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#14 放課後の延長戦

22


「──と、この一件は、何やかんやありながらも一応は一段落ついた。一応な。

 『真実』って奴にかなり嫌気が差して、もう何も考えたくないとさえ思ったけど──でも、そうもいかなくなった。

 面倒なことに、確かめたいことがいくつかできてしまったから。


 だから俺は、それを確かめに来た。

 ──皆琴こづちに、会いに来た。


 こづちは、かのかと俺がこの場所でしていた別れ話を盗聴してたよな。

 そしてその後、誰かに電話してただろ?

 その相手が誰なのかについて、あのときの俺は深く考えなかったけど、でも今考えてみると。


 まず、こづちの知り合いだってのが大前提。

 次に、電話の目的が俺たちの事情を知ることにせよ何にせよ、相手はそれを知っていそうな人物だろう。


 この条件で検索を掛けると、最有力の候補として浮かぶのは、絢峰綾。


 翌朝、てか今朝に二人が一緒にいたことを考慮すれば、この推測でほぼ間違いないと思う。

 あのときの二人は、電話の続きの話をしてたんじゃないか?

 とはいえ、その道中で俺たちと遭遇したのは、二人にとっても予定外だっただろう。

 けど、それは気付かれなければいいだけの話だ。無視していれば何の問題も起きないし、二人も最初はそのつもりだったんだろう。

 でも、実際はそうしなかった──正確に言うと、出来なかった。

 こづちが『面倒臭いことを考えて』いる俺を無視できずに話し掛けたから。

 俺にとっては一種の助け船になったけれど、二人にとっては計画の狂いだ。

 だから綾は咄嗟に予定を変更した。無理矢理に口実を作って、かのかと二人きりになった。

 目的は、俺とかのかを離すこと。

 あのまま話していたところで結果は見えてたから、姑息療法として時間を置かせようとした、ってとこだろう。

 状況に即した最善手──でもこれが仮に、『打った』手じゃなく『打たされた』手なら?

 綾が俺とかのかを離す方法は、実際かなり限られている。

『分ける』ってのは一番シンプルかつ簡単な方法だし、あの場にいた四人の関係性を考えれば分け方は『俺とこづち、綾とかのか』しか無い。


 ──だから、俺の仮説はこうだ。

 こづちが『俺と二人きりになる、或いは綾とかのかを二人きりにする』ために、つまりは『綾にその一手を打たせる』ために──今朝、わざと俺たちに声を掛けたんじゃないか?」

「そうっすね」


 ──昼間の一件で「探偵の真似事はもうりだ」みたいなことを言っておきながら、舌の根も乾かぬうちに再び似たような行動に出ている自分に対して自己嫌悪を抱きながらも、それでも長々と口上を捲し立てている間に気分が乗ってきたのか、大人気もなく少しばかり得意顔になっていた俺とは対照的に、後輩はどこまでも淡白に、端的に肯定した。

 正直、拍子抜けするくらいに。

 止めろよ、さっきまでの自分が馬鹿みたいに思えて恥ずかしくなってくる。仮にそれが狙いなら性格が悪いぞ。

 そんな複雑な心境に陥っている俺には目もくれず放置したまま、皆琴こづちは淡々とした態度で続けた。

「注釈しておくと、話しかけた目的としては『小途先輩と二人きりになるため』が正解っすね」

「ちょっ……ちょっと待て、こづち」

「はい、何っすか?」

 態度を変えることもなく、認めるどころか補則まで挟んできた後輩に、俺は軽いパニックに陥りながら、それでもなんとか制止する。

「──お前、素直に認めるのか? 証拠もないし、全部ただの想像だぜ?」

「否定する理由が無いっすよ。悪事がバレたとかなら否定もするかもっすけど、そういうわけでもないっすから」

「いや、確かにそうだが……」

 こづちなりに余計な手間や時間を省いた、ってことか?

 その理屈は分からなくもないし納得もしやすいが……だからって、こうも簡単に認めるか?


