第118話 カビレ・コンセ
シェスト暦1637年6月6日、カビレ・コンセが予定通りに開催された。テペのバイラム、テペクルジュのエムレ、イェシリアダンのベルカント、オルマンユユのタネル、そしてオルマンドベルのウムト。エコー大陸の南部、およそ4分の1の地域を治める各氏族の長、あるいはそれに準じる者たちが、およそ100年ぶりに一堂に会したのである。しかも、前回のカビレ・コンセでは丘の民テペは参加せず、またテペクルジュも存在しておらず、規模だけで言えば前回よりも大きい。
この南部にしてみれば大事件とも言える会議だが、驚くべきことにたった一人の少年の呼びかけによって実現したのだ。第6王子アルテンジュ・ハリカダイレという、今や王亡きこの国において、何の権力も持たない少年によって。
「余は、第6代国王ハリト・ハリカダイレが末子、アルテンジュ・ハリカダイレである。皆々の参集、まことに大儀である。此度は、南部の未来、そして皆も大恩のあるハリト王を弑したビルゲめを誅伐すべく、存分に意見を交わそうではないか」
会議は、そのアルテンジュの挨拶で始まった。オルマンドベルのウムトから贈られたターコイズグリーン――ハリカダイレ王家を象徴する禁色の一つに彩られたドゥシェ・カフタンを纏い、実に堂々とした話しぶりだったのだが、バイラムとベルカントは笑いを堪えきれないといった様子。ウムトなどは眉間に皺を寄せていた。エムレとタネル、そして王子のお付きのブラークは実に感心していたが、3名だけがその調子では、アルテンジュが一晩寝ずに考えた名演説も然程の効果はなかったように思われる。だが、ベルカントは演説がおかしくて笑いを零していたわけではないようだ。
「王子、ぷぷ……、アルテンジュ王子、ぷ、笑っちまってすまねえ。俺ぁ、どうしてもお前さんが堅っ苦しく話してるのが慣れないんだ。ぷははは。すまないが、いつもの話し方でお願いするわ」
「そうだな、儂も慣れない。それに、その文句だとまるで儂らが王子の臣下であるようにも聞こえるからな、いつも通りで頼む」
ベルカントに続きバイラムともなれば、偉ぶった口など閉じている方がましな上、畏まらずとも良いと言ってくれているのだ。無理をする必要はない。ウムトの眉間の皺は気にはなるが、ともかく会議を進めなければと、アルテンジュは再び口を開く。今度は偉ぶらず、丁寧な口調で。
「……えー、失礼しました。それでは気を取り直して。今日は私の招きに応じて、集まって頂き、とても感謝しております」
言い直し始めると、今度は代表5人、黙して頷き、ウムトの眉間も徐々に解れてゆく。
「ハリト王の無念を晴らすため、南部氏族の文化と伝統を守るため、挙兵したいと考えていますが、残念ながら私には何の力もありません。どうか皆さんの知恵と力を貸してください。どうか、よろしくお願いします」
「おう、任せとけ! で、何から話し合えばいいんだ?」
アルテンジュが話し終われば、ベルカントが調子良く合わせ、場の雰囲気も王子の心も一気に柔らかくなった。それからはウチアーチ攻略を手始めとして、とんとん拍子に話が進むも、しかし、どうにもならない問題はある。
「問題は銃だな」
「ええ、銃ですな」
ウムトが切り出し、タネルも追随する。
そう、銃の問題。南部氏族が所有している銃は軍用ではなく相変わらず火縄式の旧式猟銃で、イスケレ家が所管する海軍の銃は10年ほど前から配備が進んでいる最新型のフリントロック式の軍用銃である。その違いは旧式猟銃の有効射程距離がどう頑張っても100メートルなのに対して軍用銃は200メートル。そして、発射までの手順も軍用銃の方が少ない。銃の撃ち合いになれば、南部氏族側が圧倒的に不利であることは明らかだった。
しかし、ウチアーチ攻めには問題ないという。もしや大砲や投石器などを隠し持っているのかとアルテンジュが聞いてみれば、ウムトが言うには旧コル家の城館からは、そのまま町の外へ出られる隧道が伸びているという。それも下水道を利用した大規模なものが。その隧道を利用して多数の兵士を城館内部に送り込めば、近接戦闘でも十分に制圧できるだろうし、代官がそこにいるのならば万々歳という目論見だ。
だが、その先はどうする?
