第23層 懐かしき温もり
シズクと明日の打ち合わせを軽くしてから、俺は次の目的地を目指すことにした。
…実に、足取りが重くなる話をシズクから聞く。
どうやら、次に会う人物も俺が死んでいるという情報をシズクから聞いたようだった…。
「はぁ・・・」
大きくため息をつく。
市場を少し離れた所に俺の目的地はあった。
少し洒落た建物で看板には道具屋『道さながら』と書いてあった。
冒険者たちの消耗品や必需品、そして希少道具などの仕入れや素材の買取をしてくれる、いうなら武器防具屋とならんで大事なお店だった。
そんな道具屋でもここはそれなりに繁盛しているお店で、俺も昔はなじみであった。
ここで、俺の会うべき人物はここにいる。
だが、なかなか入る勇気がでず、俺は何度か店の周りをいったり来たりして、逃げるか入るかを悩んだ挙句、やっと意を決して店の扉を開いた。
「いらっしゃーい。ゆっくり見て行ってくださいねー」
可愛らしい声がカウンターから聞こえてきた。
懐かしい、昔なじみの声だ。
俺は店の中に入りカウンターに目を向ける。
カウンターでは、後ろの棚を見ながらごそごそと作業をする女性が一人。
茶色い髪を後ろで三つ編みにして、邪魔にならないようにしているのは相変わらずで、身長は少し低く、棚の上の方を背伸びしながら見上げて、何かを数えているようだった。
俺は口を開き、声を出そうとしたが…少しビビって声がでない。
一度大きく息を吸い
「よう。‥‥久しぶり」
そう声をかけると
女性はにこやかな笑顔で首だけこちらに向け、俺の顔を見る。
・・・・・
しばらく沈黙が続き
女性は驚くほど素早い動きでカウンターの上を飛び越えて、俺に体当たりをするかの如く飛び込んできた。
急な出来事でさすがに対応できず、彼女を抱えて後方へ身体が流れて棚にぶつかる。
「お、おい」
俺に抱きつき、ぎゅうっと抱きしめる女性に声をかける。
「…なんで生きてるのっ?死んだって聞いたよ?」
女性は顔を上げて、俺の顔をマジマジと見ながらそう問う。
久々に見る彼女の顔は、相変わらず年に似合わぬ少女のような顔をしている。嬉しいのか怒っているのかよくわからない表情で瞳にいっぱい涙を溜めて俺を見ていた。
「残念ながらまだまだ運がいいんだよ。すまない。死亡の話は誤報だったんだ」
そういって彼女の頭に手を置く。
彼女は一瞬でくしゃりと泣き顔を晒して、俺の胸に顔を埋めてもう一度力強く抱きしめる。
「よかった…もう会えないのはやだなって思ったんだよ。もっとちゃんと…」
そう言いかけて、彼女はそれ以上言わなかった。
俺もまた胸が締め付けられるような思いだった。
彼女の名はフォノン・ムラカミ。
俺たちは2年前まで5年間、同じ部隊で迷宮探索をしていた。彼女は祖母が倒れ、この店を本格的にやりくりするために冒険者業からは足を洗った。
…俺たちは恋仲といっていい関係だった。だが…
俺たちはしばらく抱き合ったまま過ごす。
静かな店内でお互いの存在を確かめるように。
「でもよく生きて戻ってこれたね?41階層に行ったって聞いたよ?」
しばらくして彼女は顔を上げる。まだ潤んだ瞳が悩殺的だったが、なんとか理性を保ち
「ああ、…そのことで君に頼みがあってきた」
俺がそう言うと彼女は眉をしかめて小首を傾げる。
そう、12歳から冒険者として活動していた彼女は引退したとき10年の月日を迷宮で過ごしてきた、俺の知る唯一の人物だった。
俺は抱きしめた彼女を離すことなく、自分に起こった『特殊システム』について説明をした。
彼女はその話を静かに聞いていたが、話が進むにつれ彼女の目に冒険者としての期待の光が灯ったのをおれは見逃さなかった。
「…本当にそんなものがあるんだね。…すごい。私たちがS級と同等に戦えるなんて…」
