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#10 探偵ごっこ

14


 時計の針は数時間進んで、昼休み。

 俺は昨日のこの時間帯とほとんど同じ過ごし方をしていた。

 桜音打出に呼び出されたときと同じ、つまりは屋上へと続く薄暗くて人気の無い階段にいた。午前中の授業が終わってからすぐに教室を出て、脇目も振らずここに来たのだ。

 だから、今はまだこの場所には俺一人しかいない。急ぐ理由は別になかったのだけれど。


 しかし一点、決定的に違うことがある──俺が呼び出された昨日とは正反対に、今日の俺は人をここに呼び出した側であるということ。


 ……そういえば今朝、綾とかのかの二人は何を話していたんだろう?

 まあ同じことが、遭遇する前の綾とこづちにも言えるのだが──こづちには、教えられないと言われたけれど。

 考えて答えが出る問でもないが……まあきっと、俺が知るべきでない、知ってはいけないことなのだろう。或いは知るまでもないことか。


 ちなみに、今日これまでの学校生活は至って普通で、いつも通りのそれだった。

 それでも、色々とタイミングが悪かったりして、かのかとは結局、朝以来話せていないが。

「関係を整理する切っ掛けを得られないことを残念に思ってる反面、まだ結論を出さなくても良いって現状に分かりやすく安心もしてる──か。こづちに言われた通り、我ながら嫌になるほど臆病だな」

「──お待たせ、か?」

 独り言に男の声が割り込む。この場所に現れてこんな台詞を言う奴が、通りすがりなわけもない。俺がこいつの声を聞き違えることも、ないはずだ。


 良かった。ちゃんと現れてくれた。

 まずは前提条件となる第一歩を踏み出せたことを、俺は安心する。そしてその相手の方を向いて、自然な笑顔で言葉を返した。

「いや、待ってないから大丈夫。それに、そもそも急に呼んだのは俺の方だしな。悪いな──打出」


 桜音打出。

 俺が今から対峙する相手だった。


「それは別に構わねえって。俺の方こそ、昨日は同じようにお前を呼び出したわけだしな」

 俺の内心の企みに気付いているかは分からないが、打出は苦笑しながら答える──もし俺の想像が正しければ、打出も俺に呼び出された時点で覚悟を決めているのかもしれないし。

 俺の想像が見当外れなら、今は何の為に呼び出されたのか分からず戸惑っているのかもしれない。表情から判別はできないけれど。


「正直、俺と二人きりで話をするために、わざわざ『呼び出す』って方法を採ったことだけは少し意外だったんだけどな。携帯でやり取りすれば済む話だし、普段ならそうしてるだろ?」

「ああ。文明の利器を使った方が、当然だけど圧倒的に速いし楽だからな」

 勿論、そうしなかったのには、それだけの理由があるのだ。

「まあでも、それはお互い様だろ? 俺と話をするためにわざわざ呼び出したのは、昨日のお前もなんだから」

「ん、そりゃここは学校内で、昼休みだったからな。有名無実って四字熟語の例文にしていい扱いとはいえ、校内での携帯の使用は立派な校則違反だぜ? 少途も電源は入れてるだろうとは思ったけど。それに携帯だと、小途が着信に気付かなかったり、気付いても無視したりされるかもしれねーじゃん? そう考えたらやっぱり確実性に欠けるだろ」

「だから、携帯を使わなかった? 確かに、嘘じゃないだろうけどな」

 嘘じゃないということは決して、真実を表していることと同値ではない。さながら、敵じゃない人間が味方だとは限らないように。

 打出が今語った二つの理由は、真実のほんの一側面でしかない。複数ある理由の中のたった二つにすぎない──本当の、核となる目的は、別にある。


「例えば、」

 俺は演技過剰に堂々と口を開く。これも昨日とは正反対に、今日は俺が探偵役、打出が犯人役だった。

 直に会って話す場合と、デバイスの画面内のやり取りの場合。その違いはいくつも存在するけれど、ならば打出が前者を選んだ真の理由は何か?

