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懲役25年  作者: やわか
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囚人たち

 階段を最後まで降りた先には、他のホームと変わらない光景が広がっていた。

 長く伸びるコンクリートの高台からは天井を支える幾本もの柱が伸び、両脇には線路が敷かれている。

 ただ、『今の』他のホームとは明らかに違う点が一つあった。いや、この駅のどの場所とも違う部分が。

 そう。

 そのホームには人影があった。

 それも一つや二つでは無い。

 十数の人影がホームの端に並び立ち、列車が通るのを待っている。

 ということは、ここには電車が来るのか?

 半信半疑ながらも、事実を確かめるために人影の一つに近付く。

 だが、スーツを纏った細身の男性は俺が話しかける前に、独りでに喋り出した。


 「……こんな人生に何の意味がある?」


 まるで生気を感じさせないその言葉を聞いて、金縛りにあったかのように身体が動かなくなる。

 こちらに気が付いていない様子の男性は誰に聴かせるでもなく言葉を続ける。


 「毎日毎日やりたくもない仕事をして、使いみちの無い金を稼いで、命を繋ぐためだけに生きている」


 その一言一言が脳裏に引っかかって、彼から目が逸らせなくなる。


 「意味もなく同じ日々を繰り返して、意味もなく歳を食って、意味もなく死んでいく」


 光を映さないその目が見ているのは、線路か、それとも絶望か。

 彼は、今の俺が一番聞きたくなかった台詞を口にする。


 「どうせ意味がないなら、ここで終わらせたって同じだよな?」


 言って、おもむろに足を前に踏み出す。

 一歩、二歩。


 「やめ……ッ」


 声を絞り出し、手を伸ばすが、もう遅い。

 虚空を踏む最後の一歩を踏み出した彼の姿は、音もなく迫っていた鉄の塊に攫われる。

 遅れて空気を震わせる轟音を吐き出しながら列車は速度を落とすことなく走り去っていった。

 後にホームの端に駆け寄って覗き込むが、そこには男性の姿は疎か血飛沫の一つも残されてはいない。

 あまりの事態に放心仕掛けた俺だが、ハッと思い直してホームに残る別の人影に視線を投げる。

 丁度、さっき男性が身を投げたのとは別の側の縁からまた一つ、人影が消えるところだった。

 そして、同じように走り込んできた車両にその姿は連れ去られる。

 プラットホームに残された人影は、それらが見えていないかのように、虚ろに線路を眺めるばかり。

 状況を飲み込めないまま、俺はホームの奥へと歩みを進める。

 両サイドに並ぶ人影の発する声が鼓膜を振動させる。

 中学生くらいだろうか、制服を着た少女の言葉が聞こえた。


 「どうして、誰も助けてくれないの?先生も、お母さんも……。私のことなんかどうでもいいの?」


 涙とともに言葉を零した。


 「私なんか、生まれてこないほうが良かったの?」


 少女は線路の向こうへ消えていった。


 「才能も、運も、何も無かった。生きがいも、やりたいことも、何も無かった。それでも自分に価値を見出したかった。だから、人のために働きたかった。誰かのためになら生きられると思っていた」


 メガネを掛けた、サラリーマン風の中年男性。


 「けど結局、俺みたいなのに出来ることなんか限られていた。俺にしか出来ないことなんか無かった。代わりはいくらでもいた。俺は……誰にも必要となんてされていなかった」


 向かってくる車両に飛び込んでいった。


 「上司に媚び売って、後輩には優しく接して、同僚にも愛想笑いを振りまいて。それで何がしたいんだよ、俺は」


 俺と同じくらいの歳に見える青年もいた。


 「自分が生きやすくなるように自分を演じて、周囲に取り入って。本当の自分なんてもうどこにもいねぇじゃねぇか。俺は一体、誰のために生きてきたんだよ?」


 誰一人として、例外はいなかった。

 誰かが飛び込んで出来たスペースには、どこからともなく現れた別の人影が入り込んでその隙間を埋めた。次々と現れては、次々と消えていった。


 「一体、何なんだよ?」


 ホームの端まで辿り着いて、それだけの時間を費やして、その程度の言葉しか見つけ出せなかった。

 目に映る光景があまりに日常からかけ離れすぎていて、頭がついてきていなかった。

 そこに――



 ――カツン、と。



 あらゆる思考と感情を吹き飛ばす音が響いた。

 脳裏に残されたのは、圧倒的なまでの恐怖だけだった。

 これだけの人がいて、ひっきりなしに列車が通り過ぎる中で、その音は別次元に存在しているかの如く異質な存在感を持って空間にこだました。

 驚きを感じるよりも先に、恐怖に突き動かされてホームの入り口を振り返る。


 「やっと見つけました」


 通過車両の起こした風に揺れる黄金の髪。白い衣に、翼。そして、漆黒の鎌を携えた『天使』は、静かに言葉を並べる。


 「あまり、ここへは来て欲しく無かったのですが」


 「ここは……何なんだ?大体、この駅は……ッ?」


 こちらへ歩を進める『天使』の足を少しでも止めることが出来るなら、と俺は質問を投げかける。

 問答無用で斬りかかられるかとも思ったが、意外にも彼女は立ち止まり、律儀に言葉を返してきた。


 「この駅は、私自身。あの地下鉄の駅で生まれた私の本体、のような物です。あなたを閉じ込めるために、ここに引き込みました。そしてここは、私を形造る中心的存在」


 『これ』が……こいつの中心?

 駅で自殺した人たちの怨念、ってことか……?

 自ら身を投げ出していく人影たちと、俺を殺そうとする『天使』の姿がどうしても重ならなかった。

 『天使』は自ら言葉を連ねていく。


 「彼らはああして線路を眺め、この場所ですべてを終わらせようと試みては何も変えられないまま去っていくのです。ここにあるのは、彼らがここ捨てていった想い」


 「それなら、あの人達は……?」


 「生きていますよ。今も、苦しみを抱えながら」


 その言葉に、初めて『天使』の感情を見た気がした。

 悲しみのような、憂いのような、恨みのような。


 「生きていることに意味を感じられないのに。生きていても辛いだけなのに。生きていることに苦痛しか感じられないのに」


 淡々と、淡々と言葉を重ねていく。


 「誰も助けてはくれないのに。誰にも望まれてはいないのに。この世に救いなんかないのに」


 だから、と。


 「だから私が解放して差し上げるのです。助けて欲しいと望んで、誰にも助けて貰えなかった彼らの想いから生まれた、私が」


 その言葉が最後とばかりに、『天使』は漆黒の鎌を構え直した。

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