テンプレ世界における人間の歴史~獣人差別はいかにして根付いたのか~
ある日、1人の人物が、世界に喚ばれた。
そこで見たのは、鎖を首に嵌められ、地を向いて歩く人の集団。まるで獣のような耳や、牙を生やした人々。彼らは「亜人」と呼ばれ、差別された獣人という種族であった。
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はるか昔。
大陸は森で覆われ、人々はその糧の多くを森の恵み、特に狩猟で得ていた。
獲物を獲るのも簡単なことではない。人よりも数回りは巨大な熊、毒を持つ蛇、仲間を傷付けられると狂ったように暴れ回る象。下手に手を出せば、狩られるのは自分の方である。しかも、魔物と呼ばれる特に狂暴な存在と遭遇すると、狩りのチームごと行方不明になることはいつもの事だった。
豊かで、厳しい自然の下で、人々は種族ごとに群れを作り、日々生活を送っていた。
そのなかに、「ハダカ猿」と呼ばれた種族がいた。
あらゆる種族の中でも体毛が薄く、季節の移り変わりで生え変わったりもしない。常に肌色が見えており、それ以外の種族からは「ハダカ猿」と呼ばれた種族だ。
彼らは狼人族のような嗅覚や牙を持つこともなく、猪人族のように強靭な身体を持つわけでもなかった。
せいぜい、何時間でも働き続けることができる体力があるくらいであったが、そのような特徴ですら他の持久力の高い種族に劣っていると言え、いいところなしである。
群れ同士が争いになれば、「ハダカ猿」が他種族に勝つことは稀だった。
自然、彼らは森の豊かな場所から駆逐され、樹々の恵みを得られない草原や荒野に追い出された。
草原には足の速い動物や魔物がいて、彼らを狩ることが出来れば、それでも暮らしは出来た。
しかし、身体能力が高いわけではない「ハダカ猿」が、少数で狩りをすることは難しかった。
自然、彼はより多くの同胞と共に、知恵を使い、多くの場合は犠牲を払って食べ物を得た。
狩りの難しい場所では、食べ物を狩猟や森の実りに頼ることなく、種を植えて育てるようになった。
農耕である。
農耕は多くの種族が程度の差こそあれ、行ってきた。貴重だが、美味な穀物の類は、自分達で増やした方が良い。そのことは多くの群れが、経験則で知っていた。
だが、森の恵みが第一で、農耕はそれを補うものという位置付けが普通であった。
「ハダカ猿」は身体能力に劣った種族ゆえに、「農耕」に頼らざるを得なくなった群れが生まれたのだ。
とはいえ、農耕は気の長い作業と、悪い副産物を生んだ。
実りの時期に、「ハダカ猿」を襲えば、貴重な食糧が手に入る。
そのことが他の種族の間で共有されるまで、長くは掛からなかった。
時折、他の種族の襲撃を受ける度、「ハダカ猿」は必死に抵抗をした。
その抵抗は、ほとんどの場合失敗した。
もともとの身体能力に優れ、かつ狩猟で鍛えた弓や刃物の扱いの腕を有する他の種族から見て、狩りから離れた「ハダカ猿」など、物の数ではなかったのだ。
当たり前のように略奪され、そのついでにと「ハダカ猿」の女子供が連れ去られることは少なくなかった。
「ハダカ猿」の女は、似たような見た目を持つ種族に売れる。
子どもは奴隷として育てれば、従順な働き手となった。
いつの間にか「ハダカ猿」は、他の種族の間で「奴隷族」と呼ばれるようになった。
どの種族の群れを見ても、奴隷族から攫ってきた奴隷や、その子孫が労働させられていた。
一方で、度重なる襲撃を受けながらも群れを維持することができた、ごく少数の「奴隷族」の群れは少しずつ、その規模を増した。襲撃を受け崩壊した他の群れからの流民を受け入れ、防衛に適した場所に拠点を築き、時に交渉によって身内を奴隷として差し出すことで襲撃の被害をコントロールした。
そして狩りだけではなく、農耕を軸に据えた生活は、少しずつ、何世代もかけて、彼らの拠点に抱えることのできる人口を増やした。
そうしてやがて、彼らがその数と、守りを固めた拠点のおかげで襲撃に跳ね返すケースがでてきた。親を殺され、嫁を奪われ、子供を攫われ、身体中を傷で覆ったある戦士は、初めて虎人族の襲撃を完全に退けた後、思わず泣き崩れた。
「いつか我らの時代が来る。今日の勝利を、囚われ、犯され、殺されてきたあらゆる同胞に捧ぐ」
その戦士は大陸史上、初めて「王」を名乗った。
いつの間にか、「奴隷族」の夥しい血の上に、大陸にはいくつもの「王」が立った。
他種族の怒りを買い、滅ぼされた王は数え切れないほどいた。
だが、滅ぼされても、滅ぼされても、「奴隷族の王」はどこかで生まれ、また戦った。
「奴隷族」の強みは、祖先が文字通り、命を使って試行錯誤を重ねてきた文明の種。
そして同胞との団結であった。
同種族でも、群れが違えば別物。
