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俺は中隊を三つに分けた。
二個小隊と二個機関銃分隊を一個づつ組ませ、東西に振り分け村の周囲を囲ませる。
これで村の外からの襲撃を防ぎ、村の中での動きをけん制できる。
残りの部隊は全部村に進入させ、歩兵小隊や偵察小隊はここが民兵の拠点か否かを調べるための家探しを実行。残りの機関銃分隊と迫撃砲分隊は中隊本部の傍に配し、村の外からの攻撃に備える。
ともかく、男共が居ないというのが気にかかる。ひょっとしたら全員が土匪でここに戻って来るかも知れねぇ、そうなれば俺たちが今度は攻められる側に成る。そのことの備えての配置だ。
包囲が完了したことを無線で確認した後、司令部に村の検索開始を報告。村目指し部隊を進める。
目標の村は深い森に覆われた二本の尾根に囲まれた盆地の底にあり、石をくみ上げて建てた小屋が広場を中心に立ち並んでいる。
それぞれの小屋には生け垣がめぐらされ、中では痩せていじけた森羊とよばれる家畜が放し飼いにされていた。
昔は広大な牧草地で立派な羊や牛も育てていたというが、低地から帝国の威光をかさに侵出してきたバチャンに追い立てられ、森に逃げ込みこの環境に適した家畜を育てて食いつなぐしかなくなった。と聞いている。
わざとゆっくり慌てず堂々と村に入る。
その姿を目にした、額に一本角を生やした女共は逃げまどい、ガキ共は一斉に物陰に隠れ、小屋の軒先で日向ぼっこをしていた爺さんはよろよろ立ち上がりけ躓いてこけ、婆さんは膝間づいて自分らの神様に祈りをささげる。
女共の悲鳴、ガキ共の喚き声、婆さんの陰気な祈りの声、森羊のけたたましい鳴き声。さわがしいったらありゃしねぇ。
俺はオレコ族の言葉を話せる兵に大声で用意していたセリフを怒鳴らせた。
「我々は帝国軍だ!土匪の討伐に来た!この村が土匪どもの隠れ家じゃないかどうかを調べる!村人はみな家を出て広場に集まれ!隠れる者は容赦しない!疑いが晴れれば何もしないで帰る!」
何度か怒鳴り声を聞かせると、外に居た者はそのまま広場を目指し、小屋に居た者はおずおずと外に出て同じく広場に集まって来る。
集まって来た村人は男、女子供の二つに分け座らせる。
峻別の時に住民に手荒な真似をしないよう兵に一々注意するのがめんどくせぇが、ほっといたら服や髪や角を引っ張る。蹴り上げる、しばき倒す、銃床で小突き回すと乱暴なことこの上ない。
この作業が一応一段落すると、今度は兵を二人一組にして小屋を一軒一軒回りまだ隠れていないか調べさせる。
これには俺もリ・ウォンを連れてついて回ることにした。一応、乱暴な真似はすんなと言い含めてはあるが、目を離したすきに何をするかわかったもんじゃない。
案の定、一見の小屋で怒鳴り声が聞こえ、駆け付けてみるとバチャン兵が床に臥せった祖母さんの角を掴んで引きずり起こそうとしており、娘らしい女が取りすがって何か喚いている。
リ・ウォンが素早く駆け寄り、兵士の頭を平手で叩き。
「病人じゃないのか!無理やり立たせるな!その女に手伝わせて床ごと広場に連れ出せ!手を抜くんじゃない!」
兵士と娘とで毛布に祖母さんを載せて広場に運ばせると、ここではここでまたひと悶着起きていた。
偵察小隊の分隊長。バチャン兵のハレシ曹長が、十歳くらいの少年を角を掴み顔面に拳を叩き込んでいる。
チビですばしっこく勇猛果敢で恐れという物を知らぬ本物の戦士。
戦闘に成れば真っ先に下士官銃を打ちまくり敵中に突っ込んでいく頼りになる野郎だが、いまは年端も行かねぇガキ相手に浅黒い顔を真っ赤にして怒りをぶつけている。
拳を振るうのに熱中している奴の後ろに回り込み、尻尾を掴み思い切り引っ張ると。
「馬鹿野郎!なにガキ相手に熱くなってやがる!」
痛みのあまりにガキの角から手を離し、尾っぽの根元をさすりながらハレシは、地面に膝間づき血交じりのつばを吐くガキを指さし。
「大尉、あのガキの首飾りを見てくださいよ。あれ、俺たちの仲間の尻尾です。どこかでバチャンを殺して尻尾を切り取って記念品にしたに違いねぇ」
確かに、首には干からびた生き物の尾っぽが、平たい部分がちょうど喉の前に来るように二重に巻き付けられていた。間違いない。バチャン族の尾っぽだ。
モレン曹長が物凄い勢いで掛けて来て、ハレシの胸倉をつかむ。
「頭に血ぃのぼらせんじゃねぇよ兄弟!誰かから持ったもんかもしれねぇし、買ったもんかも知れねぇだろうが、冷静に成れ冷静に!」
「了解」と言いつつハレシは渋々ガキから離れ、ガキの方も俺たちを物凄い形相で睨みつつ女子供の群れに加わる。
人集めが終わり、すべての小屋が空であることが報告されると、俺は集められた村人に向かいオレコ族の言葉で言った。
「村長は居るか!?」
