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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第3章 鏡の向こうの花、水面に映ゆる月
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第122話 ギュネシウスからの使者

 ユルマイ、とその使者は名乗った。標準的な身長に、標準的なやや細身の体、標準的な茶色の髪、標準的な茶色の瞳、そして特徴のない話し方。特筆すべき点がないことが特徴であるにも関わらず、この男はギュネシウスに駐留しているカシシュ兵たちの隊長だという。だから、南部氏族連合の本陣幕屋に居並ぶ者から口々に質問を浴びせられたのだ。


「使者殿は本当に隊長なんですか?」


 一通り皆が同じような疑問を口にしたところで、最後にデミルが質問するや、アルテンジュを含めた幕屋の面々は押し黙り、ありったけの視線をユルマイに注ぎ込んだ。


「こちらがカシシュ様の命令書です」


 そう言ってユルマイは、深紫のリボンによって筒状に丸められた紙を身近な南部の兵士に手渡す。受け取った南部の兵士が今度はデミルに手渡すと、デミルは慎重にリボンをほどいて内容を確認したのだが、命令書の「イスケレの兵とともにギュネシウスを防衛せよ」という内容はともかくとして、最後に書かれた署名の真偽は分からなかった。


「王子、この最後の署名、本物かどうか分かりますかい?」


 南部氏族の誰も分からないのであれば、アルテンジュか、或いは教会の関係でブラークが知っている可能性もあるのだが、ブラークはオルマヌアーズで連絡要員として動いている。必然、アルテンジュなら分かるのではと期待したのだが、王子も首を横に振った。


「あいにくと、私のところには書類など一切回ってこなかったからな。真偽など分かりようもないよ。……それも大事なことだが、そもそも使者殿からまだ用向きも聞いていないのだ。焦らずに聞こうじゃないか。失礼した、ユルマイ殿」


 その落ち着いた対応にユルマイはいかにも恐縮する。

 今回の東進で軍に同行すると決めてから、アルテンジュはそれらしく振舞おうと練習してきたのだ。人の上に立つ者は岩のように構えていなければ、下の者が安心できないだろうと、見せかけでも落ち着いていなければと。それによってユルマイも少しは威厳を感じ取ってくれたようだが、それも演技であるかも知れない。


「は! この度カシシュはイスケレ家と敵対することを決定しました」


 その言葉に幕屋は(にわ)かにざわめくが、アルテンジュがそれを制して使者に続きを促す。


「まだ使者殿の話は始まったばかりだ。お喋りするのは最後まで聞いてからにしよう。さ、ユルマイ殿、続きを」

「はは! 我が方、多数の損害を出しながらも、昨夜のうちに西門付近を制圧いたしましたが、何分(なにぶん)にも多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)にて、ギュネシウス制圧のために是非とも皆様のお力をお借りしたいと思い、こうして隊長の(わたし)(みずか)(まか)り越した次第です。何卒(なにとぞ)、ご助力をお願いいたします」


「ほう。その……」

「ユルマイ殿の用件は分かりました」


 アルテンジュは何かを言おうとしたが、デミルが発言してしまい、言葉をぐっと飲み込んだ。

 (はた)から見ればデミルの態度は不遜(ふそん)に見えるかも知れないが、軍の指揮は彼に預けてあるのだ。(いくさ)のことを知らぬ自分があまりでしゃばるべきではないと、アルテンジュはそう思っているのかも知れない。


「では、お味方して頂けると?」

「そうは言ってませんよ。(おっしゃ)りたいことが分かっただけです」

「そうですか」


 がっかりしたような口振りだが、ユルマイの表情はなおも変わらず、標準的だと思われたその特徴は、逆に不気味さを際立たせるようにも思える。


「ところで使者殿、中の状況をもっと詳しく教えてくれないだろうか? 我らが味方をするにしても情報がないのだ」


 お次のアルテンジュの質問にデミルは横で顔を(しか)めたが、聞かれたユルマイは想定済みとばかりにすらすらと話し出した。


「我らカシシュの兵はおよそ500。イスケレの兵も守備隊は同じようなものですが、大型艦船2隻と中型艦船が5隻ありますから、イスケレ麾下(きか)の海軍がおよそ2000から2500はいるものと見ています」

「海軍は水夫も含めての数字か?」


左様(さよう)です」

「であれば、こちらの見立てと変わらないな。他には……そう、例えば敵方に援軍はありそうか? 町の中はどのようになっているんだ?」


「援軍はありますまい。ここから最も近いアイウスでさえ、今もって動きが見られないのですから。恐らくユズクの防衛に力を入れたいのでしょう。町の中……とは、どのような?」