むしろ、必要とする食糧といった資源が同じである分、他種族より共存が難しいこともある。
彼らは互いに争い、敗れた者はどこか遠くへ去った。
例外はある。
その顕著な例が、「奴隷族」たちの団結であった。
彼らは、争っている場合ではなかったのだ。
もちろん、時にすれ違い、感情がこじれ、争いとなった例は数多くある。
しかし「奴隷族」は、知っていた。
彼らの真の敵は同族ではないことを。
時に大義もなく、何の脈絡もなく襲い掛かる純粋な暴力。
彼らは弱さ故に常に怯えていた。
だから、どれだけ争った相手であっても、最後は「同族だから」という理由で赦し、助けた。
ある日、1人の老人が妙なことを言った。
「我らは『奴隷族』などという不名誉な種族ではない。他の種族を見よ。彼らには獣のような特徴がある。牙、耳、尻尾。それらは獣の血が流れているからだ。翻って我等はどうだ。我等には力がなく、しかし知恵がある。団結がある。我等こそ神に選ばれた民。『人間族』が獣の血を引かないのは、純粋な神の似姿だからなのだ」
多くの種族は笑ってしまうような主張。
彼らにとって、森の神に愛されなかった奴隷族こそが、神に見捨てられた種なのだ。
それゆえに彼らは生まれながらにして搾取される存在であり、奴隷と呼ばれる種なのだと。
しかし、奴隷族、いや、人間族の間で、その奇妙な信仰は爆発的に広まった。
我等は神の子。
他の種族は、獣の血の混じった、人間として欠落した偽りの悪魔の子。
我等こそが、救済されるべき存在。
これまでの苦難は、その試練だったのだ。
「宗教による団結」は、「人間」の団結と発展を後押しした。
それは、理屈を超えた「神の下の」繋がりがうまれた瞬間であった。
「人間族」の王国は、急速に発展した。
その劣った身体能力のゆえに、発展した農耕、建築、加工の技術。
それを基に、日進月歩で行われるトライ・アンド・エラー。
他種族の集落では考えられないような人数を抱えるため、整備された社会制度。進む中央集権とその反動。
人間族同士の王国の同盟と、貿易による相互発展の連鎖。
人間族を真似して作られた、他種族の王国も数多く出現した。
だが、既にもう、追い付くことはできなかった。
種族として追い詰められ、必要と覚悟のうえに立ち上げられた人間の王国。
初速が、あまりにも違い過ぎる。流された血が違い過ぎる。
数千年が経ったとき、人間族の王国は発展し、他の種族は圧倒されていた。
人間族の間では「光神教」と呼ばれる宗教と、そこから派生した宗派が広く信じられていた。
いずれの中でも、「人間族」は神に選ばれた民であるという主張は、ある老人が主張を始めたときから、変わっていなかった。
他の種族は「獣人」と呼ばれ、あるいは人に似た、人に非ざるものとして「亜人」と呼称されていた。
長い、永い大陸の歴史のなかで――初めて訪れた、人間族の時代。
やがて「光神教」に原理的で、支配的な考えを持つ王国と。
他種族に比較的融和的な王国とで考えの違いが生じ始めた。
しかし、比較的に前者に共感する人間が多かった。
彼らの祖先から語り継がれた、あらゆる言い伝え。
多くの英雄伝説が物語っていたからだ。
いかに過去の亜人たちが残虐で、理性のないものであったか。
彼らに多くが奪われ、多くの祖先たちが歯を噛み締めながらその屈辱に耐え忍んだのか。
人間族が、何度、粗暴な他種族に侮蔑されてきたか。
神の寵愛がなければ、何度滅ぼされていたか。
故に、多くの人間族は怖れ、恐れ、そして憎んだ。
いや、何も心配はない。
我等は神に選ばれたのだ。そして偉大な文明を築き上げ、神の期待に応えた。
今度こそ、我等が亜人を、獣人を、支配し、取り返すべきなのだ。
神の下に、やつらを駆逐する。
聖職者の説教には熱がこもり、武器を片手に多くの傭兵がそれに耳にかたむけた。
彼らに狩られた亜人は奴隷にされ、首輪をして他の王国に売られるのだ……。
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そんな時代、ある国、ある場所に、別の世界から召喚された若者がいた。
獣人の奴隷を従えて、型破りな活躍をする若者に周りの人間は苦言を呈した。
「獣人の奴隷なんて、いつ裏切るか分からないぞ。止めておくんだ」
「人間だの、獣人だので差別する気はない。純粋な彼らに比べ、人間こそ、信頼が置けないじゃないか」
主張は平行線を辿った。
神は、人間族を祝福したのだろうか。あるいは、呪ったのだろうか。
ある世界におけるある大陸の歴史は、ここから激動の時代を迎える。
(続かない)
筆者の他作品の設定とは関係ありません。
(と、いいますか執筆中の作品は真逆の、「人種差別が違法とされている」世界に転移した、レアな異世界転移ものです。気になる方はどぞ。)