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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第3章 鏡の向こうの花、水面に映ゆる月
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第121話 ボシ平原

「――ほう。では、すぐにはユズクに攻め入らず、先にギュネシウスを()ると申すか」


 気品と知性が溢れんばかりに漂う女性から、その切れ長の目で()め付けるように見られ、アルテンジュは固まっていた。全てを見透かしているような、その目が。


 ここはウチアーチと王都ユズクの間、広大なボシ平原に似つかわしくない高い城壁で囲まれたアトパズル。平原で育てられた駿馬(しゅんめ)の売買で栄えている町だ。

 1637年7月早々。6年前の再現とばかりに瞬く間にウチアーチを制圧し、その後も周囲の集落を大した戦闘もなく恭順させた南部氏族連合だったが、周辺平定の(かん)、アルテンジュは平原南部のチョバン氏族に敵意なきことを説明しに(おもむ)くなど、ただのお飾りにならぬよう、自ら動いていた。

 チョバンと協力関係は結べなかったが、相互不可侵の関係であることを確認できた。さて、お次はということで、南部氏族の(おさ)たちの親書も用意して、国王派であり反ギョゼトリジュと目されるキズミット・ソルマとの会談に(のぞ)んだのではあるが――


「ユズクの奸賊(かんぞく)どもがいつここに攻め寄せて来るかも分からぬというのに、か弱い(わらわ)を盾にして呑気に海釣りになど出かけたいと、こう申すか」


 眉一つ動かさず、怒気を(はら)んだその物言いに、どこがか弱いものかとアルテンジュは思うも、当然、口には出さない。女人(にょにん)が怒っているときは大人しく話を聞くものだと、南部氏族の名だたる(おさ)たちも言っているからだ。(もっと)も、今は私的な会話ではなく、お互いが代表としての公的な会談である。相手がいくら有力9家の一角だとしても、いつまでも固まったままではいられず、どうにかして協力を引き出さなければならないと、アルテンジュは太ももを拳で鈍く殴って話し出せば、キズミットはその目を更に細くした。


「キズミット殿の懸念も分かりますが、これまでビルゲ側と交戦はないと聞いています。ここで我々がイスケレ家の本拠地であるギュネシウスを陥落させれば、あちらもユズクから兵を割かざるを……」

「そううまく事が運べば良いのじゃがな」

「と言いますと?」


 言葉を途中で(さえぎ)られたアルテンジュだが、彼の想定とは異なるキズミットの懸念に聞き返さずにはいられない。


「最近、ユズクの動きが慌ただしいと物見から報告を受けておる。王子は掴んでおらなんだか?」

「いえ、残念ながら」


「そうか。ではユズクの南側と西側に砦が築かれたことも知らぬな?」

「ええ、初耳です。そうなると、どこに軍を動かすんでしょうね。それも目星が?」


「いいや、分からぬ。東以外はすべて対象になり得るからの」

「東以外すべて……。そうなると、西のアイナかこちらが狙われそうですが」


「かも知れぬ」

「……余裕がありますね」


「この町の頑丈な城壁を見たであろう。そう易々(やすやす)と落とせるものではないわ。そもそも――」

「そもそもウチアーチが陥落した情報が伝われば、南部氏族連合と組む可能性の高いソルマ家をわざわざ南に出向いて相手にしようとするはずもない、ですよね?」


「おお、その通りだ。そこまで分かっておるのなら無用な心配だったの。ところで、南部の軍勢は如何程(いかほど)おるのだ?」

「5氏族合計でおよそ6000と聞いております」


「6000……。攻める場合はこちらとタルカン殿を足してあやつらと同じ程度、ふむ。……それにしても、聞いております、か」

「……何か?」


 キズミットの声に最早怒気は感じられないが、相変わらずその表情に色はなく、アルテンジュの心は休まらない。


「いや、実に王家らしいことだと思っただけだ。ともあれ、ギュネシウス攻めに兵は出せぬが、寝床(ねどこ)や物資などは幾ばくか支援してやろう。兵どもの協力などはその後だ。それで良いな?」

「十分過ぎるほどです。ありがとうございます」


「期待しておるぞ、第6王子とやら。いずれは共にユズクを、な」


 彫刻のように表情を変えなかったキズミットだが、会談の最後に少しだけ口角を上げたように見え、アルテンジュはやっと呼吸する実感を得られた。


 その後、ソルマ家とチョバン族の厚意により、南部氏族の連合軍およそ6000がボシ平原南部およびアトパズル周辺にて駐留していたところで、サディルガンの陸軍を中心としたギョゼトリジュ側およそ4000から5000の兵が北へ向けて進み始めたとの情報がもたらされる。可能性は低いとはいえ、もしもアトパズルに攻め寄せてくるのならばと東進を保留にしていたのだが、これ幸いと、アルテンジュとブラークも含めた南部氏族の一団は一斉にギュネシウス攻略に進み始めた。