すぐさま長い白髪を垂らした痩せた老人が立ち上がり、まほらま語で答えた。
「私が村長だ。ここには土匪なんぞ居らん。男共はみんな山へ仕事に行っている。乱暴はやめて早く帰ってくれ」
俺は村長に近づくと、その緑色の瞳を覗き込み。
「まだ質問してねぇのにしゃべるな村長。これから一個一個質問し、一個一個答えてもらう。全部まともに答えて、嘘が無きゃアンタの言う通り大人しくこの村を出てゆく、それに今のうちに隠していることを正直に言えば、村の連中にはもうこれ以上指一本触れねぇ」
そこでいったん言葉を切り、さらに一歩踏み込んで村長の顔面に自分の顔を近づける。煙草と羊酪そして垢のキツイ臭いが鼻を刺す。
「質問に答えなかったり、答えに嘘があったり、隠し事があればたたじゃおかねぇぞ、アンタを逮捕し村の連中は追い出して小屋を一軒のこらず爆薬で吹っ飛ばしてやる。家畜も皆殺しだ」
村長ののどぼとけがゴクリという音と共に上下する。
「まず、第一の質問。男共は今どこだ?」
「さっき言った。山に枝打ちに行っている」
「第二の質問、土匪どもが使う武器や弾薬、物資の類は隠してないな?」
「そんなもんはここには無い」
「第三、この村は今まで一度も土匪どもに食い物や水を与えたり、休憩場所に成ったりしてねぇな?」
「していない、彼らとは関わりたくない」
「以上、質問は終わりだ。今か答え合わせをする。よっしゃ!家探しを始めろ!小屋だけじゃねぇ、物置、飼葉置き場、井戸の中、全部だ!」
俺の命令を受け、住人を監視している者を除きほとんどの兵が村の中に散って小屋に飛び込み家探しを始める。
家具を引き倒し、荷物を転がし、家畜を蹴り上げ、壁を叩きまわし、地面をほじくり、囲炉裏の灰をぶちまけ、鍋をひっくり返す。
住民たちは押し殺した悲鳴を上げ、我が家が荒らされるのを不安げに見つめているが、村長はじっと目を閉じ微動だにしない。動揺を隠そうとしているのか?
家探しが始まり半時間ほどたったが、どの小屋からも何かを見つけたという報告が上がってこない。
「この村はシロですかね?」
と、なぜかほっとした口調でつぶやくリ・ウォン。しかし、何か引っかかる。この村長、何か隠していやがる。
俺はふと気づいたことがあって、チャン少尉を呼んだ。
「なぁ、チャンよ、この村の墓場って何処よ?」
チャンに言ったはずなのに村長の顔色が明らかに変わった。
「昔は村落の山側に作ったという話ですが、今では豊かな低地に帰るという意味で下手に作るみたいです」
そういうチャンの答えを聞いた後、目が泳ぎ始めた村長に。
「最近、この村で出た死人は何人だ?」
「墓は神聖な場所だ!暴けば呪いを貰うぞ!」
誰もそんなこと聞いてねぇって。
リ・ウォンを残しチャン少尉とモレン曹長、その他五人ばかし連れ、村長の首根っこを掴んで引きずりつつ村の下手のはずれにある墓場へ向かう。
木の杭に囲まれ、森羊の角が飾られた土饅頭がいくつも並ぶ墓場につくと、明らかに新しいのが五つ六つ。
携帯円匙で墓を暴かせ始めてしばらくすると、モレンが叫んだ。
「大尉殿!当たりです!」
村長の頭に二十式を突き付けながら近づいて墓穴を覗くと、そこには棺桶の代わりに同盟の連中が使うファリクスが掛かれた濃緑色の木箱。
村長の脚が震えだした。
「こっちもです、こりゃぁ、砲弾だ・・・・・・」
チャンの呼ぶ方へ行くと、同じような箱が埋められており、中には七十五 粍砲弾がギッシリ。
ここはチレジ村を襲った土匪の拠点の様だ。いきなり当たりを引いちまったぜ。まったく。
「村長さん、あんた嘘つきだね。攻めは負ってもらうよ。この村はもう」
東西の尾根から銃声沸き起こり、一発が連れて来た兵士の頭に命中し、後頭部が綺麗さっぱり吹っ飛ぶび、生っ白い脳味噌が辺りに散らばる。
タレム一等兵、先月、五つ年下の女房との間に、二人目の男の子が出来たって言ってたな。
そここに鉛玉が降り注ぐ中、反射的に土饅頭に身を隠し二十式を構えた。チャンもモレンも他の兵も手近な土饅頭を縦に弾がすっ飛んできた方向目掛けとりあえずぶっ放す。
村長だけが辺りの着弾を気にも留めず立ち尽くす。
脚が届く範囲だったので思い切り向う脛を蹴り上げブッ倒す。今死なれちゃ色々不味い。
無線の作法を欠いたリ・ウォンの呼び出しが、携帯無線機から弾丸が空気を切り裂く音に紛れ聞こえる。
『大尉!リ・ウォンです、東西の尾根から敵の攻撃、第二第三小隊が応戦してますがかなりの数の様です』
無線機に向かって怒鳴る。
「迫撃砲で二と三を援護しつつ、村の奴等を適当な小屋に閉じ込めろ、それから『流星』に応援要請!」
『了解!』の声を聞くか聞かぬかで土饅頭を飛び出し、放心状態の村長を引きずり来た道を叫びながら駆けた。
「牽制射撃をしながら村に戻るぞ!俺に続け!」
タレムよ、後でまた来るからな。