「詳細な地図が欲しい。生憎(あいにく)と我が(ほう)では少し前の地図しか持っていないのだ。協力をするにしても今の内部の情報があるとないでは大違いだからな」


 これにデミルは再び渋い表情になるも、彼が視界に()るはずのアルテンジュは素知らぬ顔である。


「こちらからお願いをしているとは言え、未だご協力頂いていない状況で地図をお見せするわけには参りません。何卒(なにとぞ)ご容赦を」

「そうか、分かった。ではこれより皆と評議を行ない返答を決する。使者殿は――」


「ま、待って下さい! 王子!」


 アルテンジュが言いかけたところで、デミルが目を見開き、焦ったように割り込むと、言われた王子は目と口を開いて察した表情。


「おお、うっかりしていた。(みな)も使者殿に聞きたいことがあろうに。では、デミル殿」


 デミルは黙して王子に一礼し、カシシュ家の使者に疑問をぶつける。王子が聞かなければならなかった疑問を。


「では、ユルマイ殿」

「はい」


「我らがギュネシウス制圧に協力するとして、その見返りはなんでしょうか?」

「ギュネシウスの町を差し上げましょう」


「それはなんとも腹の太いことですな。だが、カシシュ家にどんな得があるというのです?」

「我々は船を入手できれば十分です」


「船? ……ああ、そうかなるほど。海軍の艦船と港が欲しいと」

「その通りです」


「しかし、町を落とせたとしても船は海にあり、水夫の問題もあります。どうやって丸ごと手に入れるつもりですか?」

「それについては、申し上げられません」

「なるほど」


「ところでユルマイ殿」


 アルテンジュは見返りを失念していたことを密かに反省していたが、デミルに続いてエムレも問おうとしていることに、まだ聞き忘れたことがあったのかと内心、怯えていた。


「この(たび)の要請、それからそもそものカシシュ軍の行動だが、ケレム・カシシュ殿の指示によるものか、ユルマイ殿の独断なのかお答え頂きたい」


 それはわざわざ使者に聞くようなことなのだろうか、俺の劣等感を刺激しないで欲しいと王子は思う。


「すべては我らが主、ケレム・カシシュ様の御指示の通りです」

「あい分かった」


 エムレの質問が終わってから数拍、これ以上の質問がなされそうな雰囲気がない事を見て取ったアルテンジュは「客人用の幕屋でゆるりと休むが良かろう」と、改めて使者に退場を促すとパンパンと2回手を打ち鳴らす。すると、ユルマイの後ろに控えていた兵士2名が「どうぞ、こちらへ」と声を掛けるが、


「現在、我が軍は城壁の上を押さえるため、依然、戦闘を継続しています。しかし、仮に壁の上の敵を一掃できたとしても、今の兵力では維持するのが難しいことは自明。どうか皆様のご助力をお願いいたします」


 使者は最後のお願いとばかりに、やや大きな声で話しては方々(ほうぼう)に頭を下げ、案内役の兵士について本陣幕屋を出ていった。


「ふう、疲れた」


 ユルマイの姿が見えなくなってからの、アルテンジュの第一声がそれだった。目を瞑りながら手を組んで腕を上に伸ばし、一通り体をくねらせて(ほぐ)した後、皆を見渡すと、デミルは相変わらずのしかめっ(つら)で王子にお小言(こごと)(こぼ)した。


「王子、さっきのあれは何ですかい」

「うん? さっきのあれとは?」


「あれと言ったらあれです。あれでは我らの情報収集能力が低いと言ってしまっているようなものですよ、まったく。それも味方かどうかも分からない相手に」

「しょうがない。本当のことなんだから」

「そうだぜ、総指揮官様。王子が言うまでもなく、あちらさんには分かっていることだろうよ」


 アルテンジュがささやかに反論すれば、ベルカントもそれに続き、会話はデミルとベルカントが中心となる。


「あちらさんには分かっている? 何を根拠に?」

「ユルマイの見てくれだよ。お前さんだってああいうのが内地公安局(アミガサ)の人間だってことくらい分かってるだろ? どうせ筒抜けなんだから構うこたあないし、情報は引き出せるときに引き出した方がいい。ま、そんなことよりあれだな。あいつに協力するかどうか考えようぜ。俺は協力に賛成だ」

「私は慎重に検討した方がいいと思う」


 ベルカントが賛成の意を(ひょう)すれば、エムレはどちらとも付かない意見を口にする。他の面々はと言えばテペとオルマンユユの指揮官は賛成であり、視線はまだ意見を表明していないアルテンジュとデミルに自然と集まる。


「俺は反対……というよりしばらく様子を見た方がいいと思ってる」


 (あご)の無精ひげを右手の指先で掻きながら、気怠(けだる)そうにデミルは言う。


「ともかく得体が知れねえ。町の中まで突っ込めるとはいっても、その先が全く分からん。海軍もどう出るか未知数だ。兵を出すにしてもユルマイとやらと一緒に進ませるべきだな」


 残るはアルテンジュのみだったが、彼は外連味(けれんみ)のない表情で、澱みなく発言した。


「私は賛成だ。物資の不安もなく、じっと守りを固めていれば良い状況で、あちら側にはわざわざ門を開け放つ理由がない。ユルマイ殿の言い分は信ずるに値するものだ。だから、協力すべきだと思う。……皆もそれで良いか?」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ、王子」


 王子としてはこれで決定するつもりだったのだろうが、ここでもデミルは目を見開き、全面的には肯定しない。


「……デミル殿。まだ、何かあるのかな?」

「せめて、せめて俺がさっき言った件と、突入する人数だけでも考慮して頂けませんかね?」


「ユルマイ殿と一緒に行動する件か。人数、というと?」

「罠の可能性を考えて、突入するのは一部だけにするんですよ。そもそも、あんまり一度に沢山、中に入っても身動きが取れませんし」


 アルテンジュは、なぜこの男は事あるごとに自分の意見に口をはさむのだろうと、内心苛立(いらだ)ちを覚えた。俺が総指揮官に()してやった恩も忘れたのかとすら。しかし、上に立つ者はそんな狭量なことでは駄目なのだと思考を切り替える。本当は声を荒げて(ののし)りもしたいのに、己の内心を決して悟られぬよう、表情も変えずに。


「そうだな。デミル殿の言う通りだ。そのようにユルマイ殿と交渉してみようではないか」

「ありがとうございます」


 この後の交渉は南部氏族連合の要望をすべて受け入れる形で進み、南部氏族連合はユルマイ率いるカシシュ家の兵士とともに、ギュネシウス制圧に向けて動き出す。

 辺りには草木に混じり、(ほの)かに(しお)と火薬と鉄のにおいが漂い始めていた。


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