。


「議会の通達を運んだ伝令はまだいるか?」

「は! おります!」

「急いで連れてこい! グンドウムが狙われている!」



 デルヤはカティルバリナの甲板で歯噛みしていた。


『大きく東に迂回して、洋上からギュネシウスの海堡要塞(かいほうようさい)を無力化してください』


 ギュネシウスに駐留していたバリナとキョペキバルの艦隊が動き始め次第、そうするようにとドゥシュナンから聞いていたことだ。

 カティルバリナの指揮を預かるデルヤはそれを忠実に守り、北東の海上からギュネシウスに近づこうとしていた。だが、腕組みをしている彼の、その奥歯をかみしめるような表情からは、それがうまくいっていないことが如実に感じ取れる。


 ギュネシウスから突き出した埠頭にある石造りの要塞。かつて、第6王子とカシシュ家の共同作戦によって破壊されたそれは、カシシュ家によっていち早く修復されたばかりか、狭間(さま)もそこから覗き見える大砲も、聞いていた数の倍ほどにも感じられる。

 そして問題はその大砲の射程であった。

 通常であれば目標に着弾させられる距離は600メートルほどなのだが、海堡要塞(かいほうようさい)からの砲撃は、なぜか1キロ先のカティルバリナ艦隊にもかなりの精度で飛んでくるのだ。


「高波を起こして、海堡要塞(かいほうようさい)を水浸しにしましょう」


 魔石の扱いを熟知している副官がこのように進言しても、デルヤは住民への被害が甚大だと首を横に振るばかり。かといって、近づこうにも砲撃がこうにも正確なようでは、被害は大きくなってしまうだろうし、素早く動くにはガレアス船では漕ぎ手の負担が大きすぎる。はっきり言ってしまえば、打つ手なしなのである。

 だが、それは住民の被害を考慮すればの話で、それを取り払えばいかようにも出来ることが、かえってデルヤの思考を鈍らせていた。

 それでも、海堡要塞(かいほうようさい)がカティルバリナ艦隊に意識を向けざるを得ない状況であり、陽動の役割は果たせてはいるのだが。


 落ち着け、とデルヤは顎に右手をあて、大きく深く呼吸をすれば、潮の匂いを思い出す。

 その視線は晴れ渡った高い空、キラキラと細かく光を反射する海、そして灰色の海堡要塞(かいほうようさい)を真っ直ぐに見据えた。


狼煙(のろし)を上げよ! 回頭次第、カティルバリナを先頭に全艦、錐形(すいがた)で突っ込め!」



 ――夢か。

 去年の夏と同じ場所。ギュネシウスの西に設営された幕屋の中で、アルテンジュは微睡(まどろ)んでいた。


 花冠の都ユズクの王宮の中ほど、多くも少なくもない花々が彩る、手入れの行き届いた明るい中庭が眼前に広がっていた。

 長椅子では王妃が優しく微笑みながら、まだ幼かった第二王女と本を読んでいる。

 第三王子と第一王女はそのすぐ隣で、やはり長椅子に座り何やら楽しそうである。

 王と第一王子は中庭を取り囲む回廊で、タルカン・ショバリエと立ち話をしており、深刻な表情の第一王子とタルカンとは対照的に、王の表情は実に楽観的なものだった。

 第二、第四、第五王子たちは見えないが、恐らく武芸の稽古か勉学にでも励んでいるのだろう。

 アルテンジュは薄暗い回廊から、それを眩しく眺めていた。

 あのとき、(みな)が何を思っていたのかは分からない。

 けれど、あの光景を見る事が出来ないのだと実感すれば、たちまちに胸が締め付けられ、涙が頬を伝う感触とともに目が覚めた。

 何を思うでもなく、ふいに思い立ち、簡素な長椅子から起き上がっては、幕屋の外に出る。

 天は、下でヒトが殺し合いをしていることなど関係なく、実に青々としていて清々しい。

 お陰でアルテンジュの気分はいつになく前向きで、落ち着いていた。

 内戦が長引くほど、犠牲は王家に留まらず、多くの民にも広がってしまう。決着は早ければ早いほどいいのだが、しかし、焦ってはだめだと、そう思うことが出来た。


「報告します。オドンジョ様より、整った、とのことにございます」


 キズミット・ソルマが南部軍のために手配した短身痩躯の斥候兼伝令兵が、(うやうや)しく頭を下げ、聞き取りやすい高さの声で報告して、去っていく。


 港町ギュネシウスをエルマン・オドンジョの軍とともに陸から包囲して3日。

 町から砲撃音は聞こえて来るものの、北部軍のカティルバリナ艦隊からは未だに一斉攻撃の合図は来ない。しかし、昨夏に内面から砲撃を受けて耐え切れず崩壊した城壁と城門は、つぎはぎだらけで、集中砲火を浴びせれば容易く落とせそうにも見える。