 混乱に狼狽うろたえる俺を安心させるかのように、後輩は明るい調子で言う。

「──で、その日の放課後にわざわざうちの喫茶店に来たぐらいっすから、まだ先輩の推理には続きがあるんっすよね?」

 後輩は本当に楽しそうに言ってのける。

 理由は分からないが、きっと今、心から楽しいのだろう。


 俺は少々面食らいながらも、それを隠すように大仰に頷いた。

「当然──今日の昼、お前がこっそりと俺たちの会話を聴いてたことについても、話さなきゃならないからな」

 一気に斬り込むくらいの意気で大見得を切った俺に、後輩は無言でただ先を促す。その表情に浮かぶ笑みが少し深まった気がした。

「お前は予め、盗聴機を綾に貸してただろ? 綾はそれを使って、俺と打出の会話を盗み聴いていた」

「はい。先輩たちと会った後にそんな暇が無かったのは分かってる通りっすから、実際に渡したのは小途先輩たちに会うより前のことっすけど」

「その盗聴機は『俺と打出の会話が綾に聴こえる』だけじゃなくて、『こづちにも聴こえる』ように設定してたんじゃないか? 詳しくないからよく分からないが、中学校まで届かせるくらいならなんとかなりそうだし」

「推理としてはちょっと強引っすけど、隣っすからむしろ余裕っすよ。例えば、携帯を介した盗聴とかなら」

「携帯の電波が意外と馬鹿にできないとは、確かに聞く気がするかな」

「小途先輩の携帯をハックして、『集音マイクを常時オンにして、拾った音を送信する』ように設定──素人の小途先輩にも分かるように雑に説明すると、こんな感じっす。実際はもうちょっと複雑っすけど、それを説明しても仕方ないっすからね。ここでいう送信先は、綾先輩とこづちの携帯っす」

「携帯をハック?」

「聞き違いっすよ」「嘘吐け」


 ──俺が拙く語る推測に、こづちが新たな情報を補足・注釈しながら補強していき、真実が急速に浮かび上がってくる。

 恐ろしいほどに平和的な、そんな質疑応答を幾度も繰り返した。

「──最後に、動機だな」



「皆琴こづちの動機は──不安、だ。少なくとも、俺はそう思ってる」


 俺とかのかの別れ話を見た直後に、綾に電話を掛けた。

 仮にそのとき俺たちの事情を知ろうとしたのなら、それは、俺たちの態度から不審なものを感じて何かしら案じたからじゃないか?


 綾と一緒に登校し、盗聴機を貸した。

 言い換えれば、俺の推理を手助けするつもりだった綾に力を貸した。これはそのまま、綾と俺を手助けするためだろう。


 偶然見かけた俺たちに声を掛けて、俺と二人になるように仕向けた。

『面倒臭いことを考えていた』俺を看過できなかったから。


 俺と打出と綾の会話を、手の込んだ方法で盗聴していた。

 きっと、俺たちが心配だったから。


「不安に思って気になって、気が気じゃなくなって調べて。マズい事態に陥らないように、色々と手を尽くして、直接背中も押して。それでもやっぱり心配で、事後報告なんて待てなかった──」

 相変わらず根拠も何もない、これは推理なんて呼べるはずもない、ただの想像でしかない。

 皆琴こづちを信じる心だけが、この想像を形作っている。

 俺は、正面に座る後輩の反応を黙って待った。言いたいことは全て言い切ったはずだ。


 そのままテーブルに沈黙が落ちる。反応や変化を求めて片時もこづちから目を離さない俺に対して、いつの間にやらこづちは、こいつにしては珍しいことに俯いていた。


 俺が沈黙に耐え難くなるより前に、そんな時間は終わりを迎える。

 こづちが顔を上げる。そこには、先程までは少々見えていた弱々しい儚さのようなものは全て消え失せていて、いつもと何ら変わらない『皆琴こづち』だった。

 こづちがそのまま、にやりと悪戯っぽく微笑む──微笑でこそあったものの、今こうして過ごしている瞬間と世界が本当に楽しくってたまらないと叫ぶように咲き誇る、春の花のような弾ける笑み。

 愚鈍な先輩でも自分の真意を見抜けたことへの安心かもしれなかったし、色々と気を揉んでいた一件がようやく片付いたという安心のかもしれなかったし──或いは、俯いている間に閃いた皮肉が自分でも笑えるくらい面白くて、溢れる笑みを押さえ付けていたのかもしれなかった。


