第3層 美女の誘惑
俺は倉庫の鍵をあけて女性を家の中に通す。
S級の人物を直接見るのは初めてかもしれない。
ダンジョンの入り口でたまに見かけるが俺とは住む世界の違う存在であった。
改めて女性を見る。女性にしては高身長で俺と同じくらいの身長だ。
そして凹凸のないスラリとしたスタイルは女性らしさはないが美しいと感じるには十分であった。だが冒険者としては線が細い。こうなると…
「魔法系を修めてるのか」
ぼそりと思ったことを口にしてしまったと口を押える。
女性の眼鏡の下の切れ長の目が鋭くなり、俺を見て
「ふぅん。聞いてた通り知識はすごいようだね。長くダンジョンに精通してると聞いたけど。もう何年になるんだい?」
女性は勝手にテーブルにつきながら俺に問いかけてきた。実に嫌な笑みを浮かべている。
「…もう12年になる」
俺はバツの悪い顔でそう答えると本当に驚いた顔をして
「F級で12年!!すごいな。だいたいF級の人間は1年持たないと聞いていたが?」
女性の純粋な感想に対して俺は嫌悪感を感じて、背を向けて飲み物を取りにこの場を離れる。
「そうだ。みんなすぐ辞めていくよ。2年もやってれば十分古参さ」
俺は鍋に水を入れて火種を使い火をつける。
そして女性の元に戻り彼女の前の椅子に座る。
「そんなF級事情を聴きに来たんじゃないんだろ?。要件を頼む。俺は眠いんだ」
要件を促す。メーリィの件でなんとなく…なんとなく期待していた。
女性はコクリと頷きテーブルで手を組み
「君に我がS級軍団、『月光の湾曲刀』の研修冒険者として次の41階層の探索に参加してもらいたい」
予想していた言葉。いや、予想外だったのはS級軍団の方だった。俺は唖然となり全身の毛穴がぶわっと開くような感覚に捕らわれた。
『月光の湾曲刀』
現在、存在するS級軍団で最強と誉高い軍団であった。その実力は折り紙付き。
俺は昂っているのを気づかれぬように大きく息を吸い
「……なぜ俺なんだ?」
頑張って隠したつもりだったが彼女はお見通しのように口元を歪めて
「誰でもいいんだよ。…実際ね。ただ少しでも生存率は上げたい。なら必要な物を持ってる奴がいい。そう考えただけだよ」
女性はじっと俺をみている。
そこでふと疑問が起こった。
「…なぜ?F級冒険者なんだ?しかも41階層、いま一番最前線のはずだ。そこになぜ、お荷物である俺たちを連れて行きたがる?」
たしか迷宮協会の公式発表では新たな協会運営の試みと言っていた。だがいま彼女が口にした通り、お荷物が増えれば帰還率が下がる。
おれが今まで行けた5階層ですら俺たちF級では必死だった。それが急に41階層に連れてってやる?意味が分からなかった。
女性の顔をまじまじと見る。
特に変化はなく涼しい笑みを湛えている。
だが、その目は笑っていなかった。
「君は本当に賢いようだ。ここまで冒険者をやってこれたのも頷ける。本当に惜しい逸材のようだ。能力表にさえ見捨てられなければ、私たちの仲間になれたのにな」
そう言われて俺はカッとなり立ち上がる。
「それじゃあなぜ今俺を勧誘している?仲間にする気がないと言ってるのに勧誘する理由を言えよ」
「まぁまぁ落ち着いてくれ。言い方が悪かったのは謝る。この通りだ」
女性は立ち上がり深々と頭を下げる。そして顔を上げて
「本当の話をしよう。今回の研修制度は協会の宣伝だよ。年々協会登録者が減ってるんだ。特にF級のね。これで少し協会は困っているんだ。特に人的資源が問題さ。そこで我々S級軍団にお荷物を引き受けてもらって登録者を増やそうという宣伝を思いついた、という話なんだよ」
なんともひどい言い草だったが納得できることもあった。
1階2階層で取れる簡単な素材は意外と必要な物が多い。
だがE級以上の冒険者はほぼその層で戦うことはない。協会貢献のために月1.2時間入る程度のものだ。
それを担っていたのがF級冒険者だった。だが近年、F級だと冒険者は無理という風潮は蔓延し、年々新人は減っていた。さらに2年も続かないとなると協会が困るというわけだ。
つまり今回の企画は客寄せの道化とうことなのだろう。
俺は大きくため息をつく。
最前線に行けるかもしれない。という高揚感は消え、ただの道化のための勧誘と分かれば引き受ける理由はなくなった。
火の消えた俺が次の一言を発しようと顔を上げると、いつの間にか女性は俺の間近に接近していた。まるで接吻をしそうなほどの距離だった。
びっくりして腰が引けた俺の口元に人差し指を立てて、静かにの仕草で俺の唇に触れる。
「まぁ、もう少し聞きたまえ。先ほどのが協会の本音だ。そして我々としては協会の意向に逆らうわけにはいかない。だが我が『月光の湾曲刀』は遊びで41階層をうろうろする気もない。できるなら戦力になる人材を探そうということになり」
そこまで言って指をのけてさらに彼女は数センチまで顔を近づけて俺の目を見ながら
「君にたどり着いた。というわけさ」
と甘く囁いた。