彼女は俺からゆっくり離れ、そう呟く。
「ああ、だがそのためにはまず40階層まで行かなきゃならない。その道は俺が切り拓く。だから、君にはもう一度冒険者としておれの作る軍団に入ってほしい」
そういうと、ゆっくりと目を見開き驚いた顔をする。それから満開の花のように笑い
「そう、あなたはまた夢を追うのね。そしてそれは叶うことができるところにきてるのね」
優しい、そして懐かしいその笑みは俺の胸を締め付けた。
だが、彼女の表情は暗くなり
「とても…とても魅力的なお誘いだし、私も…叶わなかった下への階層、行ってみたい…、でも…」
そう言って俯いた彼女に俺が近寄ろうとしたとき、店の扉が開き、
「フォノン、いるかーい。今日はいい素材が手に入ったんだ。君のために、このぼくが!!持ってきてあげたよっ!!」
若い冒険者が入ってきた。
その瞬間、俺からもう一歩飛び退き、くるりと180度振り返り俺に背を向けるフォノン。
俺は入り口から目を背ける。
入ってきた男は店内を見渡し、俺とフォノンを見つけると、高かったテンションが低くなり、
「・・・なんだ?おまえ、ここには近づくなといったよな。F級」
そういって俺にずかずかと近づき、体格的には変わらない俺を胸ぐらをつかんで軽々と持ち上げて、釣り上げる。
フォノンが慌てて
「やめて。古い馴染みが買い物に来ただけよ。無茶しないで!!」
そう言って男を静止する。
男はそんなフォノンを見て少し苛立った顔をして
「まだこの男に未練があるのか?この店が存続出来てるのはだれのおかげだと思ってるんだ?」
そういってフォノンを睨む。
フォノンは一瞬目をそらしたあと、男の顔を見て
「…あなたのおかげよ。デービー・サタケ」
そう言うと男はどや顔で嬉しそうな顔をした後、俺を地面に投げ捨てるように放り投げ、
フォノンに近づき彼女の頬に触れる。
「わかってるじゃないか。このB級である僕が力になってるから、この店はまだ存続できてるんだ。…だから僕を不快にさせることは慎まなきゃ」
そう優しく言ったあと、彼女から手を離し地面に転がった俺のところに来て見下ろし、
「雑魚の君もしつこいな。彼女の迷惑になるとわかっていて来てるのか?少しは学習したらどうなんだ?」
俺は男を見返し
「…今日はたまたまだ。どうしてもここじゃないと手に入らない道具がほしかったから仕方なく、だ」
そう言い返す。それが気に入らなかったのかデービーは怒りの表情に変わり
一瞬で俺の腹を蹴り上げる。
防御したが体の芯まで響く蹴りは俺を地面から浮かせるほどであった。
そのまま地面に落ちる。
「ぐはっ」
おれは激痛で呻く。E級の蹴りとは比較にならない威力だった。こんなのはいなし切れない。
「ふん、あの時さんざん分からせてやったのに、愚かな男だ」
そう言ってもう一発蹴ろうとする。
だが、そのデービーをフォノンが身体を張って静止する。
「これ以上はやめてっ!!店で暴れないでっ!!アジェンド、あなたも買い物が終わったのなら
出て行って!!」
彼女が悲痛に叫ぶ。
その悲しみの声は俺の中の怒りに火をつけるには十分だった。
だが、この場所は彼女が我が身を犠牲にしてでも守りたい店であったのを、俺は身に染みて分かっていた。
怒りでぐるぐる回る感情を押さえつけ、俺はダメージで痺れて動かない身体をむりやりお越し、よろよろとよろめきながら立ち上がる。
そして男と彼女には目をむけず
「す、すまない。もう出ていくよ…」
そう言って出口に向かう。
「ふん、最初からくるなよF級。次はないと思えよ」
そう吐き捨てるデービー。
俺は出口で振り返り、一瞬だけ彼女を見る。
そして何も言わず店の外に出た。
外に出て扉を閉めてから
「・・・必ず、また誘いにくるさ」
そう呟き、店を後にした。