 ――そして7月の中旬。


「デミル様、ギュネシウスの城壁に設置されている兵器の確認が終了しました」


 南部氏族連合の一際(ひときわ)大きな幕屋の中、斥候から渡された紙の見取り図をデミルはじっと見て呟く。


「こいつは、厳しいな」

「厳しい……」


 アルテンジュはオルマヌアーズの城壁補修工事で監督をしていた男に、オウム返しに問いかける。聞けば6年前の動乱のときもオルマンドベル兵の現場の指揮官として従軍していたといい、実戦経験がほとんどない南部氏族連合にあって貴重な存在であった。故にテペクルジュのエムレやイェシリアダンのベルカントなどを差し置いて、軍の総指揮を任せていたのだが、その彼が厳しいという。そしてそれはそのまま軍全体の意志となり得る。しかし、ギュネシウスを落とし、海軍の艦船を少しでも破壊、あるいは1隻でも船員ごと手に入れでもすれば、オドンジョ家が動きやすくなる。更にはイスケレ家の収入源を押さえることもできる上、もう一つ北、ギョゼトリジュ家の中心都市であるアイウスに軍事的圧力をかけることが可能となるのだ。南部氏族連合としては、というよりはアルテンジュとしてはなんとしても落としたい。


「落とせそうにないのか?」


 だから、問わざるを得なかった。厳しいと無条件に受け入れていても。


「ええ、落とせそうにありません。およそ10メートル弱の城壁は見た目通り厚く頑丈で、周囲には掘もある。中へ至る跳ね橋もすでに上げられている状態。その上、見えるだけで城壁の上に大砲が15門。南北、それから西に5門ずつの配備だが、周辺が開けているこの地形では、大砲も含めてこちらの攻城兵器など使う前に軒並み破壊されてしまうことでしょうな」

「敵兵の数はどれくらいだ? 夜間に東の海側から攻めるのは?」


「敵兵の数はざっとの見積りで2000ほど。大半がイスケレ家の海軍ですが、(おか)にはカシシュ家の兵もいる模様です。……夜間に海側から攻めるのは私も検討しましたがね、そもそも船がありませんよ。それに、用意できたところで港内の海堡(かいほう)から滅多打ちにされるのが目に見えてます」

「さっきからできねえできねえと泣き言を言いやがって! それをなんとかするのが総指揮官様の役割じゃねえのか!」


 どうもデミルの受け答えが気に入らなかったのか、ベルカントが(にわ)かに立ち上がり文句を言うが、ベルカントとて実戦経験があるわけではない。


「ベルカント殿、落ち着いてください。今ある情報で無理に攻めても多くの同胞が無駄死にするだけです。今は情報集めに注力しましょう」

「お、おう。そうだな。怒鳴って悪かったな」


 だから、デミルの意見が正しいことなど分かっているのだ。しかし、やはりどうにもベルカントにはもどかしかった。これだけの人数を揃えていながら、町を落とせないことが。それは勿論、デミルも、そしてアルテンジュも同じ気持ちだったのだが、有効な手立てを見いだせないまま、ボシ平原の東端で悪戯に時間ばかりが過ぎていくこととなる。

 かに思われたのだが――


「デミル様、跳ね橋が下ろされました! 落とし格子も開いています!」


 何やら昨夜半(さくやはん)、ギュネシウスが騒がしいと思っていたところで、早朝、斥候の一人がデミルの幕屋に駆けこみ、信じがたい報を告げれば、更にもう一人。


「デミル様! ギュネシウスより使者が参っております! 火急の要件とのこと!」


 ここまで想定していなかった事態があれば、デミルの覚醒しきっていない寝ぼけた頭でも分かった。中で内輪揉めか内乱でも起きたのかと。


「すぐに兵士たちを起こして(いくさ)の準備をさせろ! お前は王子と各氏族の戦士長を起こして本陣幕屋に集まるように伝えろ。用件は使者への対応だ」


 それぞれ「は!」と返事をすれば、脱兎の如き速さで幕屋の外に駆け出すも、総指揮官殿の頭は焦らず、急がず。


「やれやれ、罠でなければいいんだけどねえ……」


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