第2層 S級からの誘い
「え?S級軍団に誘われた?例のF級研修制度か?」
いつもの酒場に呼び出され、いつもの席で落ち合うと興奮気味のメーリィは開口一番でそう報告してきた。
「そうなんです!!今度、なんと41階まで降りるから勉強に来ないかと誘われまして…」
メーリィは照れながらそう報告をする。今日はオフなのでラフな街着であった。年頃の女の子らしく可愛い服装である。いつもは邪魔にならないように纏めている淡い青色の髪も下ろして前髪を髪留めで邪魔にならないように留めてある。
こうしてみると愛嬌のある顔と男性の目を虜にする胸部の膨らみとでそこそこモテそうな容姿であった。
「フゥン。それでいくの?」
俺は話にも彼女にも興味ないフリをしつつ、彼女の答えを待つ。
「いやぁ一応先輩の意見を聞いてからにしようかなー?なぁんて。一応パーティメンバーですしぃ」
俺に気を使った、というより後押ししてほしい、といったところか。不安半分、後ろめたさ半分ということだろう。
「いいんじゃないか?俺たちF級にとっては夢のような話じゃないか」
この業界は、いやこの世界は『階級』に支配されている。
生まれながらにしてすべての生物は能力表が与えられ俺たちはそれに縛られて生きている。
この能力表を元に『階級』が決められて、下はFから最上はSSSまで。
この上下関係はほぼ覆ることはないし、実際絶対であった。
そして、この能力表は絶対に更新されることがない。というのが俺たちを絶望させた。
「はい、ビール、おまちぃぃぃ」
ミニスカートの露出の多い女給が持ってきたビールを受け取り、嫌な現実を忘れるために一気に煽る。
「やっぱり、そうですよねぇ。じゃあ…受けちゃってもいいですか?」
上目づかいで聞いてくるメーリィ。
彼女は冒険者になって2年目のF級冒険者で、今年たしか…19になったはずだ。
F級冒険者で1年以上続くやつは少ない。なぜなら身の危険の割に実りは少なく、下手をすれば街で乞食してる方が儲かる、と言われるくらいだった。
実際はそんなに悪い稼ぎでもないんだがE級と比べても相当少ないのは事実だった。
それでも『冒険者』に憧れる者は多く、皆一度はやってみたいと、この『大迷宮都市イージェノック』を訪れる者が多い。
俺も彼女もそんな一般人の一人だった。
俺は…すでに冒険者になって12年が経過していた…。
死ぬほど憧れた冒険者。ずっと地べたを這いずるような思いをして続けていた。
「おんやぁ?なんか一般人がこんなところに混じってるぞぉ?」
後ろから聞こえた嫌な声で俺は眉をしかめた。
先ほどまで浮かれていたメーリィも不機嫌な顔になりそっぽを向く。
「おっとつれねーな。ボインちゃんよぉ。今晩のお相手がそんな年増じゃあイクにイけねーぜ?俺にしとけよ?俺のE級砲なら天国まで連れてってやるぜー?Eくーってなーっ」
下卑た笑いが上がる。
どうやら取り巻きも一緒のようだった。
俺は大きくため息をついて席を立ち
「やぁ、マケローさん。今日もお元気そうで。おっと失礼、髪と話すとこでした」
俺はそう言いながら中腰になりにこやかに後ろに立つ身長の低い、ツンツン髪の男の顔の高さまで腰を折って挨拶をする。
男は一瞬で怒りで真っ赤な顔になり、俺の顔面に拳を叩き込んできた。
俺は命中の瞬間、首をひねり上手になにもない後方へ派手にふっ飛ぶ。当たれば痛いが当たらなければ問題はない。
「てめぇ!!いつも舐めた口きくんじゃねーよ!!F級のくせに!!!それに俺はマケローじゃねぇ!!マッケンローだっていってんだろーがっ!!」
「舐めやがって。いつも通り袋にしていいっすかマッケンローさん」
「こいつ殴られたがりじゃねーのか?いつもいつもよぅ」
取り巻きが俺を取り囲み蹴りを入れて足蹴にする。
俺は身体を丸めてその蹴り耐えることに集中する。
こいつらも一応E級だ。当たり所が悪ければ明日以降に支障をきたす。
派手に蹴りまわされる時間が過ぎる。
その間にマケローはメーリィの前に座り
「さっきの話、考えたかよ?あいつは今日はたぶん勃たねぇってよ」
また下卑た笑みを浮かべていやらしくメーリィの胸に視線を走らせる。
