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転生のおと  作者: 津多 時ロウ
第3章 鏡の向こうの花、水面に映ゆる月

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第119話 隠者の戦①

『セルハン君のいうことは(もっと)もだね。だけど、疑いを晴らすことが出来る機会は近々訪れる。サディルガン、バルクチュ、そして我がカシシュがデニズヨル奪還に動くのだから』


 ケレム・カシシュがそう言い残してからというもの、デニズヨルの代表者の地位を、その職務とともに(てい)よく押し付けられていたドゥシュナンは、更なる激務に襲われていた。町の運営を軌道に乗せるための各種施策の検討及び打ち合わせの他、防衛のための軍の編成までも降りかかってきたのだから。バルクチュ家だけでなく、精強な陸軍、それもあろうことか建国神話の軍隊、突撃重騎兵(アテシュムズラル)(よう)するサディルガン家、加えて得体の知れないカシシュ家まで攻めてくるというのだ。

 城壁を持たず、東西に長いデニズヨルの町を守るためにいかほどの兵が、そして武器が必要なのか想像もつかない。ひとまずは、デニズヨルに(とど)まった元バルクチュ兵を中心に兵士を徴募、それからマビキシュ、ダルマク、イネキら島の民に協力を仰ぎ、人員を()き集めた。

 頭を悩ませている問題はそれだけではない。ドゥザラン島の東南端に位置する”巨人の鼻”デブラーチェニスに立て籠もる500のバルクチュ兵はいまだ健在で、堅牢な作りのその灯台の町を犠牲少なく陥落させる手掛かりも掴めず、睨み合いが続いている状態だ。


 デブラーチェニスからイキレンキ海峡を挟んで南側に目を移せば、有力9家の一つ、ロクマーン・アバレが治める漁師町グンドウムの動向も気になるところだ。デニズヨルの議会から何度か会談の申し入れの(ふみ)を送りもしたのだが、音沙汰なく、表向き中立だと言われているアバレ家がどのように動くのか、はたまた変わらず静観を決め込むのか。だが、ギョゼトリジュ側にこれからつく、或いは既についているとするならば、デニズヨルが島の民たちに攻撃された時点で兵を出すべきであり、時機を逸している感は否めない。今後の動きは予測できないが、少なくとも今は敵ではないというのが、デニズヨルの議会の、ひとまずの結論であった。


 そうとなれば、宣戦布告なしに予告された(いくさ)に備えるのみと、セルハンとイーキンを中心とした()()()数名に戦闘訓練と指揮訓練、南北両町の商人組合には兵装の調達を依頼。更に、戦に間に合うかどうかは分からないが、イヌイに魔石、特に茶のエルデ神のものを臨時で多く譲ってくれないかと、マチェイ商会に買い付けにも行かせている。茶の魔石についてはセルハンからの提案によるもので、城壁の無い町を守るのであれば、短期間で堀や土塁を作るしかないだろう、との事だった。流石は南部の英雄だとドゥシュナンを始めとした議会の面々は感心したものだが、そもそも森の中で暮らしていた彼が、どのようにしてその知識を手に入れたのか。デニズヨルの図書館にある本を読み尽くしたと得意顔でいうドゥシュナンにも、土塁はともかく、野戦にて空堀を築くなどと書かれた本の記憶はない。


 こうして兵士はおろかデニズヨルの多くの住民、更には島の民までもが不安を抱えて過ごした1ヶ月の後、デニズヨルから南に60キロメートルほどのスオーツ湖西岸地域で両軍相まみえることとなった。

 スオーツ湖はケレム・カシシュの治めるドロナイ大丘陵に降った雨が、その岩盤を通って湧きだした非常に大きな湖である。そこから西に向かって流れ出るアエルマク川は水深が深い上に川幅が広く、軍隊が南からデニズヨルを目指すときにはスオーツ大橋という頑丈な石橋を渡る以外に、ほぼ選択肢がなかった。ほぼ、というのはスオーツ大橋が架けられる前に使われていた旧道、ドロナイ大丘陵の狭く荒れた道を使ってスオーツ湖の東側を迂回するという経路もあるからなのだが、サディルガン、バルクチュ、カシシュが質と量で自らの軍が勝っていると考えているのなら、わざわざそのような道を通って兵を疲れさせることはしないだろう。

 そのようにセルハンらは考え、スオーツ大橋のすぐ北側に堀と土塁で固めた防衛線を築いた。果たして予想は現実のものとなり、橋の向こうに見える敵の軍勢に、先ずは上々と幕屋の総指揮官はほくそ笑む。

 とは言え、デニズヨル側の兵力およそ2000に対して、ケレム・カシシュから聞いていたバルクチュ、サディルガン、そしてカシシュは総勢4000と倍近い。彼我(ひが)の戦力差を思えば、無闇やたらと交戦するのではなく、お行儀よく隊列を組んで攻めてくる敵を、堀と土塁で固く守りながらあわよくば手痛い反撃を加え、相手に諦めさせることがセルハンの狙いであった。敵を壊滅させなくとも良い、撤退させれば勝ちなのだ、だから早く橋を渡ってこいと思っていたのだが、敵は陸軍を統括するハヤチ・サディルガンが主体の軍隊。昼夜(ちゅうや)を問わない威力偵察などはあっても、セルハンの用意した火中に本格的には飛び込んで来てはくれず、アエルマク川を挟んだ睨み合いが1週間は続いている。