アトパズルのキズミット・ソルマは王の側、つまりアルテンジュに協力することは間違いないだろう。これは心配いらない。問題はその東、イスケレ家のギュネシウスを攻める際、向こうは数と射程距離の優位を生かして、城壁の上から、或いは、野戦にても散々に撃たれることが目に見えるのだ。これをどうするのか。
ウムトはオドンジョ家から買えば良いと言えば、タネルはギュネシウスを攻め落とさずに、そのままソルマ家と共に北上して、弑逆勢力の駐留するユズクに攻め込めば良いと言う。そして、ベルカントはウチアーチにある武器があるだろう、それを使えと声高に主張するなどして、議論は一向に噛み合わずに平行線を辿る。その中にあってバイラムとエムレは最近の戦の事情に疎く、ただ心配そうな表情を浮かべるばかりであったが、最終的にはアルテンジュの意見に一同渋々ながら承諾し、銃ならびに攻城兵器については、不確かな合意をもってして100年ぶりのカビレ・コンセは閉幕となった。
なお、アルテンジュの意見というのは何の事はない。オドンジョ家に兵器を融通して貰えないか交渉する、ウチアーチを攻略した際に使えるものは使う、その後、ソルマ家にも兵器の融通をお願いをするという、ウムトとベルカントの意見を組み合わせただけのものだ。もちろん、タネルの意見も放置せず、そのまま北上することの無謀を皆で説明したのだが。
「王子、お疲れさまでした。うまく事が運んで良かったですね」
会議が終わり、イェシリアダンの用意した宿で体を解すアルテンジュにブラークが声を掛けてきた。
「そうかな。そうだといいのだけど」
カビレ・コンセは乗り越えたが、今後のことを思う王子の心は重く、ズキズキともする。
「戦争になれば沢山の人間が死ぬ。兵士はもちろん、民も。しかも国王派も何も関係のない南部氏族の人間が死ぬんだ。彼らを巻き込むことが正解だったんだろうか? 彼らを巻き込んでしまって良かったんだろうか? 今でもエルバン・ダイレに言われたことが頭から離れないよ」
「良かったのではないですかね。彼らはビルゲ・ギョゼトリジュを敵視していて、そこに都合よく王子が現れた。燻ぶっていた恨みの他にも大義名分も手に入れ、それぞれの理由で王子に協力するのですから、巻き込んだのはお互いさまではないでしょうか」
「そういう考え方もできるか」
「ええ、ですから王子が気にすることはありません。……それにしても6年前の件、今にして思えばビルゲ・ギョゼトリジュはこうなることを見越していたのでしょうかね」
「それこそ、そういう考え方もできるな。コル家を唆して南部氏族が反乱を起こすよう仕向け、ボシ平原で王家との繋がりが深い彼らの兵力をごっそり削った。今にして思えば6年以上前からビルゲ・ギョゼトリジュは反乱の準備を進めていたともとれる。レヴェント・コルの一族が処刑され、南部氏族らが御咎めなしも同然、逆に自分が蟄居させられたのは予想外だったかも知れないが。……いずれにしても想像の域を出ないことだけど」
「そうですね。本当のことは分かりませんから、今はともかく、ウチアーチの制圧が成功することと、そこに沢山の武器があることをお祈りしようではありませんか」
「そうだな」
――それからおよそ1カ月の後、南部氏族連合はオルマンドベル、オルマンユユ、イェシリアダンを中心としたおよそ1000の兵で、ウチアーチを強襲。外から下水道、そして城館へと至る抜け道を間抜けにも把握せず、塞いでいなかったウチアーチの守備隊500だったが、突然現れた敵兵たちにも粘り強く応戦。しかし、城館の執務室に立て籠もった代官および守備隊の指揮官が南部氏族側に捕らえられたことにより、一部の兵を除いて降伏した。
「バルクチュ家の治めるデニズヨル全域が、北部の氏族に占拠された模様です」
その情報をアルテンジュら南部氏族連合が聞いたのは、その直後のことであった。