第123話 港町にて
「進め! 進めえ!」
ユルマイがアルテンジュらと面会をした翌々日、制圧部隊として選ばれた南部の兵たちおよそ1100余名、まずはその内の200名が西門からギュネシウスに侵入した。西門上部の胸壁から彼らを覗き見る兵士たちは、ユルマイの言葉通り、深紫のチュニックを纏ったカシシュ家の兵である。
侵入とは言っても南部氏族連合の兵たちの流れは、門を抜けてすぐ二手に分かれ、両脇にある門塔への入口に吸い込まれてゆく。そしてユルマイの姿はまるで人質のようにその波の中、武器も持たされず、ベルカントの傍らに在った。
ユルマイの言うことがすべて嘘偽りのない真実であるならば、ベルカントも先遣隊に同行せず、このような扱いをする必要もないのだが、内地公安局の人間である可能性を捨てきれない現状、やはりこうするしかないだろうと王子も納得しての処遇である。矢面に立たせるわけではないし、彼の副官とも連絡を取り合えるようにしているので、何も起こらなければ問題はないだろう。何も起こらなければ。
門塔の内部、2階と3階部分に陣取った兵士たちは、回廊に出る前にそれぞれ何組かに分かれ、持ち寄った木材などを手際よく組み立て始めた。
先ずは木の板。長さ200センチ、太さ15センチほどの角材を鎹と麻縄を使い、横に細長い覗き窓と大きな四角い穴の開いた幅130センチほどの板状にまとめる。それと並行して同じ幅の木製の台車も組んでいくが、車楯にしては台車部が長く、頑丈に過ぎる。その上、木枠が上に伸びているのも不可解だ。
今度は先ほどの板と台車を回廊へと運び出し、銃声のする中で組み立て、何が出来上がるのかと思っているうちに、これまた長さ200センチほどの先端が丸く尖った太い角材が、楯部の大きな四角い穴に嵌め込まれ、台車の四角い枠で固定される。その角材に等間隔に開けられた穴には、また別の丈夫な棒が挿し込まれ、まるで持ち手の如く見える。
やがて完成したものを見れば、これは誰の目にも明らかに破門槌であった。激しい銃撃が容易に想像できる中、イスケレ兵の立て籠もる塔の扉を破壊するために車楯を改造したのだろう。
南部の兵たちは、そうして組み立てた特殊な攻城兵器を文字通り盾にして、先ずは北西と南西の敵方城壁塔へと気勢を上げて突き進んでいった。当然のことながら人手をかけて押し進めなければ勢いは付けられず、後ろにもう1台、破門槌のない車楯が続く隊列で運用することとなる。それが2階と3階部分、それから左右両翼にほぼ同時に進撃し、牽制気味に銃撃を加えるカシシュ兵の横を抜け、目指すは固く閉ざされた門扉である。
イスケレ兵たちも車楯に応戦を試みたが、銃撃が効かないことを悟ると即座に撤退し、門扉の向こう側に逃げ込んでしまった。そうなれば遮る物は垣楯代わりに使われていた板や木箱くらいなものである。それらを勢いが乗った重量で蹴散らしては、ついに門扉に一撃を加えることに成功した。一撃で破壊することはかなわなかったが、一般家庭のそれよりも頑丈に出来ているとはいえ、通常の木の板を合わせて鉄で補強しただけのものである。勢いを付けた破門槌の前にはなす術もなく、3撃目には大きな穴を空け、4撃目には蝶番ごと吹き飛ぶに至り、ギュネシウスを守る門兵たちの手垢がこびりついた扉は重たいだけが取り柄の木端となり果てた。
そうとなれば、南部の兵、そしてカシシュ兵たちは中のイスケレ兵を蹂躙する、などとそう順調に事が運ばないのが戦の常である。
車楯を先頭に城壁塔の内部に突っ込むが、真っ直ぐ進んでも脇へ逸れても待ち構えていた敵兵には脇腹を見せることとなる。当然、敵方も短い時間にそれを想定したらしく、扉の両脇で待ち構えていたイスケレ兵の手によって車楯を押す兵たちが次々と斬りつけられれば、作戦もなにもなく、腕っぷしと運がものをいう殺し合いが始まった。