「サディルガン殿! 何を臆病に手をこまねいているのだ! 北の蛮族どもなど、あなたのアテシュムズラルで簡単に蹴散らせるだろう! 早く、早く、一斉攻撃の指示を! 早く!」

()めぬか、バカ息子! ……ハヤチ殿、大変失礼した」


 幼い頃から軍学を学び吸収していったハヤチ・サディルガンに、自らの力量も(わきま)えずに詰め寄ったのは、ドゥシュナンたち島の民に散々に打ち負かされたジェム・バルクチュであり、そのドラ息子を一喝したのは彼の父、つい最近までデニズヨルを統治していたフェリドゥン・バルクチュであった。フェリドゥンは愚かではないが凡庸だった。しかし、己の才能と立場を良く知っている。それだけでも息子のジェムとの差は大きいのだが、そんな彼の最大の失敗と言えば、ビルゲに感化され、北部ドゥザラン島の民たちを武器も持たぬ者どもと(あなど)ってしまったことだろう。


「しかし、ハヤチ殿。いつまでも睨み合っているわけにもいかぬ。何か策はあるのですかな?」


 結果として領地の中心たる大陸最大の商業都市を失ってしまったのだ。彼の先祖たちが地道に発展させてきた町を何としてでも取り戻さなければならぬと、ビルゲ・ギョゼトリジュ、ハヤチ・サディルガン、ゼキ・イスケレ、ケレム・カシシュに泣きついて、勢力のほぼ半数に及ぶ兵力を揃えることができた。後は、軍学に長じているハヤチの言う通りにしていれば、最近、武器の使い方を覚えたような島の民たちを容易(たやす)く粉砕できる、彼はそう思っていた。だが、現実は思い描いていたものほどはうまくはいかない。


「ご両名、落ち着かれよ」


 ハヤチは実に武人らしい重厚な声で語り始めた。


「こちらとて、無為に過ごしているわけではない。敵方の背後を突くべく、ケレム殿が選抜した決死隊500がスオーツ湖の東側、大丘陵の旧道を進んでおる。一両日中に敵の脇腹に襲い掛かる(ゆえ)、本格的な攻撃はそれまで我慢して下され」


 しかし、その日も、次の日も、そのまた次の日になっても、デニズヨル側にそれらしい動きは見られなかった。フェリドゥンとジェムの父子は焦りを(あら)わにして幕屋の前を(しき)りにうろうろし、ハヤチとケレムに(たしな)められる場面もあったのだが、その翌日、ついに物見(ものみ)の兵から待ち望んだ報告があった。


「報告します! 敵陣の後方より黒煙が上がり、土塁を守る兵が少なくなっております!」


 このときを待っていたのだ。(にわ)かに幕屋の中、フェリドゥン、ハヤチ、ケレムの瞳が輝き始め、ハヤチが指示を飛ばす。


「全軍、この機を逃さず敵陣になだれ込め! いや、アテシュムズラルはここに残れ! ケレム殿は後詰を頼む! フェリドゥン殿、いざ、参ろうぞ!」


 士気も最高潮になった2家の連合軍は騎兵も歩兵も、隊列も陣形もなく、我先にとスオーツ大橋を駆け抜ける!


 だが、橋を渡り切った彼らを待ち構えていたのは、昨日までと変わらず、いや、昨日よりも遥かに多い銃兵と鉛玉の横殴りの雨だった。気付いた先頭の兵が慌てて退却しようとするも、後から後から味方が押し寄せ、前は堀と土塁、後ろは人に(はば)まれた阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄と化す。


「おのれ、(たばか)ったか! 退け! 退け!」


 自軍の最後方から愛馬に(またが)り戦況を見ていたハヤチが必死に声を掛けるが、銃声と悲鳴の中、その声が届くこともなく、累々(るいるい)(しかばね)の山が築かれてゆく。更に追い打ちをかけるような報告がなされた。


「ハヤチ様! 我が方の食糧庫から火の手が上がっております!」


 このとき、ハヤチはすべてを悟った。


「ケレム・カシシュ! お前だったか! 許さぬ! 許さぬぞ!」


 ハヤチは放たれた矢の如く、カシシュ家の陣を目掛けて愛馬で疾駆するも、隙間なく銃兵を並べて構えるそれに近づいたとき、アテシュムズラルがハヤチを取り囲んだ。


「お前らも邪魔をするか!」

「ハヤチ様、なりませぬ! ここはユケルバクまで撤退し、軍を立て直しましょうぞ!」


「黙れ! 裏切り者の首を取らずに死ねるものか!」

「なりませぬ、なりませぬ! どうか、どうか……」


 駆けながらの説得も間に合わず、銃兵の射程に入ってしまい、ハヤチのすぐそばで鍛え抜かれた強者(つわもの)がばたばたと落ちてゆく。


「おのれ、おのれおのれおのれおのれ! 許さんぞ! 許してたまるものか! ……者ども! ケレムの陣をかすめてユケルバクまで撤退! 怒りは呑み込め!」


 (しか)して、アエルマク川を血で染めたこの(いくさ)は、事実上の総指揮官であるハヤチ・サディルガンの撤退、バルクチュ父子の戦死とデニズヨル側の圧勝で幕を閉じた。


 ハヤチは傷を負いながらも逃げおおせたが、100騎いたアテシュムズラルもその頃には僅か5騎となり、主の居ないユケルバクに待ち構えていた深紫色のチュニック(軍服)を着た軍勢に易々(やすやす)と拘束されるに至った。


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