メーリィは心底嫌な顔をして
「…お断りします。それに私、明日からS級軍団『紅き竜王』の一員になるんで。あなたたちの兄貴分でしょう?」
そう言われて下卑た笑みを浮かべていたマッケンローが急に真顔になり
「あ?なんだって?カースン兄貴の所か?まさか…あの研修制度か?」
メーリィは少し得意げに
「そうです。あそこの紳士的なリーダー、ゲーセッツさんがわざわざ私を誘いに来てくれたんです」
そう言うとマケローは顔を伏せ、身体を震わせたあと、ニッコリと顔上げて
「そっか。兄貴のところじゃあ仕方ねーな。兄貴によろしく言っといてくれ」
そう言うと潔く引きさがり
「おい!!お前ら、いつまでもおっさん蹴ってんじゃねーよ。いくぞ」
取り巻きたちはその声でマケローの元へ移動する。
そして蹲る俺に
「じゃーな。カス野郎。せいぜいお楽しみの夜を過ごすんだなぁ」
今までで一番嫌な笑みを浮かべて去っていった。
俺は体中の痛みで這いずるようにしか動けなかった。
周りは誰も気にしていない。
ここは冒険者ご用達の酒場。
F級がどんな目にあっていても誰も気にしないのだった。
メーリィが慌ててタオルを持って俺に近づいてくる。
「大丈夫ですかっ!!すいませんっ!!助けに入らなくて…」
彼女は死ぬほど申し訳なさそうな顔をして俺にタオルを渡す。
「いや、いいさ。いつも通りだ」
下手に助けに入られて彼女が攻撃されては庇いきれない。それにあいつらに殴られるのは日常茶飯事だった。もう12年、同じような目にあってきていた。
「いつも通り、上手に蹴られるわね。そんなことばっかり上手になってんじゃないわよ」
先ほどビールを持ってきてくれた赤毛の女給が、よく冷えた濡れタオルとビールを持ってやってきた。俺は彼女を見て
「こういうのもなんかの役に立つかもしれないだろ?」
タオルを受け取りつつ減らず口を叩く。
「ほどほどにしなさいね。一応相手の方が『ランク』だけなら上なんだから。死んだりしたら笑えないわよ」
そういってにこりと笑って去っていった。
そんな2人のやり取りをなにかモヤモヤした顔で聞いていたメーリィに
「誘われたのは『紅き竜王』だったのか?それなら…あまりお勧めしないな…」
『紅き竜王』
S級軍団の中では新参だが最近メキメキと力をつけている。
特にカースン・タケダは戦闘力だけ見ればS級でも上位の男だ。
ただ素行の悪さでもダントツで目立つ人物だった。マケローのようなゴロツキ冒険者を束ねてお山の大将を気取っているというのが冒険者の間での評判だった。
ただ、リーダーのゲーセッツ・シナガワはよくできた人物で『紅き竜王』を上手く纏めて大きくした好人物だという話だ。一度ダンジョン入り口で見かけたことがあったがニコニコとした笑顔がどうも好きになれなかったのを覚えている。
俺の言葉を聞いてとメーリィは少し暗い顔をしてから
「でも……でもですね。とてもいい人でカースン組とは組ませないようにするからって…」
必死に取り繕うメーリィ。
彼女もいろいろと思うところがあるようだ。
俺は首を振って
「いや、今のは気にしなくていい。ただの俺の心配性さ。頑張って名を上げてくるんだぜ」
そう言うとメーリィはパッと笑顔になって
「はいっ!!先輩の教えを守って頑張ってきますね!!」
そう嬉しそうに笑ったのだった。
その後、メーリィと少し飲み直し、ほろ酔いの彼女を家まで送って帰路に着く。
古びた裏街道の汚いボロ倉庫。俺の借家だった。
俺が家の前に着くと一人の人物が待っていた。
「アジェンド・タチバナさん?ちょっとお話を聞いてもらってもいいかな?」
長身のスラリとした眼鏡美人がそう聞いてきた。
夜遅く、こんな治安の悪い場所に現れるには場違いな美人だった。だが、漂う気配は只者ではない。
「‥‥冒険者だな。しかもかなり上級……BかA?」
俺は相手の胸元を見ながら言う。
女性は感心したように頷き
「すごい慧眼だね。残念ながら私はS級。あなたに頼みたいことがあってきたんだ」
彼女はそう言って握手を求めたが
・・・俺は膝をついて項垂れていた。




