第21層 決闘終えて
「うぉぉぉぉ!!死ねやぁぁぁぁ!!」
E級の男が上段に構えたまま突進し、木剣を振り下ろす。
だが見え見え過ぎてセンパイは、軽く身体を動かしスッと躱す。
あの程度ならセンパイには当たらない。
だが、地面を撃った木剣は、バコッと床を深く傷つけた。
木剣で床をえぐる。攻撃力が高い。
わたしは少し驚く。
そこでハッとする。そうだ『特殊システム』!!
わたしは急いで人をかき分けて、センパイの元へ駆け寄る。
決闘を見学する人達が前にでようとする私を見て、ニヤニヤしながら道を開けてくれる。
わたしは一番前に出て、
「センパイっ!!システム!!」
わたしがそう叫ぶと、センパイはこちらに振り返ってニヤリと笑う。
そこにE級が
「てめー、よそ見してんじゃねーぞ!!」
さらに強力に振り下ろす。今度はその一撃を受け止めるセンパイ。
わたしの身体にシステムによる変化は感じられない。
センパイは…『特殊システム』は使わない気だ…。
「センパイ…」
わたしは不安になってきた。
「そんなに不安そうに見なくとも、おじょーちゃんは普段からあいつと剣を交えてるんだろ?あいつをしっかり見てみな」
突然、横に現れた赤毛のおねーさんは、そうアドバイスをくれる。
そう言われてわたしはセンパイの動きを見る。
あ、わたしと戦ってるときより余裕のある立ち振る舞いだ。そう思った。
迷宮などではもう少し腰を落とし慎重に対応しているが、わたし相手のときは力を抜きゆったりと構えていることが多い。
そしてこちらの攻撃をいなし、防御して押し返す。
自分と訓練している時のせんぱいの動きだった。
「…らくしょー?」
わたしがそう呟くと
「ふふふ。さすがいつも一緒にいるだけはあるねぇ。そ、あの程度の相手なら、元々子供をあしらうように相手をできるのさ」
赤毛のおねーさんはそう言ってわたしを見て優しく笑う。
「じゃあ‥‥なんでいつもやられたい放題してたんですか?それになんでF級がE級をそんなに簡単に‥‥」
わたしは少し困惑する。簡単にあしらえるならなぜ今までそうしなかったのか?
「‥‥まぁ要素はいろいろあるんだが能力表だけがすべてじゃないってことさ。そのことを知ってる者は少ないがね。でもみんなの認識は格付で固定されてる。それを覆すのは冒険者としては生きづらくなるからね。あの子はずっとそれを避けてきたんだよ」
そう言ってセンパイを優しく見つめて薄く微笑む。何か…胸の中にモヤモヤがふわっと広がる。
おねーさんの視線が急に私を見る。
「ま、君のためならその面倒ごとを引き受けてもいいとおもったんだろうね。どうだい?軍団盟友としてはこの上ない待遇だとは思わない?」
女性はそう言ってにっこりと笑った。
その時、わたしの中にズドンと雷が落ちた。
「軍団…盟友?わ、わたしたちF級…だし、軍団はつくれませんよ?」
わたしの声は変に上擦っていたかもしれない。
おねーさんは私の頭に手を置き撫でてて
「協会認定はされない、ってだけよ。あの子があなたのために怒り、あなたはあの子を心配する。これは立派な軍団盟友だわ」
そう言われて私の中のソレが恋心だっていいたかったけど、今はそっちの方がいいな。って思った。
歓声が大きくなる。
わたしは振り返る。
センパイが攻撃に移ったのだ。
センパイの剣撃はあまり重さはない。だがその的確で素早い攻撃は相手を圧倒するのには十分であった。
センパイが攻撃に転じ、E級は手数が出せずに押されていく。
E級はその剛力にものを言わせた強力な一撃だ売りのようだった。
防戦になってしまえば攻撃は繰り出せない。
そして、センパイの一撃がE級の腹部を捉える。
蹲るように身体を折った所に、センパイの膝が下がった頭を跳ね上げる。
そのまま、たたらを踏むように後ろに下がるE級の足を、引っかけるようにして盛大に後方へ倒れさせる。
おおおおぉぉぉぉ。
周りは感嘆の歓声となる。
そしてセンパイの剣が倒れたE級の首元へ突き付けられて
「そこまでっ!!勝ったのはF級だ!文句はないねぇ??」
赤毛のおねーさんが決闘上の真ん中に躍り出てそう叫ぶ。
