第10層 協会へ
今日は青空広がるいい天気だ。
俺は空を見上げながら手に持つ袋の中のいい香りを楽しみながら歩く。
一番近くの屋台まで朝食代わりにサンドウィッチを買って戻ってきた所だった。
ぼろい倉庫に着いた時、裏手でなにかを振る音がする。
俺はそのまま裏手を見に行った。
裏手はそこそこ広い空き地で俺の鍛錬場として使わせてもらってる場所だ。
そこには、木剣を振るメーリィがいた。
「まだ無茶はするなよ」
一つ一つの動作を確かめるように剣を振り、動き回る彼女に一応忠告はする。
まぁあれだけ動いて問題ないのなら完治と言っても過言ではないだろう。
「…せんぱぁい。あの時のように身体、動きますぅ?」
彼女のはこちらを見向きもせずにまだ剣を振っている。
俺は何を言わんとしてるのかわかった。
買ってきたサンドウィッチの袋を木箱の上に置き、そこに立掛けていた俺の木剣を手に取り彼女の前に立つ。
メーリィは真面目な顔で剣で攻撃してくる。
俺はそれを軽くいなし反撃の剣を繰り出す。
暇な時、二人でトレーニングすることはよくあることだった。
いつもの動き、いつもの対応。
おれたちはいつも通りだった。
二人で汗だくになるまで身体を動かして
「たんまぁ、もう疲れましたぁ。休憩にしましょう」
まだ復調したばかりのメーリィは汗だくでへたり込んだ。
自分の服ではないので少し大きめの首回りから彼女自慢の宝具がこぼれんばかりであった。
俺も一旦木剣を置き
買ってきたサンドウィッチを木箱の上に広げる。
「サンド…」
振り返って「食べるか?」と聞く前に彼女の手にはサンドウィッチが収まっていた。
「…俺も身体が動くようになって試してみたが、あの時のようには動けなかったよ。感覚が、まるっきり違う」
「‥‥じゃあ、あの時の現象ってなんだったんです?」
彼女の問いに答えるべきかどうか悩んだ。
分かってないことが多すぎたからだ。
少し悩んだ俺は
「これから話すことはまだ仮説だ。そして何もわかっていないと思って聞いてくれ…」
そう前置きをしてから彼女には話しておくこととした。
迷宮入口の近くで俺はメーリィが来るのを待っていた。
メーリィは一週間ぶりに自宅へ帰っていき、午後から集合して迷宮入口に顔を出すことにした。
「せんぱーーい。お待たせしましたぁーー」
メーリィが少しオシャレな服装で手を振りながらやってくる。
傍からみればとても41階層から生還した冒険者には見えない。ただのかわいい町娘に見える。
「待ちましたぁ?」
「多少な」
そう言いながら歩き始める。
「でもそんなに急いで手続きしなくても、もうしばらく休養してもよかったんじゃないですか?」
メーリィはとなりを歩きながら俺を覗き込む。
「俺もそうしたいとこなんだがな。余計な出費がかさんでね。すぐにでも稼がなきゃならんのだ」
「余計な出費?」
「そ、新しい寝床と外套、冬服。あとは絨毯も変えなきゃな…」
俺は指折りしながら必要な物を数える。
「なんです?模様替えですか?」
不思議な顔で質問をする彼女に少し意地の悪い笑みを浮かべて
「いやぁ、どこかのだれかさんが動けない間に俺の家をゲロと小…」
「わーーーわーーーわーー」
メーリィが俺の話に割り込み口を抑えにかかる。
「もう!!信じらんないっ。デリカシーのかけらもないっ!!」
プンプン怒りながらメーリィは俺の前を歩く。
「そんなもん冒険者にあるわけねーだろ」
俺はそっぽを向く。頬には大きな紅葉手形ができていた。
迷宮入口に着き、受付へと向かう。
冒険者は朝早く出かけて夕方に戻ってくるというのがセオリーである。
午後の迷宮入口は閑散とし暇そうだった。
俺たちは受付の女性に冒険者を示す認識章を見せ
「先週に部隊の手違いで死亡届が出された者なんだが…」
そう言うと見たことがない20代後半ほどの女性が愛想よく笑い
「それは…災難でしたね。お待ちください」
手元の書類を漁っていた女性は少し困った顔をして俺に質問をする。
「…手違いで出されたというのは、申告されたのですか?」
「迷宮から戻ってきた時、男性が受付にいました。その方が手続きはしておくからまた来いと言ってたのですが‥‥」
そう伝えると書類を漁っていた女性は諦めて
「すいません、認識章をお預かりしてもよろしいですか?ちょっと確認してまいりますので」
俺とメーリィは認識章を渡して待つことにする。入り口近くの長椅子に腰かけて二人でぼーっとしていると
「新人さんには分からなかったんですかね?」
そう呟くメーリィに
「たしかに見たことがない女性だったな。そこそこ可愛くて感じのいい人だった」
そう何気なく返すと
メーリィは俺の頬をつねる。
「いてててて。やめろって」
思った以上な力でつねられて俺は泣きを入れる。
「ふんっ」
メーリィが怒ってそっぽを向く。
微妙な関係の変化に少し俺は戸惑う。お互い意識しすぎてるなと考えつつ、今後の関係性をどうするか思案していると
「お待たせしました。アジェンド様、メーリィ様。本日、協会副会長デモント・オオシバタがこちらに来ておりまして、ぜひお二人にお会いしたいとのことなのですが、お時間よろしいでしょうか?」
女性が戻ってきて慌てた様子でそう聞いてきた。
俺は少し嫌な顔をする。
デモント・オオシバタ
長い間冒険者をやってきた俺には、そりゃあいろんな情報が入ってくる。F級とは言えほかのランクに顔見知りも多い。
デモントは「やり手」として至るところで名前を聞く男だ。冒険者上りの多い教会で唯一、外から入ってきた男だ。
F級の俺が関わることのない大物だと思ってたんだが…。
「あー、避けるわけには…いかないですよねぇ。わかりました」
俺はしぶしぶ承諾して、立ち上がる。メーリィもそれに付き従う。
女性は苦笑いをしつつ
「ど、どうぞ。こちらです」
俺たちを奥へと案内する。俺の足取りは重いものとなった。