しかし、ここまでの状況はデミルの想定内であった。1100余名の残り凡そ900名を450ずつに分けて町に入り、北西、南西の城壁塔に対して町側1階から侵入を試みていたのである。イスケレ側の守備隊が城壁と海堡の守りに注力しているためか、海岸から離れた地点では偵察程度の兵しかおらず、南部の兵たちにとっては実に動きやすい環境であった。二手に分かれた兵がすんなりと城壁塔の麓まで辿り着けば、2階、3階部分の守りで大忙しのこの状況。1階の大きな扉は封鎖されこそはすれ、狭間から銃口を窺わせる兵士もおらず、そのまま易々と城壁塔内部に侵入すれば、敵兵は守れないと悟ったか。北西、南西、二つの塔の守備兵は未だ健在の南北の門塔へと退却を試みるも、しかし、大半は銃撃によって命を刈り取られることになった。
こうなれば、南部氏族連合とカシシュの兵たちの士気は最高潮である。死の恐怖よりも勢いが勝り、家に籠る住民たちに見向きもせずに、同じような攻め方で南北の門塔と、海にせり出した北東と南東の城壁塔を無数の屍を作りながらも次々と攻略した。
「南部の兵は、武器は我々に劣りますが精強ですな。残る海堡要塞もこの調子で落としましょうぞ」
西門の門塔の屋上にて、ギュネシウスの町を眺めつつ、戦況を把握していたユルマイが、目尻を下げて話しかければ、言われたベルカントも口許を緩めて答えるが、しかし、その内容は決して楽観的なものとはいえない。
「順調に制圧できればいいんだが、向こうの海軍は兵も出さずにいったい何をしているんだか。ユルマイ殿の見立てでは、洋上からこっちに砲撃をしてくる可能性はありますかい?」
「……艦砲射撃の可能性が無いとは言い切れませんな」
「自分たちの町を壊してでも俺たちを殺したいってことか」
「敵の手に渡るのなら、万全の形で利用されないように少しでも壊してしまおうという気持ちと、そもそも海軍にとっては自分たちの町ですらない者も多くいるでしょうからな。備えておいた方が良いでしょう。岸壁の先にある海堡要塞からの砲撃も含めて」
そのとき、重い爆発音が重なるように辺りに鳴り響いた。ほんの少し遅れて届く揺れと石の割れる音。
「ああ、悪い予感が当たってしまいましたかね」
呑気に呟くユルマイと顔を強張らせるベルカント。そして二人に近づくのは慌ただしい靴音だった。
「報告! 海堡要塞より砲撃あり! 東端南の城壁塔へ着弾! 被害を確認中!」
*
それより少し前、ドゥシュナン、セルハン、イーキン、そしてデニズヨル議会の面々は、デニズヨルの旧バルクチュ屋敷にて、ケレム・カシシュとイルカイの話を真剣な面持ちで聞いていた。
「――以上のように、大陸に住まう民たちを救うには、王都ユズクに立て籠もる逆賊を討ち果たすより他ないのです」
少々長い話だったが、今の内乱状態は誰もが思う通り、ビルゲ・ギョゼトリジュ他、彼に与した有力家たちが引き起こしたものであり、そしてビルゲは王の器にあらず、内乱を収める力も持っていない。真にこの大陸の民たちの安寧を願えば、ドゥザラン島の北部氏族、旧サディルガン領の半分と旧バルクチュ領を統治するデニズヨル議会、そしてカシシュ家で力を合わせて、ユズクに進軍し、今なお戦力を保持しているビルゲ・ギョゼトリジュとゼキ・イスケレを倒そうではないかと、こういう話だった。
セルハンは、どの口が言うのかとばかりに疑いの目どころか睨むようにケレムを見ていたが、残りの面々は頷きながら彼の演説を聞いたものだった。つい先日、ユズクの町の代表者からデニズヨルの議会に宛てて、ギョゼトリジュらを追い出して欲しいとの陳情書が届いたことも影響しているのかも知れない。
「ところで、勝算はあるのでしょうか?」
議員の一人の懸念は尤である。理想だけで勝算のない戦を仕掛ければ、返り討ちにあい、仕掛けた側が占領されてしまうことも有り得るのだから。
「もちろん、あります。先ずは兵力として、島の民1500、旧バルクチュ領2000、……これは先日降伏したデブラーチェニスも含めた数字です。そして旧サディルガン領1000、我が軍2000で総数およそ6500。対するあちら側は約4000。普通の城攻めには足りないところですが、ユズクには城壁がありませんので問題はないでしょう」
「武装の観点ではどうか?」
更に違う議員が問いかけるが、ケレムは先程と変わらず、にこやかに答えた。
