第8層 生還
男はいつものように受付に座って静かになったフロアを眺めた。
今日は夜勤で、夜に迷宮に入る人が来るわけではないが、迷宮にはいった者たちは夜だろうが朝だろうが帰ってくる。
その時の手続きのために男はここに控えている。
男は手元の大きな石板に触れる。
特殊な石でできていて、どういう理屈かはわからないが登録した冒険者の部隊が表示される。現在、迷宮に潜って戻って来てない部隊のリストを映し出し眺める。
男はその石板の横に置かれた書類を手に取り、目を通す。
2人の名前が書いてある。
アジェンド・タチバナ
メーリィ・カドマエ
今日、迷宮に潜った冒険者で死亡が確定した2人だった。
F級。男はため息をついた。彼もまた20年前に冒険者を目指してこの街にやってきた1人だった。
F級でも立派な冒険者になってやる!!意気込んで来たものの、現実は甘くなかった。
それでも4年。冒険者として頑張ったが、結局芽が出ずに彼は裏方として生きるために剣を置いた。
毎年、登録者の10%ほどが死ぬか行方不明になる。
彼らも若い命を散らせたのか・・・。
男はしんみりとなった。
その時、『帰還扉』の方から光が漏れてきた。
おっと、冒険者たちが帰還したようだ。
男は腰を上げて帰還者を労うために『帰還扉』へと向かうために椅子から立ちあがった。
光が収まっていき、視界が戻ってくる。何度もみた『帰還扉』の部屋。
俺は生きて戻ってきたのか…。
安堵で立っていられなくて膝から落ちる。
やった‥‥生きて戻ったぞ‥‥
俺は小さくガッツポーズをする。
「せんぱぁい…帰ってこれたんですねぇ‥‥」
メーリィが小さな嗚咽をしながらへたり込んでいた。
過酷な…過酷な探索だった。
何度も戦闘し、走った。
そしてやっと見つけた『脱出扉』に飛び込んだのだった。
俺の視界にはまだ
『相棒と踊れ』
モード『短期集中型』起動中
相棒
▶メーリィ・カドマエ
は映っていた。
俺は立ち上がり、メーリィの元へ行く。
彼女は近づいた俺にしがみ付くように抱きつき
俺もまた彼女を力強く抱きしめた。
「うえぇぇぇぇぇぇん。つらかった、つらかったですぅぅぅぅ」
彼女は恥ずかしげもなく子供のように泣きじゃくった。
彼女の不安、つらさ、それらが流れ込んでくる。
俺も目頭が熱くなるの感じ
「よくやった。よくやったぞ」
そう言って二人でむせび泣いた。
「あ、あのぉ、ご帰還おめでとうございます。とりあえず、次の方が帰ってくるといけないんで外に出てもらってもいいですか?」
協会の受付担当の男性が申し訳なさそうに声をかけてきた。
俺は慌てて顔を拭い
「すいません、すぐ移動します。移動するぞメーリィ」
そう言って彼女を立たそうとしたが泣きじゃくって立ってくれない。
仕方なく俺はお姫様抱っこをして『帰還扉』の円の中から移動した。
そのまま受付に行き帰還届のために石板に触れたが・・・・
「・・・・あれ?反応しない」
受付の男性が驚く。
メーリィをお姫様抱っこしたままの俺はもう一度石板から手を離して、もう一度置いてみた。
…反応なし
「あれ?おかしいな・・・。あっ!!!も、もしかして…アジェンド・タチバナさん?」
「あ、そうです」
おれは間抜けな顔でそう答える。受付の男性は感動したように武者震いして大きく息を吐き
「い、生きて帰られたのですね!!!よかったぁ。‥あ、あのぅ申し上げにくいんですが…パーティの方が死亡届を出されてて‥‥」
ああ、なるほど。そりゃそうだ。
「ああ、だいたい事情は掴めました。じゃあこいつ、おい、そろそろ降りろよ」
そう言って下ろそうとするがメーリィはぐずりながら
「いいやぁ‥‥このまま帰るぅ」
そう言いだす。ガキか。
「こいつ、メーリィ・カドマエ。多分彼女も同じように届がでてると思います」
受付の男性はもう一枚の紙を見て
「ええ、出てます。そうですか…無事に戻られたのですね。よかったです。上には報告しておきますので後日手続きにお越しください」
男性は丁寧に頭を下げてくれた。
「あ、わかりました。とりあえず…帰らせてもらいます」
俺もそろそろ疲れたのでメーリィを放り投げる。
彼女はべそをかきながらクルリと一回転して着地して
「ひぃぃぃどぉぉぉぃぃぃ。センパイのいじわるぅぅぅぅ」