 それは直接対面して互いの姿をこの眼で確認しながら話す際に、どうしたところで拭いきれないデメリット。通常密談をするにあたっては、欠点という他ない特徴。

「──偶然の第三者」

 勿体振らずに、俺は告げる。


 人気の無い場所を選んで、息を殺して声を潜めて、どんなに策を講じたところで。誰かが聴いている、誰かに聴こえている、誰かに聴かれている──そんな不安を拭い去ることなど、不可能に限りなく近い所業だ。

 セキュリティは突破される為にあると言えば大袈裟だが、突破され得ない防護壁がこの世に存在しないことは確かな事実だ。


 打出は曖昧な笑みを浮かべて、「確かに理解はできるが」と応える。

「つまりアレか? 昨日俺たち二人がここで話をしてたときに、誰か他の奴が隠れてそれを聴いてたかもしれない──いや、俺がその『誰か』を呼んだんだって、そう言いたいわけか」

 俺の言ってることへの納得と、俺の言ってる疑問とが半々で同居した打出の表情を見ながら、俺は首肯した。

「理解が早くて助かる。うん、その認識で合ってるよ。ちなみに探偵らしくないことを言えば、証拠と呼べるものは残念ながら一つも無い。昨日の打出が俺の思惑を推理したときと同じようにね」

 もっとも、根拠くらいはある。これも、昨日の打出と同じで。

 打出の推理は、俺への信頼、俺の優しさとやらへの信頼に基づいていた。その結果として生まれた結論が「綾を守るために綾を傷付けた」という頓狂とんきょうなものだったのはともかくとして、俺の推測も同じ道筋を辿るものだ。

 打出が俺を信じたように、俺は打出を信じた。

 打出の優しさを信じて推理したのだ。


 すると打出は、多少のオーバーリアクションを取りつつ、意味が分からないとばかりに疑問符を浮かべる。

「──優しさ? お前との密談に、俺がこそこそ誰か別の奴を呼んでたとして、その何が優しさなんだ? ある意味では、むしろ小途への裏切りだろ」

「普通に考えれば、ね」

 俺は同調的な譲歩を口にして、そこで言葉を区切った。

「──でもこの行為の意味は、呼び出した相手が誰かって部分に大きく依るんじゃないかな?

 例えばその相手が絢峰綾だったら、これは本当に意味が分からない。綾は最初から俺の思惑とやらには気付いてたんだから、わざわざ呼び出して俺たちの会話を聴かせる理由はない」 

「確かにな。そうするだけの理由も意味も無ければ、わざわざ後ろめたいことをする必要なんかないわけだ」

「でも、この『呼び出し』が、場合によっては凄く大きな意味を持つっていうのも事実だろ?

 ──相手が坂穂かのかだった場合とか、特にね」


 核心に斬り込んだつもりで放った一撃に、打出は何も応えない。今は、先を促しつつ静観しようという腹積もりだろう。

「俺たちの会話をかのかに聴かせることがどんな意味を持つかなんて、少し考えたら分かることだ。言うまでもなく、状況は劇的かつ決定的に変わる。

 ──あの朝、かのかは俺に怒りを向けていた。

 俺が綾を手酷く拒絶した様子を間近で見たんだから当然のことだし、それを他ならぬ綾が庇ったことはきっと不可解でしかなかった。

 もしもあのままの状態で時間が過ぎていけば、俺とかのかの関係はギスギスしたものになり、最終的には破局していただろう……まあ、結局ギスギスしたし破局もしちゃってるけど。今は今で、まだマシとはいえぎこちない関係だけど、それはともかく。


 打出は気を回した。

 その未来を回避できるように密かにくわだてた。


 人気の無い場所に俺を、そしてかのかを呼び出して堂々と俺の真意を暴く──その光景を、直接かのかに見せる。そうすれば、かのかの誤解も解けて怒りも鎮まる。

 雑に言えば、そんな筋書だった。

 かのかに罪悪感が産まれたのか、それとも身を呈して綾を庇った俺に愛想を尽かしたのか──それは分からないけど、さっきも言ったように別れ話を切り出される未来は結局訪れたんだがな。荒療治が荒すぎたみたいで。

 かのかにお前が直接告げずに回りくどい方法を採ったのは、恐らくはそれだと説得力に欠けるからだろう。幼馴染の擁護ようごが、かのかを納得させるだけの根拠たりえるのかどうか、ってな。