 いよいよ覚悟を決めなければと、軍議を招集しようとしたそのとき、先ほどの伝令が再び現れた。


「沖より狼煙(のろし)が上がりました」


 抑揚もなく淡々とした物言いは、報告を受けた者の思考を妨げないようにと訓練されたものか。

 しかし、アルテンジュの心臓は俄かに跳ね、深呼吸を二度、三度と重ねる。


「将官の皆様(がた)に軍議の旨を伝えてまいります」


 察したか察せずか。ともかく今のアルテンジュにはそれがありがたく、頼む、と短く返事をした。

 直ちに集まったそれは、軍議と呼べるかどうか分からぬ手筈の確認であり、解散後、時間を置かずして砲撃の音が地鳴りのように響き渡れば、(いま)だに慣れぬアルテンジュの心臓を再び揺らす。

 しかし、それもじきに安堵で緩和されるはずだった。


「西門塔、回廊上の大砲沈黙! 続いて落とし格子の破壊にあたっています!」

「北門塔、動きなし!」

「オドンジョ軍、被害多数!」


「はあ!?」


 幕屋にいた3人の中で最初に、それも大袈裟に顔を(ゆが)めたのはカシムだった。

 修復が進んでおらず、脆くなっていた西城壁上にはそもそも大砲もあまり配置できず、とにもかくにも素早く落とす。そして野戦砲部隊の半数を南門を攻めるエルマン・オドンジョの助力にまわす、そういう作戦だった。その作戦を可能だと思わせたのも、デニズヨル議会から最新式の野戦砲やマスケット銃を多数入手できたからに他ならない。

 そしてオドンジョ軍は、最新式とは言えないものの、他の有力家と同程度の軍装を所有していたはずだった。


「慣れ、ですかね」

「そんなところだろうな」


 デミルが呟き、カシムが(うなず)く。

 どれほど装備品を充実させ訓練を積もうとも、実戦の恐怖、或いは興奮を得られるものではない。心を呑まれてしまえば統率された動きをするのは難しい。オドンジョ軍でも統率の乱れたところで突出した者が出て、そこを城壁の上から狙われたのだろう。

 北部や南部連合、あるいはカシシュ軍の動きに慣れてしまった現在、オドンジョ家にも重々気を付けるよう申し渡すべきだったろうかと、アルテンジュは後悔したが、未だ大砲の音に慣れぬ自分の、どの口が言うのかと目を(つむ)り、首を振る。


「こればっかりはどうにもならねえ」


 その通りだと、第6王子は心の中で(うなず)き、南門方面からの伝令に問う。


「総崩れにはなっていないのか?」

「は! なんとか持ちこたえているとのことです」

「ならばよい。オドンジョ殿にはこちらの砲兵部隊がすぐに向かう故、そのままなんとか持ちこたえるよう伝えてくれ」

「は!」


 一人、伝令が駆け出していけば、新しい伝令が駆け込んでくる。戦闘中の幕屋の中は実に慌ただしいものだ。


「西門、大穴が開きました! 侵入を開始します!」


 南門と比べて西門はやはり順調だ。即席だが南部自慢の砲兵部隊が頑張れば、いずれ落とせるだろうし、西門からの突入部隊が内部から攻めれば外への砲撃どころではなくなるだろう。

 アルテンジュが口角を上げ、嬉しそうに物見(やぐら)から遠眼鏡を覗き込めば、車楯(くるまだて)を先頭に、南部の軍が列をなして西門からなだれ込む、いや、慎重に入りこんでいく様子が見えた。

 じきにつづらに聞こえて来る銃声と、入場者と入れ替わるように運び出される負傷兵、或いは兵士だったもの。


 ああ、本格的に殺し合いが始まったのだ。

 相も変わらず鳴り続ける死の音の、その距離に、アルテンジュの口の()はたちまちのうちに角度を下げていた。


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