そう泣きながら俺の腕にしがみ付く。
「ええい。もう帰るぞ。さすがに疲れた・・・・」
俺は腕にしがみ付く後輩を引きずるように迷宮入口を後にした。
こういうことがあるからこの仕事も棄てたもんじゃないって思える。
帰路に就いた2人の背中をもう一度みて
「無事な帰還、おつかれさま」
そう一人呟き、もう一度2人の死亡届に目を通す。
「え???|S級軍団《Sランククラン??41階層???」
男は自分の目がおかしいのかと目を擦ってもう一度見る。
間違っていない。
そして死亡者の名前とランクを見て慌てて上司に報告に行く。
「ティ、ティアータさん!!い、いま41階層で死んだって届があった2人が…帰ってきたんですが…」
今日の責任者ティアータ・マクノウチ(46)はやる気なさげに足を投げ出して鼻毛を抜いていた
「ああん、馬鹿か。今日死んだ奴は例の研修制度扱いの一般人だろ?いきてるわけねーべ」
ティアータは何かを思いついたように顔をあげ
「あ、おめーアレ、みたんじゃねーのか?」
そう言ってにやついた。
男は一瞬なんのことか分からなかったが職員の間にある噂を思い出し顔が青白くなる。
「う、嘘でしょ…あんなの迷信ですよね???」
職員の間に流れる怪談の類・・・・
その日死んだ冒険者が突然帰ってくる。そしてそれを見た者は翌日にお迎えが…、というものだった。
男はガタガタと震え始める。それを見てティアータが大爆笑して
「がははははは。ただの迷信だ。死んだやつはいねーよ。ただ死者の霊が帰ってくるなんてことはたまにある話さ。ビビることじゃねぇ。なんせここは迷宮入口なんだぜ?」
そう言われて男はほっと肩を撫でおろしたが
「あ、でもほんとに生きてた感じでしたよ?幽霊には見えなかったですが…」
そう食い下がった男にティアータが少し怒気を含んだ声で
「おめーね、そいつらのランク見たのか?死んだのは41階層だぞ?今日S級部隊が2組、命からがら逃げかえった所だ。死亡届死亡届が出てからすでに5時間近くが立ってる。なんでF級がその間生き残れる?」
そう言われてさすがに男も、自分が見たのは幽霊でないか?と思えてきてうすら寒くなって
「み、見間違えたのかもしれません。失礼しました」
そう言って引きさがるしかなかった。
「おぅ。寝ぼけてたんだよ。しっかりしてくれや」
ティアータはまた座りなおして鼻毛を抜き始めた。
俺たちは家路に着く。
泣いていたメーリィもやっと落ち着き始め
少し遠い家までの道のりをゆっくりと歩いていた。
そろそろ夕飯時だろう。
迷宮側から帰るのは俺たちだけ。向かう先にはたくさんの明かりが見える。
俺たちは一言も発さず歩く。
・・・もうすぐ俺の家だった・・・・
「おい…メーリィさん。おまえんちこっちじゃねーだろ…」
もう疲労を隠せないほど俺も疲れていたので冷たく言い放つ。
「いやっ!!今日は帰らないっ!!!ずっと一緒にいるっ!!」
またしてもとんでもないことを言い始めた。
今日一日でたくさんのことがあった。
彼女がそう思うのも無理はないと思うし、千一遇のチャンス!と言えなくもないが…俺は疲れていた‥‥。
「マジ勘弁して…、今日は帰れよ…」
俺はうんざりしていた。
一人になって泥のように眠りたかった。
「いやっ!!もう疲れたっ!!家までまだあるんだもん。センパイんちの方が近いのはずるいっ!!」
メーリィの幼児化がひどかった…。
確かに彼女の家は街に近いので、まだここからだいぶんある。
気持ちは分からなくはなかった・・・・。
それに俺たちはまだ『繋がって』いる。
お互いの考えなんかすでに分かっていた。
「…はぁ。今日はマジ寝るからね」
「うん♡」
ボロい倉庫に着き、俺たちは家に入り荷を下ろそうとした時
俺の視界にあった『相棒と踊れ』の文字がふっと消える。
その瞬間、疲労?いや身体が動かなくなる。
全身が気だるく重く吐き気を催す。
俺はその場に倒れこみ、そのまま胃の中のモノを全部ぶちまけた。
な、なんだこれはっ!!
身体…動かないっ!!
俺の反対側でも嘔吐の声が聞こえる。
なんとか頭を動かしメーリィを見る。
彼女は白目を向いて泡を吹き、吐瀉物にまみれて痙攣していた。
俺の意識はそこで電源が切れたようにストップした。




