第11層 交渉の席にて
俺たちは迷宮入口の建物の2階へ通される。
「せ、せんぱい、こんなとこ来たことあるんですか??」
初めての経験で興奮してるのか、萎縮してるのかおどおどキョロキョロしながら落ち着きのないメーリィ。
「こんな部屋があることすら今まで知らなかったよ」
俺は別段、驚きはしなかったがこれから会う人物を思うと気が重い。
ここまで案内してくれた女性が飲み物を持って戻ってきて
「もうしばらく、お待ちください」
と言ってカップを置き、部屋から出て行った。
俺は出されたコーヒーに口をつける。
いつも飲んでいる安物とは違う芳醇でコクのある味わい。
「‥‥いい豆つかってる」
いいコーヒーは美味い。
「せんぱい、こういう時ほんと余裕ありますよね」
無駄に余裕のある俺をメーリィがジト目で睨む。
「こんな時に焦ったって仕方ないさ。しかも相手に足元を掬われかねないからな」
そう言ってコーヒーの匂いを楽しむ。
ほんとにいい香りだ。少し分けてくれないものか‥‥。
「それは同意しますね。冷静さを欠いての交渉事は負けたようなもんです」
俺の話を聞いていたらしい男が、演劇に出てくるような登場で応接室に入ってきた。
物腰柔らかく入ってきた男は、鼻の下に綺麗に整えた髭を蓄えたスタイリッシュな男性であった。
薄っすら湛えた笑みが抜け目ない男だとアピールしている。
どうも一筋縄ではいきそうもないな。
俺はそう感じで男に見えないように小さくため息をつき、立ち上がった。
「はじめまして、私はデモント・オオシバタと申します」
そう言ってお辞儀をして握手を求めてくる。
「あ、はじめまして。アジェンド・タチバナです」
軽く握手をして手を離す。
冒険者出でないからか能力表差別はあまり気にしていないようだ。
能力表を気する職業でもっともたるものは冒険者である。なにせ『強さ=生存率』であり踏破階層が進むのも強さ故だからだ。
昨今では踏破階層にまで差別が浸透しておりF級が3階層以下に降りること自体を嫌がる者が多くなっていた。
「は、はじめまして。メーリィ・カドマエといいます」
メーリィは協会の偉い人というだけで緊張しまくっていた。
そんな彼女に優しく微笑むデモント。
「こんな可愛らしいお嬢さんまで冒険者とは。私はびっくりしましたよ」
そう言われて照れて顔を下げるメーリィ
俺たちはお互いの自己紹介を終えて席に着く。
「さて、今回は当協会が推し進める新たな試みに参加して頂いたのにS級の方々とは逸れてしまったと伺っております。…よくご無事で帰還されました。我々としては大事な仲間がこうして命からがら戻ってこられたことを、大変嬉しく思っております」
いけしゃあしゃあとすました顔でよく言ったもんだ。
俺は少しムッとしたが顔には出さず
「ええ、本当に。本当に運がよかった。俺も彼女もまさかS級に置・き・去・りにされるとは夢にも思わなかったものでして。一度は死を覚悟したのですが運は俺たちを見捨てなかった。たまたま『転送扉』に辿りつけて生きて戻ってこれて安堵しています」
そう言って口角を歪める。当然睨みつけるのを忘れない。
デモントも口元は笑っているが目は笑っていない。
「はっはっは。これは手厳しい」
そう言って笑いながら頭を掻き、急に真面目な顔になって
「腹芸もお上手なようなので、これ以上無駄な話は割愛しましょう。41層に置き去りにされたあなたたちがどうやって戻ってきたのです?」
俺も無駄を省くために笑顔はやめ、少し溜めてから
「それを答えるにはいくつか確約してもらいたいことがあります。それをあなた名義で文章にして交付してください」
デモントの眉がピクリと動く。
「ふぅむ。内容も分からないのに?それだけのメリットが協会にあるといえるのですかね?」
「F級40階層まで行っても生きて帰れる可能性がある。これだけでも十分「あなた」には見返りがあるのではないですかね?」
俺がそう告げると男はしばらく俺の目を真剣に見て
「ふむ。あなたほんとにF級ですか?」
面白いことを聞かれたのでつい笑って
「ええ、生まれた時から立派にF級ですよ」
そう答えると満足いったのかデモントは
「条件を聞きましょう」
そういって椅子に深く座り直した。
『まず、『S級たちが使った特殊システム』の詳細をすべての冒険者に開示してください。そしてこれから俺が話す『F級の特殊システム』これも必ず開示していただく。
S級の時のように隠匿されては命がいくらあっても足りない」
俺がそういうと、やはりそうなのか。と言った顔をしたデモント。
「そして俺たち2人の生存の公表。その後のS級の連中の報復が怖い。できれば穏便に公表し、各軍団には通達を」
これはF級を置き去りにしたという不名誉を嫌がって、俺たちがカスーンたちに報復されるのを懸念してのことだった。
これはデモントは当然とでも言うように頷く。
「あとは俺たちの冒険者への復帰、そして今回の件で失ったものの損害賠償。以上が条件だ」
俺は元々考えていた案をデモントに伝える。
今回、俺たちが帰還したことで協会からなんらかアプローチがあるであろうことは予想していた。
「思ったよりずいぶんと謙虚ですな。もっとひどい条件を出してくると思ってましたよ」
そう静かに言って少し微笑む。
「俺も長く協会にお世話になってる人間だ。必要以上に協会と揉めたくない。そして俺の知ってることは今後のF級たちの希望になり、それは協会にとっても俺にとってもいい未来だと思ったからだ」
俺はこの男をあまり信用はしていないが、利になることに関しては信用できる、と踏んでいた。なにせ「やり手」と噂だからな。
デモントは少し考え込んて
「‥‥‥いいでしょう。あなたの条件は別にこちらの不利益を被ることでもなさそうだ。正し、こちらも条件があります」
そう言ってから
「こちらの条件はあなたが知っているという『F級の特殊システム』とやらの立証は必ずしていただく。それを確認できた場合にのみこの話は有効。というのは入れさせてもらうがいかがかな?」
まぁ当然だな。俺は頷いた。
デモントも頷き
「ではすぐに公式文章を作成し、お渡ししよう。あなたの持っている情報を、私はいますぐにでも聞きたいのでね。しばらく待っていただけるかな?」
デモントは立ち上がりながらそう質問してくる。
俺はにやりと笑って
「もう一杯コーヒーを頂けるなら」
そう告げた。
思ったよりながくなりました。
交渉事といのは書くの難しい・・・。毎度困ります。
よくあるギルドの偉い人との会話回でしたw
本来は「能力の説明まとめ回」でもあったのですが入らなかったので次回に回したいと思います。