第20層 酒場の決闘
手袋に金貨を挟んで置く。
それは冒険者の間で長く使われている、決闘を申し込むときの作法であった。
「おい!!決闘だ。決闘が持ち上がったぞ」
「なに?マジか、胴元は誰がやる?」
「なに?F級がE級に決闘?うーん、なんだそれ大穴ありえんの?」
酒場が一気に盛り上がる。
わたしはセンパイをみる。彼はしずかに怒っていた。
いつもはどんな目に遭おうとも、絶対に反抗しなかったのに。
「せんぱ…」
声をかけようとしたが、せんぱいはこっちを見ない。
いつもせんぱいやわたしにちょっかいを出す…えーと、ま…。り?……E級の男を見据えたまま動かない。
「ふふふ、あなたのことをひどく言われたのが、相当腹に据えかねたのねぇ。珍しい」
そう言いながら私を席に座らせた女給のおねーさんが、ビールを片手にせんぱいの後姿を楽しそうにみている。そう言われてわたしの顔が赤くなるのを感じる。
そういえばちょくちょく、センパイと絡んでいるこの女給はなんなんだろう?
スタイル抜群で綺麗な赤い髪をバッサリ短髪にしている。どことなく隙のない雰囲気がある。
この店に通いだしたころからよく見る女性だった。
「あなたはセンパイのなんなんですか?」
いつも仲良く話ているから、一度は聞いてみたかったことであった。
女給はビールを飲みながらわたしを見る。
「ふふふ、あなたは素直でいい子ねぇ。でもほら、あっちに動きがったみたいよ?」
尻もちをついていたE級が怒りながら立ち上がり、自分の手袋外し金貨を挟んで叩きつけていた。起こる大歓声。
「決闘だ!!久々に決闘だぞ!!」
「おい!!胴元、名乗り上げろ!!誰がやる?」
「F級の反乱だ!!E級との抗争だ!!」
酒場は熱狂に包まれていた。
わたしはセンパイを見る。
E級の何某がすでに先輩の胸ぐらをつかみ、今にも殴り合いが始まりそうだった。
「胴元が決まらねーとはじまんねーぞ!!だれかやれよ!!」
「勝ちの決まったような勝負に胴元がつくわけねーよ」
誰も名乗りをあげなかった。
『決闘』にはまず胴元、つまり賭けの親が名乗りを上げる。要は親兼見届け人だ。
そして勝負の内容が決められる。
これは冒険者の誇りと信用をかけて行われる決闘であるため、敗者は必ず最初に決める取り決めを受諾せねばならない。
さすがにF級とE級の決闘となると誰も引き受けたがらなかった。
皆がE級にかけるのは目に見えている。
下手をすると胴元は大損害になりかねない。
…ここは…わたしがっ。
わたしのせいでせんぱいが仕掛けたのだから少しでも応援するために…
だけど、そんな大金わたしは持っていなかった。
踏ん切りのつかないわたしをみていた、赤毛のおねーさんがニッコリ笑い、
「じゃあ、あたしがやってあげるよ。胴元はあたしだ。あたしがアジェンドに乗るよ!!さぁみんな!!バンバン賭けなっ!!」
立ち上がり大きな声で盛り上げる。
うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
大歓声が起こる。
「マッケンローに銀貨で20」
「E級のにーちゃんに銀貨50だ!!」
「マッケンローに金貨1枚で乗るぜ!!」
皆がどんどんと掛け金を積み上げる。
わ、私も。持っていた金貨を出して
「せ、センパイに金貨1枚!!」
そう言ってテーブルに置く。
周りから、おお!!という歓声があがる。
センパイを見る、いつの間にかE級の男が離れて睨みつけているのを、目を伏せて黙って立っている。
全然こちらをみてくれない。
赤毛のおねーさんが両者の間に立ち
「さて、あたしが見届け人だ。両者の希望を聞こうかしら」
「そいつに冒険者をやめてもらう!!どうせ長く続いてるだけのゴミなんだからなっ!!あとあの女は俺の物になってもらうぜ。それくらいの特典ねーと旨味がねぇ!!」
E級の男が舌なめずりしながら私をみる。
気持ち悪さで悪寒が走った。あんな男の好き勝手されるくらいなら舌を噛み切った方がマシ。とも思えた。
「だそうよ。これはあなたの了承も必要よね?」
赤毛のおねーさんはわたしをみてニヤリと笑う。
わたしは当然のようにセンパイを信じていた。
だが…F級がE級に勝てるのか?という疑問が一瞬頭をよぎる。
だが、私は意を決しておねーさんにコクリと頷く。
ぉぉ!!と感嘆の声が上がる。これはE級を羨む声であった。
「さて、F級、そちらの希望は?」
赤毛のおねーさんは、わざとらしくセンパイをF級と呼んだ。
センパイは目をあけて
「彼女への誠意ある謝罪。それだけだ」
周りは妙なその余裕に失笑じみた声が上がる。
だがセンパイを知る者たちは「いいぞー」と囃し立てる。
赤毛のおねーさんはコクリと頷き
「ではお互いの名誉をかけて負けた者はきちんと約束は守れ。もし破った場合はすべての冒険者を裏切ったと思え。勝負方法は・・・・そうだな。だれか、カウンターの木剣を渡してやってくれ」
そう言うと女給の一人が木剣を持ってきて放り投げる。
センパイとE級《Eランク》はそれを受け取り
「では、どんな手段を使ってもいい。相手を地に着けて動けなした方の勝ちとする。判定は私がする。怪我はいいが殺すなよ。それでいいか?」
そう周りに問うおねーさん。
うぉぉぉぉぉぉぉ!!という歓声があがる。
センパイはこちらをちらりと見た後、E級の男と向き合い剣を構える。
E級の男も剣を構え、すぐにでも飛びかかりそうだった。
「ではっ!!はじめっ!!」
赤毛のおねーさんの開始の声が上がる。