「ぐああああぁぁぁぁ」
「まじかぁぁぁぁ」
「なんでだぁぁぁぁぁ」
そんな悲鳴が沸き起こり
それと同じくらいの賛辞の歓声も起こっていた。
センパイとE級は、まだにらみ合っている。
「約束は守ってくれるな?マッケンローさん」
E級は唇を噛み、親の仇を見るくらいの鬼の形相でせんぱいを睨み続ける。
そして、E級の男はゆっくりと立ち上がり、
わたしの元へ歩いてきて、片膝をついて首を垂れる。
「…あなたを侮辱したことをここに謝罪する。今後そのようなことをしないと誓う。本当に申し訳ないことをした。この通りだ」
そう言ってさらに地面に付きそうなほど頭を下げる。
わたしはこの時初めて、この男に怒りが湧いた。
「‥‥今後、わたしたちには関わらないでください」
そう冷たく言い放ち、私はその男を置いてセンパイの元に歩く。
すこし、すっきりした。
後方では酔っぱらい共の笑いものにされるE級。
もうどうでもよかった。
多くの知人に囲まれて、戦いの労を労われていたセンパイの元にゆっくりと近づく。
F級の顔見知りが
「おっとお姫様の登場だぜ」
そう茶化すように言う。
センパイはわたしを見てすこし照れたように笑い
「すまないな。ちょっと熱くなっちまった」
わたしは首を振ってニコリと笑い
「かっこよかったですよ。センパイ♪」
せいいっぱい明るくそう答える。
周りはヤレヤレと言ったジェスチャーで呆れる。
「いやぁ、いい稼ぎになったよ。あ、おじょーちゃんも、これ勝ち分ね。2人勝ちだ。ざまーみろっ!!」
わたしの後ろから肩に手を回して、少し重めの小袋をくれる赤毛のおねーさん。
中を確認して少し驚く。金貨1枚がすごい数になって帰ってきた。
センパイがおねーさんを見て
「煽って最初からそのつもりだったんだろ?まったく」
呆れ顔でおねーさんを見る。
その目は信頼している家族を見るような眼であった。
「なにいってんの。やっと重い腰を上げたから、劇的な演出をしてあげたのに。しかし、あんた相手が格下だと剣が下がる癖は直しなさいっていったのに、いまだに直んないね」
そう言われてはうセンパイはうっと言う顔で一歩下がる。
「今度、久々に揉んでやるよ。覚悟しときな」
そう言って意地の悪い笑みを浮かべ去っていくおねーさん。
わたしは???をたくさん飛ばす。
「エスタねーさんのしごきかぁ。いいなー」
よく話すE級のすかした男性が、去っていくおねーさんを鼻の下を伸ばして見送りながら、腰をくねくねしながらそう言う。
「…じゃあ代わってやるよ…」
うんざりした顔でそういうせんぱい。
わたしはセンパイに勢いよく近づき
「あの人、センパイのなんなんですかっ!!」
真剣な顔でそう訊ねる。
あまりに真剣な顔だったので彼は少しびびって
「あ、ああ、彼女はエスタ・オオタニ。ここの店主だ。そして俺の剣の師匠だよ」
そう言われてわたしは呆然としてしまった。
「え?セ、センパイより若く見えますよ???」
わたしは去っていく彼女の後姿のプロポーションのよさ、その強さに溢れる美貌を目で追う。
「ああ見えておれより10は上だよ。たしか三十・・・」
と言いかけたセンパイの頭にお盆が飛んできてクリティカルヒットする。
「セ、センパァァァァイ!!」
わたしは慌てて倒れるセンパイに駆け寄り
周りは愉快そうな笑いが上がっていた。
あれからまたさんざん飲み、歌い、騒いで日が変わってだいぶんたってから、お開きとなった。
わたしは少し飲み過ぎてふらふらする足取りで、少し前を歩くセンパイの後ろをついていく。
大きく、頼りがいのある背中。
つい見惚れてにやけてしまう。
「センパァァイ。きょうはぁ、ありがとぅござぁいましたぁ」
呂律の回らない口でなんとかお礼を口にする。
頭はぐるんぐるんと回っていたが、きちんとお礼が言いたかった。
センパイは振り返らず少し歩調を下げて、私の横にならび頭を撫でてくれた。
優しいセンパイの手に撫でられつつ、わたしはどうしてもセンパイに伝えたいことがあった。
ぱっと先輩の前に飛びだし
「センパイっ!!わたしたち軍団、作りましょ!!」