「ユケルバクにあった多くの陸軍の装備品を接収できましたので、武装について向こうより劣ることはありませんよ。安心してください」
「ユズクを落としたとして、その後はどうする? ユズクの統治は? ビルゲが王の器でないというが王族は皆殺しにされている。誰がユズクを、ビュークホルカ王国を治めるんだ?」
仮に勝てたとしてもやはりその後だ。セルハンのこの指摘は当然である。ユズクの統治だけであればデニズヨル議会を拡大させれば良いのだろうが、国全体のこととなれば様々な笧に囚われ、議会の手に負えないことは明白だ。難しい問題だろうと思うのだが、ケレムの表情は相も変わらずである。
「それについては、残った有力家が力を合わせて解決します。我がカシシュ、ショバリエ、ソルマ、オドンジョ、アバレ。五つも残っていればなんとかなるでしょう。王族の当てが全くないわけでもありませんし」
「ふん。それを信用していいものかどうか」
「信用といえば、セルハンさんたちは魔法を使いましたよね? 魔法で敵を簡単に吹き飛ばせたりは出来ないんですか?」
「魔法だと? お伽噺でもあるまいし、そんなものを使えるはずがないだろう?」
「おやおや? デニズヨルの多くの住民が目撃していたんですけどね。こちらの情報が間違っていたんでしょうか?」
「む。……俺が答えなくとも、どうせ内地公安局で掴んでいるんじゃないのか?」
「さて、どうでしょうか」
「……まあ、いい」
「ところでカシシュ殿」
「はい、イーキンさん。何でしょうか?」
「兵数では上回っているとはいえ、町一つを落とすのに正直心許ない。となれば、なにか秘策でもあるのでしょうか?」
イーキンの質問にカシシュ家の二人を除いた一同は、これを聞きたかったのだと顔を見合わせて頷き、ケレムの言に耳を傾けたが、発言したのはイルカイであった。
「ここは私めから。先程説明差し上げた通り、敵方は王都の西と南に砦を築き、それから皆様方を警戒して北側にも簡易ながら砦を築いております。よって――」
「そうか。砦のない東から攻めるんですね」
閃きを我慢できずにドゥシュナンが呟いてしまい、イルカイの発言を遮るも、彼は嫌な顔一つせずに説明を続けた。
「その通りです。ですが、ユズクの北も東も川を一つ挟んで開けておりますれば、北側から多数の兵で攻める姿勢を見せて敵を引きつけ、東からは察知されないように気を配りつつ、本隊より少ない兵力で攻め寄せるのが上策と存じます」
「東から攻めるとなると、アイウスの兵に挟撃される虞もあるのでは?」
「ドゥシュナン殿の仰る通りです。ですが、アイウスとて留守居を考えるとそうそう兵は出せないはずです。そうなると東からは我らカシシュのみ兵2000で当たり、残り4500でまずは北の砦攻略の素振りするのでは、いかがでしょうか?」
「それなら勝ち目はあるかも知れませんね。しかし、時機を合わせなければ、二方面からの攻撃も効果が薄れるのではないですか?」
今度もやはりイーキンが疑問を述べる。勝ち目ありと前提しての実務的な話に移ったようだ。
「時機を合わせるには狼煙を使います」
「狼煙を? 届くのですか?」
「ああ、これは失礼。ドゥシュナン殿はご存知のようですが、他の皆さんはカシシュ家の名物のことはご存知なかったようですね」
「名物……」
「何せドロナイはああ見えて谷間の集落も多くあって、なかなか起伏が激しい土地ですから、情報伝達を素早く行なうために狼煙台をいくつも置いて、中継しているのですよ」
「なるほど。それなら大丈夫そうですね」
その後もいくつか質問が出たが、ケレム・カシシュとイルカイの主従は涼しい顔で答え続け、やがて途絶えたところでケレムが結論を求めると、ドゥシュナンは反対したものの、他の議員は4名のうち3名が賛成した。なお、議会は参考として、セルハンとイーキンに意見を求めたが、セルハンは反対、イーキンは賛成だった。
これによりサディルガン領以北の民たちはユズク攻めに向けて動き始めたのであるが、ドゥシュナンの心は、本人も気が付かない内に、少しずつ蝕まれていた。
しかしそれも、ケレム・カシシュに言わせれば「何を今更」というものなのだろうが。