 ──つまり、お前はその『策略的な居合わせ』を起こすために、わざわざ俺を呼び出したんだ、って考えてる」


 推測を最後まで一気に言い切ってから、俺はようやく打出の表情を伺う。

 どんな顔をしているか確認するのが怖くて、まくし立てている間は一度も打出の顔を直視できなかったのだ。

 打出はずっと黙ったままで俺の推測を聞いていたけれど、今見た顔からは具体的な感情を読み取れない。俺はただじっと、打出の応えを待った。


 数秒の沈黙が落ちた後、打出が口を開く。それは推理に対する答え合わせではなく、質問だった。

「なら今日、というか今、少途は、何でわざわざ俺を呼び出したんだ?」

 その態度は決して、自分にとって都合の話から話題を逸らそうとしているという感じではなかった。

 恐らくは、ただ純粋に疑問に思ったのだろう。

「お前の口振りからして、実は今陰に誰かが潜んでるって訳じゃないんだろ? でも、わざわざ呼び出したのには理由があるとも言ってたよな?」

「いや、単純だよ? 云わば直接話すことの欠点を利用したのが昨日の打出じゃん。逆に俺は美点を利用したってだけ。よく言われることだろ? ──直接会って話すと相手の表情が目に見えて分かる、って」

 文字によるメッセージのやり取り、あるいは電話でも、当然ながら対話相手の感情は多少以上に分かる。

 けれど直接会えば、より確実で手っ取り早い。表情や態度の観察を通じて、相手の感情を細やかに認識できるからだ。

「──成程な。納得した」

「まあ他にも、『相手に落ち着いて考える時間を与えない』とか『話が終わるまで一旦でも相手を逃がさない』とか、そういった理由もあったけど」

「そっちは腹黒いし恐いな……」

「まさか。冗談だよ」

「だとしても、その発想自体が既に怖いよ」

 そう茶化して言って、俺たちは普段と同じように互いに笑いあった。


 そうして一頻ひとしきり笑い、張り詰めていた空気の緊張感も解けたところで、俺は仕切り直すように改めて言った。

「──さて。じゃあいよいよ、答え合わせと洒落込もうぜ?」

「昨日は俺の推理の答え合わせを拒否したくせに、自分の推理では訊くんだな。まあ別に構わねぇけどさ」

 打出は、それまでの軽々しい雰囲気を消して、芝居がかった様子で大袈裟に手を広げた。

「ああ、確かに全部お前の推察通りだよ。ミステリーでたまに出てくる、探偵を試すタイプの犯人みたいに言うなら『お見事。俺が犯人だ』──って感じかな?」


「──じゃあ真犯人は誰だろうね?」


 シリアスを装いながらもふざけているような口調で、打出が俺の正解を認める言葉を口にしたその瞬間──突然に割り込んできた、意味深な第三者の『声』に俺たちの意識が奪われる。


 しかも、その『声』は俺の背後から響いた。屋上へと続く、鍵の掛かった重々しく荘厳な扉。そこに背を預けていた俺の背後から、響いたのだ。

 扉の開く音と共に。

 ギリギリのバランス感覚で俺も倒れ込みこそしなかったが、そうなっていても不思議でないくらい唐突に、開くはずのない扉は開いた。


 そして、響いた声の持ち主、その正体こそが一番の大問題。

 俺も打出も聞き慣れた声。顔を見るまでもなく、誰かは分かっている。

 けれど、振り返らざるを得なかった。予想を外していた、思っていた相手ではなかった──そんな光景を望む儚い願いは、すぐに打ち砕かれる。

 分かっていた正体を改めてこの眼で確認して、再び驚愕する。打出も同感らしく、情けなくも男二人はその場で声を喪った。


 唯一この場で声を出せる『闖入者』が、笑いながら口を開いた。

「いや同じ学校なんだし、そんなに驚くことでもないでしょ? 昼に階段で会うなんて珍しくもないじゃない──なんちゃって。これは意地悪かな?」

 『闖入者』──絢峰綾は、朝も聞いたような台詞を冗談めかせて言って、てへ、と舌を出した。


 既に驚愕という領域を通り越して呆然の域に至っている幼馴染二人を余所に、綾は軽い調子で言う。

「本当に仲良いねぇ、探偵君と犯人君──だったら私はさしずめ、この中途半端な幕引きに物申したい、通りすがりの名探偵ちゃんかな?」

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