第24層 いざ迷宮へ
「ねぇ、ほんとに軍団を作るの?」
俺のベッドで自堕落に身を投げ出している彼女は、気だるげにそう質問をしてきた。
「ああ、今回はきっといけるさ、セルフォンスも必ずいけるだろうって言ってたしな、俺も手ごたえありだと思ってるんだ」
俺は確認していた書類から目を上げてテーブルに置いて、彼女の寝ているベッドへ行き横に座る。
「そしたら俺たちはF級で初めて軍団に入ることになるぞ。それにこれが上手くいけば格付の垣根を取り除く、第一打になるかもしれない」
俺は誇らしげにそう言って、横になってる彼女に手を伸ばして茶色の美しい髪をそっと撫でる。柔らかい手触りがとても好きだった。
髪を撫でられる彼女は、されるがままに目を閉じて、リラックスした顔で微笑んでいた。
「…パイ?センパーイ、聞いてますかー?」
俺はハッとなる。
「す、すまん。聞いてなかった。なんの話だ?」
少し焦りながら前を歩くメーリィを見る。
彼女は振り返り、ジト目で俺を見て、頬を膨らませて抗議する。
「もー、必需品の確認をしてるんです。今回はどのあたりまで降りる予定なんです?」
彼女はそう言いながら、くるりとこちらを向いて後ろ向きで歩く。
今日の彼女は迷宮探索用の装備で、動きやすい軽めの軽装備。髪はいつものように纏めて髪留めでとめている。腰には小剣を差し、背中には小型のバックパックを担いでいた。
迷宮探索で必要となる最重要な物は食料と水であった。
魔物は食料を落とさないし、迷宮内に水も食材も落ちてない。つまり計画的に食料を持ち込んでいないと、それは死に直結することになる。
「今回は5層くらいまでを目指そうと思う。『特殊システム』に関する確認と運用方法を模索するのを目的とした探索だからな。予備も考えて2日分もあればいい。無理はせず早めに戻ることも考えている」
俺は今回の探索の目的と計画を大雑把に説明する。
彼女はにこりと笑って、クルリとまた前に向き直り、
「ま、なんにせよ。センパイと久々の迷宮探索。楽しみでなりません。シズクちゃんも一緒なんでしょ?」
そう言って楽しそうにスキップを踏んでいる。
「ああ、あいつのことだ、すでに迷宮入口についてるだろうな」
そんな彼女の後ろ姿を見て俺は少し口元が緩む.
「シズクちゃんと潜るのも久しぶりですねっ!!楽しみだなぁ」
メーリィはもう一度こちらを振り返って楽しそうに笑った。
迷宮入口前に、猫背気味の大男がキョロキョロしながら立っていた。猫背の状態でもゆうに2mはある。
筋肉質な丸太のような腕に似合った巨大な盾を、背中に背負っている。
だがどこか頼りなく見えるのは、その表情と挙動のせいであろう。
キョロキョロと周りを見て落ち着かない。どこか不安げな顔。そのせいで頼りなく見える。
「シズクちゃん!!」
メーリィが大男に手を振りながら駆け出す.
「メーリィさん!!」
大男もメーリィの声で彼女に気づき、嬉しそうに駆け寄ってくる。メーリィが大男に飛びつくが揺るぐことなく大男のシズクは、彼女を受け止めた。
「ホントに生きてらっしゃったのですね。よかった。本当によかった」
シズクはそう言って涙目でメーリィとの再会を喜ぶ。
「うん…。うん。また一緒に迷宮探索しようねっ!!シズクちゃん!」
2人の嬉しそうな抱擁を見ながら俺は微笑みながら彼らに近づき
「さぁ、再会の抱擁はそれくらいにしていくぞ!!
もう1人待ち合わせしてるんだからな」
そう言って俺は2人を追い抜いて迷宮入口へと入っていった。
2人もすぐに俺を追いかけて入ってきた。
今日は早朝一番で迷宮入口にやってきた。
ロビー内はこれから迷宮に潜る冒険者で一杯で、受付は人で溢れかえっていた。
俺は指定された受付の近くの植木に目を向ける。
そこには驚くほど顔立ちの整った好青年が立っていた。
身長も170㎝はゆうに超え、体格はスラリとしているが筋肉がしっかりついているのがよくわかる体格。軽めのテェストアーマーなどで軽装備でまとめている。
タダの優男だがその眼光は鋭くSっ気を帯びていた。
俺がその青年に近づくと
「君がアジェンド・タチバナかい?」
思ったよりトーンの高い声で質問をしてくる。
「ああ、そうだ、あんたがデモントさんのお目付け役かい?」
おれがそう問うと男は大きく目を見開き威嚇するように一気に目を細めて不機嫌になり
「ふん、F級風情がデモント「さん」とは失礼だな。下賤の者ががデモントさまの名を呼ぶときは地面に頭を擦りつけながら、デモントさまの名を呼ぶべきだと僕は思うがね」
そう吐き捨てるように言ってから、ハッとした顔になり、俺に背を向けてしゃがみ込み、
「いかん、いかん。下々にもお優しいデモントさまがこういう態度を取ってはダメだ、と言われていたのだった…、すいませんデモントさま…、まだまだ私は自分の感情を制御できない未熟者でした・・・」
そうブツブツ言いながら天を仰いでいる。…なんか怖い。
反省が済んだのか、立ち上がってこちらを向き、ニコリと作り笑いをして
「すまない。先ほどのは気にしないでくれたまえ。僕はマロール・キシタニだ。デモントさまの命で今回君たちと一緒に探索させてもらうことになっている」
そう言うと握手をしようと手を出しかけてやはり手を引っ込めた。
…どうも胡散臭い男だが、彼を連れて行くのがデモントとの約束であった。
「…ああ、よろしく頼む」
俺は最低限の挨拶だけでマロールとのやりとりを終わらせ
後ろで少し不機嫌な顔でマロールを睨むメーリィ、それを見ておろおろしているシズクに
「この4人で部隊を組んで今回は潜る。目的地はとりあえず5階層を目指そう。じゃあ登録しにいくぞ」
俺はそう言って先陣に立ち、皆を受付へと促した。