 こづちは席を立って、二、三歩ほど進んだところで足を止める。

 釣られて俺の視線がその動きを追い掛けるタイミングを察したように、こちらに背中を向けたまま口を開いた。

「──小途先輩の中でこづちがどんな存在かは知らないっすけど、生憎こづちはそんなに良い奴じゃないっすよ」

 そんな捨て台詞だけ言い残して、後輩は歩みを再開する。その姿が影に隠れて見えなくなるまで一度も振り向かなかったし、俺も何も言わなかった。


 このときの俺は、たぶん呆れていたのだ──つい昨日、どこかで聞いた言葉を真似したようなその台詞と、それを言った彼女自身に。

 素直じゃないな──思わずそう口にしかけたが、「お互い様っすよ」なんて言いながら愉快気に笑う少女の姿を幻視して、ギリギリで塞き止める。

 あいつの笑顔を見られるのは悪くないけれど、何だか癪だった。

 だから最終的に俺の口から漏れた言葉は、ぼやくような小さな呟き。

「……いつから盗聴してたんだよ」



「いつからって訊かれると返答に困るっすね。かなり前からずっと、小途先輩には四六時中、何かしらの盗聴機を仕掛けてあるっすから」

 ──一人その場に残されてふと呟いた言葉に、転章さえ挟まないスピードでまさかの応答があった。

「あんだけ格好つけて去っておいて、よくUターンできたな……尊敬に値するメンタルだよ」

 そう言わざるを得ないだろう。

 戻ってきたこと自体も残念で、返答の内容も最悪。何もかも色々と台無しだ。

「あれだけ格好つけてなんて言っても、それをしたのは昨日の小途先輩なんっすけどね」

 だが後輩は悪びれもしない。

「てか、話に夢中になりすぎて、普通に注文訊くの忘れてたんっすよ。ウェイトレスの仕事しなかったら、単にこづちがサボっただけじゃないっすか。

 確かに正直『え、これ戻らなきゃダメ?』って、何度も思ったっすが──さて、ご注文は何っすか?」

「流れるように話を進めて、突っ込みを回避するな」

 いつものことながら、こいつは本当に……いや、これ以上突っ込んでも俺が疲れるだけなんだろうな。

 それに──

「──『それに今回は、こいつなりに助けてくれたわけだしな』と?」

「勝手に人の心を読んで、しかも自分で言うな。どこまで台無しにする気だよ。俺にちょっかい掛けないと死ぬ病気でもわずらってるのか、お前は」

 頼むから感傷的にならせてくれ。

「もしもそれが恋の病なら、こづちは確かにその病人っすねえ──動機にしても、本当に心配だったのは小途先輩だけだったのかもっすよ? 他は一切合切、ただのついでとか」

「意味もなく悪ぶんなよ。喩えそうでも結果的にみんなを助けたんだし、俺もお前に感謝してるんだから」

「『意味もなく悪ぶるな』。鏡でも用意すればいいんっすかね?」

 ほっとけ。隙を見せたら終わりかよ。


「──で、注文だったか?」

 都合の悪い流れになりそうなので、俺は強引に話題を打ち切る。二年の付き合いだが、こづちと脱線せずに本題に入ったことがない気がした。

 実は何を頼むかは入店当初から決めていたのだが、俺は少し悩んでいる振りでメニューを眺めてみる。

 ようやく決心が付いた、みたいな仕草をしてから注文を告げた。特に深い意味などない。

 それを聞いて、側に控えていたウェイトレスは、端的に「悪趣味っすね」と溢す。

 自覚はあるが、だけどお前にだけは言われたくない。


「そうそう。これから、坂穂先輩と今朝は中断してできなかった話の続きをするんっすよね?」

「何で把握してるんだ……って、訊くまでもないか」

「『放課後、話があるから喫茶店に行く。待ってろ』ってこづちに送った後に、坂穂先輩にも似たようなメッセージ送ってたっすもんね」

「一応訊くけど、お前にプライバシーの概念は無いのか?」

「で、小途先輩に一つばかり訊いておきたいことがあるんっすよ。坂穂先輩について、こづちが色々と調べてたのはたぶん分かってるっすよね?」

「もう一度訊くけど、お前にプライバシーの概念は無いのか?」

 こいつの行く末が、だんだん本気で心配になってきた。手遅れだろうけど。


 しかし俺の抗議を当然のように黙殺して、後輩は言う。

「──何で、小途先輩も綾先輩もみんな、坂穂『瑕納佳かのか』先輩のことを『かのか』って呼んでるんっすか?」

第二幕、完結です。

第三幕に地続きなので、あんまり綺麗な終わり方はしてませんが……

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